512 場慣れ



 「「うるせぇ学生!」」


 「「早くパンを寄越しやがれ!」」


 「「早くしねぇと勝手に店の中に入るぞ!」」


 「「オラオラ!どうしたよ学園生の坊ちゃん嬢ちゃんたち!」」


 何も言えないでいる狂犬団員をみて、さらに勢いを増す大人たち。数100人どころか1,000人に近づくような群衆はさらに数を増していく。


 「「「まだかーー!」」」


 「「「早くしてよー!」」」

 

 「「「早くしろーー!」」」




 「「「ううっ‥‥」」」


 パン工房の狂犬団員の学園生たちはみんなオロオロとするばかり。中には涙をいっぱいに浮かべている女子団員たちもいる。



 でもさ。よかったよ。おギン以下海洋諸国出身の団員がいなくて。

 こんな「いい経験」ができるなんてまたとない機会だからね。


 「「「(団長俺らがいきましょうか?)」」」


 キース君たち成人の団員たちが声をかけてくれるけど。


 「(だめだよ。キース君たちがいつもいるわけじゃないし。このくらい自分たちで解決できるようにならないと)」


 「(あーそれで。そういうことですか団長)」


 「(うん)」


 「「「(なるほど!)」」」


 俺の意図を察してくれた成人団員たちが苦笑いしている。そう、狂犬団員の学園生に圧倒的に足りていないのは場慣れなんだ。


 「お前がそれを言うのかアレク?」


 「さーせん。シルフィさん‥‥」


 そりゃ俺は緊張しいだよ。でもこれはちょっと違うくない?


 「なんも違わねぇんだよ、べらんめぇ!」


 あっ、出た。謎の江戸っ子シルフィさん。



 それでも。

 ガタガタと震えている未成年の団員たちに、この場をとりまとめられるのは誰もいない。このままだと群衆の前列に転倒者でもでたら危険だな。


 「団長」


 「そうだねキース君」


 ここまでか。俺たちが出るしかないかな。

 そう思った俺たちが群衆に向けて歩きだそうとしたときだった。




 「「「!」」」


 「「「!?」」」


 「「「ウソ?ペイズリー閣下?」」」


 「「「閣下だわ!」」」」


 「「「ペイズリー閣下よ!」」」



 しーーーーーんっ



 ざわつく場が一瞬で静まり返った。

 そこには身の丈2.0メル、隻腕の偉丈夫ペイズリーさんが数人の帝都騎士団員を連れて現れたんだ。


 「ご機嫌よう諸君」



 「「「閣下ーー!」」」


 「「「ペイズリー様ーーッッ!」」」


 怒号渦巻く群衆から静まり返った群衆に。さらにそこから、あっという間に歓声を上げる群衆になったんだ。


 ペイズリーさんが隻腕の片手を上げて、群衆を黙らせた。


 「諸君。何かを忘れてはいないか?帝都学園の学園生さん、特に現5、6年生の女子生徒でも成人男性と同等か、もしくは歯が立たないってことくらい君たちも知ってるだろう?」


 「「「‥‥」」」


 一応に。そうだった、言い過ぎたという顔をして冷静さを取り戻していく群衆たち。

 そうだ、俺は(私は)学園生だと逆に自信を取り戻していく狂犬団員たち。


 そこにペイズリーさんがさらに追い打ちをかける言葉を放ったんだ。


 「こちらのパン工房は、そのなかでも帝都学園1位の狂犬団の団長さんがいるんだってね」


 「「(狂犬団?!)」」


 「「(団長?!)」」


 「「(学園1位?!)」」




 「君たち一般の帝都民は知らなくても無理もないね。でも‥‥裏社会の人間でさえ彼には手を出さないそうだよ。

 ここの以前の建屋。奴隷商バァムの館を壊滅させたのはここの団長さんなんだろ。

 怒ればまさに狂犬そのものだって聞いてきたんだがね」


 「「「‥‥」」」


 1,000人を越えようかという群衆が一様に血の気がひいたように静まり返った。


 「ここは公道ではない。その狂犬団が運営する敷地内だろ。怒り狂った団長さんに殺されても文句は言えないだろうし、騎士団も人の敷地内のことには口出しはできないからね」























 「ああ、そうだった。パンを買いにきたんだが……。また改めてくるよ。団長さんによろしくな」


 「「「は、はいペイズリー閣下!」」」









 そこからは嘘のように自信を持って群衆を捌きだした団員たちだ。

 (あとでペイズリーさんにお礼に行かなきゃな)


 「今日は女性のみ購入できまーす。団員の指示に従ってお並びくださーい」


 「購入はお1人様2個までです」


 「男性はお引き取りください。今日は女性のみ‥」







 「団長俺ら後ろから見守ってますね」


 「よろしくねキース君」


 「了解です」



 あはははは。すげぇなぁ。アネッポのときのロジャーのおっさんもそうだったけど。いるだけでたくさんの人を黙らせる存在感。


 でもさ、今日のはないんじゃないペイズリーさん。俺狂犬じゃねーし。ふつうの人たちが俺を危ない人みたく思うじゃん!




 ▼




 「安いわ!」


 「安すぎよ!」


 「「「安い!安い!安い!」」」



 学園価格よりも高い一般価格のパンは、それでも安いと大好評だった。



 「パンをお買上げの方のみ、1階2階のイートインも自由にご利用いただけます。お1人1点鐘。お水も無料でーす」


 常設の店内イートインは帝都どころか中原でも初の施設なんだよね。

 無料で店内に座れて、しかも無料のお冷。これが衝撃とともに帝都中の250万人に大反響を生んだのはいうまでもないんだ。



 ジャムパンを片手にイートインに座った若い女性。


 くんかくんかくんか‥‥


 パクっ


 学園生と同じ。やっぱり最初にくんかくんかとやってから一口ジャムパンを齧る。


 「あっ‥‥」


 元の世界の人たちだったら中にジャムが入ってないと正直ガッカリするよね。


 だけど、石のように堅いパンしか食べたことがない人が生まれて初めて「白くてやわらかい」パンを実食するんだ。


 「えっ⁉︎うそ⁉︎甘い‼︎」


 目を見開いた若い女性がジャムのないパンのガワを食べてさえ感動の言葉を発したんだ。


 ガタンッ!


 無意識のうちにイートイン席から立ち上がって叫んだんだ。

 

 「あまあぁぁぁーーーいっ!」


 パクっ


 2口め。口中全体に広がるイチゴージャムの甘さに目を見張る。これも予想どおりだ。


 だってハチミツでさえ食べたことがない人がふつうにいるんだもん。メイプルシロップが普及しつつあるとは言っても、若い市井の女性にはまだまだ高嶺の花の嗜好品ともいえるだろうし。


 パクっパクっパクっパクっパクっ‥‥


 あっという間にジャムパンを食べ終わった若い女性がすかさず2個めの揚げパンに手をつけた。


 「甘ーーーいっ!こっちのパンもおいしーーーいっ!」


 食べ終わってベタベタとした指先を周囲の目を気にすることなく、ぺろぺろと舐める若い女性。周囲の人も同じだから、なにも恥ずかしくないみたい。



 「美味しいかったわ!ご馳走さま。ありがとうね!」


 「ありがとうございました!」


 こんな謝意の言葉はパン工房のスタッフにはなによりうれしいよね!


 

 ジャムパン、揚げパン、ソフトバゲット(大)(小)、ハードバゲット(大)(小)の各500個は即完売だった。



 「団長パン工房、倍に増設しても足りませんね」


 「そうだね」


 うん。1日に各パン1,000個でも余裕で完売するだろうな。でも俺たちは学生が本分だし。パン工房もいずれは卒業生や市井の人たちに引き継いでいってほしいな。


 今足りないのは同じ味のパンを大量に焼けることができるスタッフ作りだな。だから拡大路線はまだまだ先の話だよ。



 この日の反省から翌日からは通り沿いには立て看板を立てたんだ。


 【 ・今日のメニュー、価格

・今日の購入対象者 】


 購入対象者は男女別だけにとどまらず、さらに各区毎、若年層に中高年層と細分化したよ。(自己申告だけど)


 それでも当面はパン工房前の行列が帝都の風物詩になるんだろうな。



 「◯◯が足りませんでした」


 「私は◯◯がまだまだです」


 「「俺も」」


 「「私も」」


 

 反省点は山ほどある。1つ1つを改善しながらやってくしかないよね。すべてに慣れるまではね。




 ▼




 「アリサちゃん」


 「なんですかメルル先輩?」


 「あなたのお兄さん、アレク団長がすごいのはこのあとに掃除をして明日の準備をしっかりやってることなのよね」


 「はい。お兄ちゃんは家に帰ってご飯を作って私の修行を見てくれて、それから自分の修行をして‥‥誰よりも早起きしてます。それなのに妹のクロエと楽しそうに遊んでいます」


 「それをずーっと続けてるんでしょ。できそうでできない、すごいことよね」


 「はい!お兄ちゃんはすごいです!」



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