514 メルル


 【 メルルside 】



 もうすぐ夏休み。夏休みも明けたらいよいよ青雲館が本格稼働をするわ。いよいよよ。じっとしていられないわ。


 「これもしなきゃ!」


 「あれもしなきゃ!」


 やることは山積みよ。でも何の苦でもないわ。毎日が楽しいの!




 メルルにとって幸運なことは指導者に恵まれたことだ。メルルが尊敬して止まないサラに、プラスしてもう1人大きく尊敬に値する人物もできた。

 それは面接以降新しく知ることとなった高齢の元シスターのメアリである。


 そんな2人に少しでも近づくこと。それがメルルの大きな目標となった。そしてその目標はメルル自身のやる気を一層引き出していた。



 ついに第1号の入寮者が現れたの。猫獣人の兄妹。サラ先生と同じ奴隷商バァムの元に捕らえられていた2人、トム君とチャムちゃん。


 私は思ったわ。この子たちが2度と騙されないように字の読み書きができるように教えてあげなきゃ!って。

 立派な大人にしてあげなきゃ!って。

 そうよ、私は心に誓ったの。


 だから。


 「トム君チャムちゃんは◯◯しなさい」


 「チャムちゃんはもっと◯◯しなきゃいけないわよ」


 「トム君はお兄ちゃんなんだからもっと◯◯しなきゃ」


 毎日気づくことを2人の兄妹にたくさんたくさん教えてあげたわ。少しでも良くなるようにってね。



 ▼



 メルル本人は意識をしていないが、メルルの子どもたちへの接し方はときに過剰、ときに高圧的なものに映ったようだ。


 「(サラ先生、メルル先生が怖いの)」

 

 「(メアリ先生、メルル先生にたくさんたくさん叱られるの)」


 やがてそれはメルル自身にも感じることとなる。


 なぜかな?

 あれだけ懐いてきたトム君とチャムちゃんの2人がいつのまにか私と距離を開けるようになったって思えるのだけど?

 なぜ?



 それはその後に入ってきた子どもたちも同じだった。


 「(メルル先生はなんだか怖いね)」


 「(ホント!わたしメルル先生が苦手‥‥)」


 そんな言葉は直接メルルの耳にまで入ってきた。


 「私メルルお姉ちゃんはイヤ!」


 「僕も嫌だ!」



 (なぜ?私はあの子たちのためを思って言っているのに!)


 (ひょっとして私が獣人のミックスだから?)


 だがメルルに懐かないのは同じ獣人の子どもも同じだった。


 「僕もメルルお姉ちゃんはイヤだ!」


 「私もメルル先生は怖い!」



 (なぜ?)


 (なにがいけないの?)


 そんな疑問、そんな不満はメルルの中でどんどん大きくなっていった。


 なぜ?


 でもこのままだと絶対ダメだわ。私はいずれ子どもたちに大きな声で叱ることになるわ……。

 それは昔、私が一番嫌だったことなのに。





 そんなときである。


 「「アレクお兄ちゃん!」」


 ダッとアレクに駆け寄る2人の兄妹。


 「よぉトム、チャム」


 「「お兄ちゃん!お兄ちゃん!」」


 2人が身体いっぱいの喜びを現してアレクにしがみつく。


 「風呂入ったか?」


 「「まだー」」


 「よし兄ちゃんと風呂入るか」


 「「うん!」」


 「よしいくぞ」


 「アレクお兄ちゃんくすぐったいからあとで僕のお腹にお顔くっつけないでよね!」


 「私もー!お風呂上がりのお兄ちゃんのお顔はくすぐったいー」


 「あわわわっ!お前らしーっしーっ!そんなこと言っちゃダメだぞ!

 は、早く風呂いくぞ。ハチお前もこい!」


 「「狸さんもお風呂いこー」」


 「狸じゃねーわっ!」


 わははははは

 キャッキャッ


 身体ごとアレクにぶつかって抱きついてくる2人を連れて大浴場に向かうアレク。


 同じようにじゃれつくような光景は歳の近い学園生にも見られた。


 「お兄ちゃん!」


 学園の2年生アリサである。アリサは頭からアレクにダイブしていた。


 「アリサ、お前もう2年生なんだぞ。いつまでも子どもだなぁ」


 「だってー」


 「この甘えん坊め!」


 ぐりぐり ぐりぐり ぐりぐり‥


 「やめてよお兄ちゃん!髪がくちゃくちゃになるわ!」


 そう言いながらアリサの頭をぐちゃぐちゃに撫でるアレク。アリサはイヤイヤと言いながらとてもうれしそうだ。これって……?

 メルルの横にきた同じ幹部連のギンがメルルに言った。


 「メルル先輩、団長が来る前のアリサちゃん覚えてます?」


 「えっ?」


 「私すぐ下の学年だからよく覚えてるですよ。アリサちゃんってあんな顔してなかったんですよね」


 「あまり記憶はないけど‥‥たしかいつも怒ってたように見えたわね」


 「ええ!そうなんですよメルル先輩。アリサちゃん、すっごく綺麗な顔をしてるけど誰も近づけない冷たい雰囲気だったんですよね。 

 なのに今なんか‥‥あれですもん!

 私卑怯だよなって思うんですよ」


 「なにが卑怯なの?おギンさん」


 「だってアリサちゃん、ただでさえすっごく綺麗な顔してるのに。その上、笑顔に溢れるようになって……。

 これじゃ絶対勝てないじゃないですか」


 (この子‥‥アレク君が好きなのね)


 「アリサちゃんの妹、クロエちゃんも団長が来るまではアリサちゃんたち家族を含めて誰とも口を聞かなかったんですって。うちのドン様やトン様は未だに笑ってあのときの団長は面白かったって言うんですよ」


 「なにを言うの?」


 「団長が学園に来てすぐ。

 私たち海洋諸国人がする教会の炊き出しに団長とアリサちゃん、クロエちゃん、デーツ先輩の家族が観に来てくれたんです。

 団長はアリサちゃんたちを俺の家族だって自然に言うし。


 クロエがしゃべれないのは私たちは知らなかったんですよね。それが‥‥。

 私、その瞬間は忙しくって見てないんですけど、ドン様とトン様がクロエちゃんを何気にあやしたんですよ。赤ちゃんをあやすみたいに」


 「クロエちゃんって初級学校の1年生だよね」


 「ええ。うちのドン様もトン様もそんなこと知らなくって。どう見ても赤ちゃんかなって。

 そしたらクロエちゃんが2人を見てキャッキャッって笑いだして。

 そしたらそんなクロエちゃんを見た団長がいきなり大泣きして。ドン様とトン様にありがとう、ありがとうって」


 「‥‥」


 「団長見てて、私最近ようやくわかったんですよね。子どもたちを含めて、誰に接するのも構えてたらダメだなって」


 「えっ?!」


 おギンのその言葉に、脳天を撃たれたような気がしたメルルだった。


 「だって団長ったら誰にも遠慮なく話すじゃないですか。大人にも子どもにも。

 でもそれって案外とっても大事なことなんだなって‥‥壁を作ってないんですよね!」

 


 そうか!

 私はいつのまにか気持ちばかりが前のめりになって‥‥壁を作って構えていたのね。


 そうよ!

 私もまだあの子たちと変わらないんだもん。先生って呼ばれて舞い上がってたのね。でもそれは違うわ。私も子どもたちと一緒に成長しなきゃ!



 「チャムちゃん、お姉ちゃんと一緒にお風呂に入ろう!メルルお姉ちゃんが髪の毛を洗ってあげるね」


 「‥‥うん!メルルお姉ちゃん!」


 ガラガラガラガラ‥‥


 「あっ!メルルお姉ちゃん!お姉ちゃんもお風呂だ!」


 「そうよトム君。お姉ちゃんがトム君とチャムちゃんを洗ってあげるね」


 「えっ?アレク君?」















 「へっ!?め、め、メ、メル、メル、メル、メル〜〜〜る〜る〜る〜‥‥」


 ブッシュッッ!





























 ブッシユュュュ〜〜〜〜ッッッ!


 「アウアウアウアウアウアウアウ‥」


 「キャァァァーーーッッッッッ!!」













 

 目が覚めたのは青雲館の保健室だった。


 「ん?こ、ここはどこ?俺はだれ?」


 「「「団長(お兄ちゃん)‥‥」」」


 そこにはアリサとおギン、コウメもいたんだ。


 「メルル先輩が謝ってたわ。男子のお風呂に入った私が悪いって。お兄ちゃんは悪くないって‥‥でも‥‥」


 (((メルル先輩の裸を見て鼻血だしたんだ‥‥)))


 「お、お兄ちゃん。何か言うことある?」


 「ありません‥‥ごめんなさい‥‥‥アリガトウ」


 「ん?なんか言ったお兄ちゃん?」


 「言ってません!」



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