507 それぞれの時



 「昨日は悪かったなアレク」


 翌日。コジローさんが青雲館に訪ねてきてくれたんだ。


 「いいよコジローさん。仕事っていうか、あの人たちがやってることには同意できないけど、あのゼン爺さんは嫌いじゃないよ俺」


 「そうか‥‥」


 「じゃあナジローさんの最期を話すね」


 「頼む」



 俺はナジローさんの最期を見たまんま、修飾せずにできるだけそのままを伝えたんだ。


 「でナジローさんがこのネックレスをコジロー兄貴に返してくれって。餞別にもらったネックレス‥‥やっぱり売れなかったなって‥‥」


 俺は思いだして話すだけなのに涙が出て止まらなかったんだ。


 「アレク、お前には辛い役目をさせたな」


 コジローさんが俺の背中をぽんぽんと優しく叩いてくれる。


 「ぜんぜん。俺がナジローさんを殺したのは事実だし救えなかったのも事実だよ」


 「でもナジローの最期は笑ってたんだろ?」


 「うん‥‥泣き笑いだった」


 「じゃあ兄貴の俺がお前を恨むことは何もない。感謝しかないよアレク」


 「うっ、うっ‥‥」


 「だから泣くなって。おお、そうだ!嫁さんに子どもが生まれたんだよ。女の子だ」


 「女の子なんだ‥‥」


 「ああ。めちゃくちゃかわいいぞ。お前またグランドに来たら抱っこしてやってくれよ」


 「うん!コジローさん、ナジローさんの形見のネックレス、その子につけてあげてよ」


 「おぉ!俺もな、今そう思ってたんだよ」


 「ナジローさんはネックレスといっしょにグランドに行くんだね」


 「ああ。これからはずっと一緒だ‥‥」









 「それとな、グランドのゴムは順調に生産できてるからな」


 「よかったよ。帝国の騎士団だけじゃなくって陸軍も海軍も戦闘靴を正式採用だってね」


 「ああ。だからグランドは当面安泰だよ。アレク、お前のおかげでな」


 「俺は何もしてないよ。それよかさ、もうすぐ夏休みなんだ。

 俺コジローさんにナジローさんから預かったネックレス持っていく予定だったんだよ。でもそれはもうなくなったけど、夏休みの1か月くらいグランドに行っていいかな」


 「いいも何もみんな大歓迎だぞ」


 「ははは。うれしいな」


 「それでさ、そんときオヤジの息子、ああ前皇帝陛下の息子を1か月レベちゃんに預けたいんだけど。レベちゃんにお願いできるかな?」


 「そりゃお前、レベちゃんなら2つ返事で了解だろうよ。

 で、レベちゃんっていうことはその息子、体術がなんとかなりそうなのか?」


 「うん。まだ教えて1か月なんだけど‥‥はっきり言って剣はダメ。だけど体術は天賦の才があるよ」


 「ほお」


 「そいつデーツって言うんだ。

 俺以上に馬鹿っていうか、いじっぱりなんだよ。最近はちょっとだけ良くなってきたんだけどオヤジへの劣等感の塊でさ。だからぜんぜん弱っちいくせにオヤジを真似て剣ばかりやってたんだよ」


 「ハハハ。それでお前が体術の才能を見出してレベちゃんに任せるってか」


 「うん。レベちゃんにシゴいてもらったらちょっとは自信がつくかなって」


 「わかったよ。じゃあレベちゃんに言っとくな」


 「ありがとうコジローさん」


 よし、これで夏休みの予定も決まったな。


 「キム先輩やイシル、トマスは元気?」


 「ああ。3人とも本島に行きっぱなしさ。お前も聞いたかもしんねぇが、5氏族の統一が見えてきたからな」


 「そっか。じゃあ海洋諸国も連合から統一国家になるんだね」


 「ああ、この数年ののうちにな」


 すげぇよな。キム先輩は着々と自分のやることをやってんだな。イシルもトマスもキム先輩をきっちりフォローしてるだろうし。

 俺も負けじと頑張らなきゃな。




 ーーーーーーーーーーーーーーーー



 「デーツ、じゃあ今日から朝のランニングだ。

 俺が先に行って置いてきたものを持って帰ってこい。俺たちが朝ごはんを食べ終わる前までに帰ってこいよ。でないと朝メシ抜きになるぞ。

 遅いと夜ごはんも無しと言いたいところだけど、さすがに無しはかわいそうだからな。

 でも夜ごはんのおかわりはなしだからな。


 「くそーっ!弱い者イジメしやがって」


 「だってお前は事実弱いじゃん。アリサはすでにお前より強いし。クロエも1年もしたらお前たちより強くなるのは確定だからな。ということはデーツ、お前は次男どころか4人の末っ子になるぞ。

 まぁお前1人くらい兄ちゃんの俺がなんとかしてやるよ。一生絵を描いて働かなくてもいいように。そんでいいだろ?」


 「そんなの絶対嫌だ!」


 「じゃあ毎朝一生懸命走れよ。まずは体力だからな。休養日以外毎朝走る。雨だろうが天気は関係なしだぞ」


 「くそっ、やればいいんだろ」


 「そうだ。行動で示してくれよ」


 コクコク




 ーーーーーーーーーーーーーーーー




 口髭を胸あたりまで下げて。肌の色こそ浅黒いけど見た目も雰囲気も思いっきりテンプル先生寄り。

 長身痩躯のダークエルフの爺さんがコウメの爺ちゃんだ。


 コウメの爺ちゃんもテンプル先生と同じような立ち位置にいる。帝国施政のご意見番みたいな人だね。

 

 そんなコウメの爺ちゃん(ジン・マッカーシーさん)と2人で話す機会が何度かあったんだ。


 俺に憑くシルフィは、ジンさんに憑く同じ風の精霊シェールと何やら真面目な話をしていたから俺もジンさんにいろいろ聞くことができたんだ。



 「テンプルは元気かの?」


 「はい。ジンさん、テンプル先生と仲良かったんですか?」


 「そうじゃよ。あいつとは若い頃からの悪友じゃよ」


 「俺ジンさんにお聞きにしたいことがあるんですが‥‥」


 「なんじゃい?」


 「帝国に来る前にホーク師匠に連れられて北の砂漠に連れてってもらったんです」


 「ほぉ北の砂漠に行ったのかい」


 「はい。見たことも聞いたこともないような魔物が砂に埋もれてて。でもじっとしてるだけでいつ動いても不思議じゃないっていうか。とにかく圧倒的に強い魔物がいたりしてびっくりしたんですけど‥‥」


 「まあそうじゃろうな。彼奴らは呼ばれていない者は徹底的に排除するからの。そして恐ろしく強いからな」


 「オアシスで修行中にホーク師匠が言ってたんです。

 『いつか砂漠を越えてお前は暗黒大陸へ行くときが来るかもしれない』って。

 俺意味がわからなくって。そのとき‥‥‥‥やっぱりやめときます」


 「なぜだい?アレク君」


 「あははは。テンプル先生が言ってたことを思い出しましたから」


 「テンプルは何と?」


 「輪廻が繋がれば自然と行けるだろうって」


 「わはははは。そうかいそうかい。さすがはテンプルじゃわい。

 ならばわしから言うことは何もない。そのときが来たらこうして守り人と握手をすることじゃよ」


 「はい」


 (もしそうなれば‥‥守り人は驚くじゃろうの)



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 夏休み明けの9月に本格稼働することが決まった青雲館。


 模擬授業や模擬宿泊をして本当によかったよ。子どもたちを迎えるにあたって、結果として自分たちの非力さがよくわかったからね。

 今はみんながそれぞれの仕事の準備に余念がないよ。

 俺?俺はね‥‥


 「はい団長書けた?見せて」


 「はい‥‥おギン先生‥‥」


 「はあぁぁぁぁ‥‥」


 なんで天を仰ぐんだよおギン!


 「どうしたら団長みたいなゴブリンが人族になれるんだろうね?」


 なんで字を教えるみんなが集まってるんだよ!なんで俺が書いた紙を見てため息つくんだよ!


 「「やっぱり練習帳を改良すべきかなあ」」


 「「うーん、どうしよう?」」


 その間俺は、子ども役として椅子に座り続けている。今日もずーっと……。


 ちなみにうちの次女、この春初級学校1年生になったクロエにも同じ書き取り習字の練習帳を使ってもらった。


 「クロエちゃん上手になったねー!」


 「クロエちゃんは賢いもんね!」


 「ホント!クロエちゃんはちゃんとしてるよね!」


 「「「誰かと大違い!」」」



 クロエの字は直ぐに見やすくてきれいになった。俺にとってはどう考えても屈辱的な結果なんだよな……。




 ーーーーーーーーーーーーーーー



 「「おいおいテメーら誰に断ってやってんだよ!」」


 「「守り料払ってもらわなきゃな!」」


 「「ついでに女は酌してもらうかな」」










 「団長〜〜お客さん来ました〜〜」


 「え〜またかよ〜」


 「スパーク!」





























 「「アウアウアウアウ‥‥」」


 「縄で縛って騎士団さんに連絡しといて〜」


 「「はーい」」


 「ああ、騎士団さんに手土産も忘れずにね〜」


 「「は〜い」」

 

 ーーーーーーーーーーーーーーーー


 「クロエ、この魔石を毎日暇さえあればニギニギしてろよ」


 「うん、お兄ちゃんありがとう!」



 ▼



 「団長父ちゃんが毎度ありーって言ってたっす。もう今年はなんも売れなくってもいいくらいだって」


 「ハチ値段聞かないでおくわ」


 「そりゃ団長小さいとはいえドラゴンの魔石っすもん」


 「だよね‥‥」




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