471 狡猾な神父

 


 「白いパンおいしそうにゃ」


 「そりゃ絶対おいしいよチャム」


 「カビが生えてないにゃ」


 「当たり前だよ。シスターたちが食べるものにカビなんか生えてるもんか」


 「トム兄ちゃん楽しみにゃ」


 「そうだね。きっと母ちゃんも喜ぶよ」


 キャッキャ

 ははははは



 こんがり小麦粉色をした堅いパン1本を前に喜ぶ2人の兄妹。



 兄の名はトム。

 歳の頃は3歳前後。

 骨と皮ばかりで痩せてはいるが、くりくりとした大きな目元は山猫獣人の父親譲り。人族の母親とのミックスだ。


 妹の名はチャム。

 2歳前後のその子もまた山猫獣人らしい大きな瞳が特徴的な幼児だ。


 2人にはさらに大きな特徴があった。それは外観(容姿)である。

 2人は白子症(アルビノ)であった。

 頭髪と肌の白さが一際目立つ兄妹。

 それは社会の底辺である貧民街では迫害対象となる奇異な存在として映っただろう。だがその白い姿は一部の富裕層にはたまらないものだった。

 そしてそんなことは周りの貧民はおろか本人たちもまるで知らなかったのだ。



 「母ちゃんにあげる前に少し食べようか?」


 「食べたい、食べたいにゃ!」


 

 兄が手にするパン。それはこっそりシスターが分け与えてくれたもの。

 ふだんの炊き出しのときは常に最後尾に並ぶ2人を気の毒に思っていたシスターからの心配りだった。



 ある程度の年嵩までは毎日をただ無為に過ごす貧民街の子どもたち。ある程度の年齢となれば外の世界に飛び出すのだがそれまでの彼らの溜まり場は教会周辺だった。


 教会周辺にいればごく稀に、訪れた人が小銭や食べものを恵んでくれるから。なにより教会の前では月に数回炊き出しがあったのが集まっている理由である。



 トムとチャムの幼い2人。

 妹にとってそれは初めて見る白いパンだった。ふだん目にするパンはカビが生えて青く色が変わったものだったからだ。


 一方兄はカビが生えていないパンを食べた記憶がある。それは父親も母親もいて、貧しいながらも庶民街に暮らしていた時分のことだ。


 父親はダンジョンに行ったきりもう2年も帰らない。死んだのだろう。母親は言わないがおそらくそういうことだろう。

 わずかばかりの蓄えも底をつき追われるように貧民街に流れ着いたのは父親が帰らなくなってすぐのことだ。

 そして母親はすぐに病いの人となった。


 以来家族3人はまともな食事にはありつけていない。

 それを思えば。

 今手にしているパンは間違いなくご馳走なのである。


 「さあ2人とも。誰にも見られないように早く帰りなさい」


 「「はいシスター」」


 すぐに帰ればよかったのだ。だが。


 「待ってろよチャム。よいしょっと!」


 もらった1本のバゲットの先を手で割く。残りは帰ったら母親と3人で食べよう。でも今はせめてこの欠けらだけでもチャムにあげよう。

 欠けらといっても妹のチャムの口には入りきらないくらい大きいのだけれど。


 「食べろチャム。周りにバレないようにね」


 「やったにゃ!」


 周囲を気にすることができた兄は、自分たちだけがもらったパンを人にわからないようにと配慮することができた。が妹は別だった。

 うれしさのあまり妹は我慢することができなかったのだ。


 「お兄ちゃんおいしいにゃ!」


 「「「?」」」


 その歓喜の叫びは当然腹を空かせた周囲の子どもたちの目に入らないわけはない。


 「あっ!トムの妹がパンを食ってるぞ!

 お前らどうしてパンがあるんだよ!」


 「「「卑怯だぞ!」」」


 しまった!見つかった!


 「お兄ちゃん‥‥」


 途端に怯えて兄のトムにしがみつくチャム。


 「「「なんでだよ!」」」


 「「「お前らだけずるいぞ!」」」


 「「「俺たちにもよこしやがれ!」」」


 それは同じ貧民街に住む同世代の子どもたち。中には浮浪児も含まれている。


 「くそっ!ほら半分やるよ!」


 ポイと反対側に投げたのは手にしたパンの半分。


 「「「「「俺のだ!」」」


 「「「私のよ!」」」



 投げられたパンにわっと群がる子供たち。


 「今のうちだ。急げチャム。走れ」


 せっかくシスターからもらったパンもすべて取られては元も子もない。服の脇に入れた半分のパンは無事だった。


 「ごめんねお兄ちゃん」


 「気にするなよチャム」


 「だって‥‥」

 

 「さ帰ろ。家で食おうよチャム」


 「うん!」



 駆け出す2人の足はいつもより軽い。何せ久々にありつくまともな食事だからだ。


 (この5日ほどゴミ箱の魔獣肉の骨しか食ってないからね。今日は母ちゃんも喜んでくれるぞ)


 それは貧民街のなかでも最底辺の生活。バラック小屋。4畳半にも満たない空間が2人の楽園。病床の母親が待つ家だ。



 「母ちゃん。シスターがパンをくれたんだよ。3人で食おうよ」


 「お母ちゃんお兄ちゃんがパンをもらったんだよー!」

 

 「ん?母ちゃん?母ちゃん?」


 「お母ちゃん!」


 「お兄ちゃんお母ちゃんが起きないよ!」
















 母親は物言わぬ骸となっていた。




 ▼




 「じゃあ母ちゃんの骸は焼き場で始末するからな。金は教会で建て替えてもらうぞ。いいなトム」


 「はい‥‥」


 ゴロゴロゴロゴロ‥‥


 貧民街の顔役たちが母親の骸を運んでいく。死してアンデットになるのを防ぐためには火葬をしなければならないからだ。


 「(これでこの兄妹ともサヨナラだな)」


 「(だな)」


 「「(かわいそうだが仕方あるまい)」」




 ちなみにアレクは知らないのだがリアカーはこのような最底辺の場末でも活躍していた。








 「うっうっお兄ちゃんお母ちゃんがー」


 「‥‥」


 「トム、チャムお前たち」

 

 「「?」」


 悲嘆に暮れる兄妹に初めて口を聞くことになった神父が2人を優しく抱擁しながら語りかける。


 「トムよくがんばったな」


 「チャムは寂しかろうが辛抱するんだよ」


 「「神父様‥‥うっうっうっ。うわああぁぁぁぁん」」


 「よーしよし。よーしよし‥‥」



 2人の身体を抱いて慰めるのは貧民街の神父。そうあの神父だった。



ーーーーーーーーーーーーーーーーー


 

 「ドン様」


 「どうだったおギン?」


 「はい。草によればあの神父はやはり子どもたちの人身売買をしておりました」


 「兄ちゃん!」


 「許さねえ」


 「ですが巧妙な仕掛けがあります」


 「なんだ」


 「奴隷となることを子どもたち自身が認める署名(サイン)があります」


 「「‥‥」」



 そんなことになっているとは露とも知らない俺はクロエちゃんの新しい魅力を発見して夢中だったんだ。


 湯上がりのクロエちゃんをハンドドライヤーで温めたあと。


 「クロエちゃん早く寝まちゅよ」


 「嫌だ」


 「寝なきゃダメでちゅよ。こちょこちょ。寝なきゃくすぐりまちゅよ。こちょこちょ」


 クロエの脇腹をさわさわする。


 「お兄ちゃんくすぐったい!キャッキャ」


 「寝ますよクロエちゃん。寝ないとくすぐりまちゅよ。こうでちゅよクロエちゃんこうでちゅよ!」


 さわさわ さわさわ さわさわ‥


 「やめてお兄ちゃんキャッキャキャ‥」


 さわさわ さわさわ さわさわ‥


 ん?


 くんかくんか‥‥


 もしやこれは?


 くんかくんか‥‥


 こっこっこれは!


 くすぐりながら偶然嗅いだクロエちゃんのお腹の匂いが俺の本能を呼び覚ましたんだ!


 クンカクンカクンカ‥


 クンカクンカクンカクンカクンカクンカ‥‥


 くんかくんか‥


 くんかくんかくんかくんかくんかくんかくんかくんかくんかくんか‥‥






















 うおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉーーーーーーーーーーーーっっ!


 「お兄ちゃんくすぐったいよ」


 「やめてよお兄ちゃん!」


 「お兄ちゃん‥‥」






























 「お兄ちゃんの変態!」


 はっ?!


 はうううううっっっっっ!?


 この瞬間。俺の脳裏に雷が落ちた。


 お、俺は‥‥

















 変態だ‥‥


 「ごめんねクロエちゃん‥‥もうしないよ‥‥」


 「絶対だよ!お兄ちゃん」


 「はい‥‥」


 ニコッと笑ったクロエちゃんに菩薩様か観音様に見えたんだ……。

 それに対して。なんて俺は酷い男なんだ……。


 「ごめんねクロエちゃん。アレクお兄ちゃんは先に寝ますね。おやすみ」


 「おやすみお兄ちゃん」



ーーーーーーーーーーーーーーーーー



 「シスターこの子の身体を拭いてあげてください」


 「はい神父様」


 泣き疲れて眠った妹を連れたシスターが部屋を退室したあと。


 神父はトムに言った。


 「トム。火葬にかかった金。もちろん払ってくれるんだろな?」


 「えっ?神父様?」


 「世の中タダのものなど1つもないぞ」



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