472 無知ゆえに



 「世の中タダのものなど1つもないぞ。母ちゃんがアンデットになってもよかったのかトム?」


 「いやです」


 「ではそうならんよう女神様の元に魂を送ったのは誰じゃ?」


 「神父様です」


 「そうじゃ。私じゃよ。だからのトム。母ちゃんを焼くのにも当然金がかかったのはわかるの」


 「はい」


 実際金はかからない。そのために前皇帝の支援によって貧民街に教会ができたのだから。

 しかし貧民街に住むトムは無知ゆえにそんな事由など知る由もなかった。


 「し、神父様‥‥じゃあ僕はどうしたらいいんですか?」


 「金がないなら作るしかあるまい。金を作るには働くしかないわの」


 「な、なにをして働いたらいいんですか?」


 「トム。ここの貧民街にいる子供たちは大きくなったらいなくなる。それはなぜかわかるか?」


 「働いているからですか?」


 「そのとおりじゃよ。教会に借金のない者はここを出てどこで野垂れ死のうとかまわん。じゃがな」


 温和そうに見えた神父が狡猾な鋭い目をトムに向けた。


 「教会に借金のある者は働いて返さねばのトム。ちょうどお前のようにな」


 「僕はどこでどう働けば‥‥」


 「なに大したことじゃない。奴隷商と売買契約をしてくれるだけでよいぞ。奴隷商がお主の借金を立て替えてくれるからの」


 実際神父がもらうのは奴隷商からのリベートである。


 「お主ならほんの10年程度働くだけでよいぞ」


 「じゃあその間妹のチャムはどうなりますか?」


 「なんも心配せんとよい。チャムもその間どこぞの裕福な旦那様が育ててくれるわい」


 「‥‥」


 「安心せい。働くといっても器量の良いお主は他の者とは違いなんも辛い労働はせんよ。ただ裕福な女主人様のいうとおりにしておればよいからの」


 「それで妹は‥‥チャムは腹を減らさなくて過せるんですね神父様?」


 「ああそうじゃよ。チャムもここよりはずっと良い暮らしができるぞ」


 「あ、ありがとうございます神父様!」



 無知ゆえに。

 優しく抱擁してくれた神父を信じきるトム。妹も食事に悩むことなく幸せに過ごせるという神父の言葉を信じて。


 実際には契約したら最後2人の兄妹は2度と会えなくなるのだが。



 「じゃあ僕チャムにも説明してきます!」


 「ああトム。それが良いの」


 「はい!ありがとうございます神父様!」



 ーーーーーーーーーーーーーーー



 「ドン様、貧民街の子どもたちは奴隷商との間に自分から望んで奴隷となった旨を署名した契約書が交わされています」


 「おギン。でも貧民街の子どもたちなんだろ?なぁドン兄貴」


 トンが右手を動かして字を書くジェスチャーをする。


 「そうだなトン」


 「トン様のおっしゃるとおりです。貧民街の子どもたちは実際契約書に字を書けれません。おそらく神父本人もしくは誰かの代筆かと」


 「てことはその時点で契約は無効だな」


 「おっしゃるとおりです。ですが貧民街の子どもたちは無知ゆえに誰も疑うこともなく‥‥」


 「わかった。じゃあ俺が奴隷商と話をしてくる」


 「「兄ちゃん危険だよ!(ドン様危険です!)」」


 「「俺も行くよ(私も行きます)」」


 「いや俺1人でいい。海洋諸国ガバス一族と名乗れば大丈夫だろうしな。心配するな。すぐに行ってすぐに帰ってくるよ」


 そう言ってドンが駆けだして行った。




 ▼




 「まあ茶でも飲んでくれバガス一族の若長さんよ。

 ああ心配なさらずにな。海洋諸国人に毒は盛りはしませぬぞワハハハハ」


 (神父が言ったとおりだな。無駄に正義感のある学園生はいかん。

 海洋諸国人といえど早急に始末せねばな)


 「ささっ。これは王都のアレク工房から取り寄せた旨いお茶ですぞ」







 「お、お前‥‥騙し‥‥たな‥‥」


 「ガハハハ騙されるほうが悪いだろうが!

 海洋諸国と言ってもまだまだ子どもだな。チョロいもんよ」


 「おいコイツを牢屋にぶち込んどけ」


 「「了解でさぁ」」


 「どこから足がつくかわからんからな。それとこいつら海洋諸国人は油断すると危ないぞ。動かれると厄介だからな。首と脚に鎖を巻いとけ。

 それとな舌を噛まれても困るからな。口には猿轡をかませとけ。

 こいつは海に出てから石を抱いて沈んでもらうからな」


 「「へいお頭」」


 











 「ドン兄ちゃん帰ってこないな」


 「遅すぎますねトン様」


 「ギンちょっと行ってみてきてくれよ」


 「はいトン様」















 「奴隷商に尋ねましたがドン様は来てないの一点張りです!

 ですが部下たちの目つきは絶対ドン様がいたと言っています」


 「まずいな‥‥俺は団長に相談にいく。ギンは奴隷商を見張っててくれ」


 「はい」



 ーーーーーーーーーーーーーーー



 「アレクお兄ちゃんちゃんと顔洗った?」


 「おはようクロエちゃん。はい洗いました」


 「ご飯はゆっくり噛んで食べるんだよお兄ちゃん」


 「はいクロエちゃん」


 「「「‥‥」」」


 「デーツお兄ちゃんもアリサお姉ちゃんもバブお婆ちゃんもゆっくり噛まなきゃダメだよ」


 「「「は、はい‥‥」」」



 「(アレク何があったのさね?)」


 「(あんたクロエに何したのよ?)」


 「(クロエガオ姉サンニナッテルゾ)」


 「はい‥‥すべては私が悪うございました‥‥」


 「「「???」」」



 クロエちゃんが覚醒したんだ。

 不甲斐ない兄を見てたった1晩でしっかり者のクロエお姉ちゃんになったんだ。


 「クロエ何があったの?まさかこいつに何かされたの?」


 ヤバい!

 ヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバい!


 「何もないよアリサお姉ちゃん。

 クロエもお姉ちゃんにならなきゃアレクお兄ちゃんがダメな大人になっちゃうでしょ」


 「ふーん?たしかにね」



 こうしてクロエが見事に復活したんだ。



 「それと少し遅れたけど私も学校に行くね」


 「「「そうか!」」」


 「アレクお兄ちゃんと一緒に行きまちゅかクロエちゃん」


 「うん」


 「じゃあ明日から一緒に通学ちまちょうね」


 「アレクお兄ちゃんもっとふつうに話してよ!

 いつまでもそんな赤ちゃん言葉を話してたらますます変な人に思われるよ!」


 「!はい‥‥以後気をつけます」



 もうクロエは大丈夫だ。でも‥‥ちょっぴり残念だけどね。



 ーーーーーーーーーーーーーーー



 ドンが行方不明になったとは知らない次の日の帰り道。


 「ドンたち今日は休みか」


 「そんな日もありますよ団長。だいたい1日1組しか団員が増えないからいいっすよ」


 「そだねー」


 「ハチじゃあ今日は父ちゃんとこ(ミカサ商会)に行くか」


 「はい」


 ハチと一緒にミカサ商会帝国店に行くことにしたんだ。



 「団長!たいへんです!」


 「あートン!今日は1日サボりかよ!」


 「違うんです!北区の教会に行った兄貴が帰ってこないんです!」


 「なに?何があった?」


 「トン先輩!」


 「実は‥‥」


 




 「たぶん奴隷商の地下牢に監禁されてます」


 「じゃあ助けに行かなきゃな」


 「団長確証もなく押し行ったらさすがにまずいっすよ」


 「うーん。でも俺ドンがいるかどうかは近くに行ったらわかるぞ」


 「「?」」


 「お前らも最初握手しただろ。あのときお前らの魔力もわかったからドンも近づいたらわかるんだよね」


 「団長それ未成年者じゃないです‥‥」


 「そうっす‥‥」


 「まあわかりゃいいじゃん。じゃ行こうか」


 ところが。

 校門を出たところで。


 「お前がアレクか?」


 「そうだけど?」


 「ちょいとツラ貸せや」


 「いいけど?」


 「団長‥‥」


 心配するトン。


 そこには20人ほど大人の男たちが俺を待ち構えていたんだ。

 17、8人は剣士だな。2、3人は魔法使い。

 そしてこいつらみんな冒険者だな。



 キタキタキタキターーーッッ!


 ついに。ついに学園ものあるあるが発動したよ!子ども主人公を袋叩きする気で向かってきた大人たちと闘うシーンだよ!


 くーっっ!やっと主人公らしい展開になってきたよ!


 なんて思ってたんだけどね。やっぱり俺はそんなデフォ路線を歩む主人公じゃないみたいだったんだ。


 「クックック‥」


 「(ハチなんだよお前のその顔は!)」


 そうハチが悪代官みたいは顔をしたんだ。

 お前‥‥俺より様になってるじゃねえか!なんでだよ。くそっ!


 「(隊長人目につかないところにいきましょう。1人も逃しちゃダメですからね。ドン先輩を助けるのに使えますからね。いいですね。絶対ですよ!)」


 「はいハチさん‥‥」



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