398 多数決



 ダンジョンを登る10日前。


 トールのお父さんが突然亡くなったんだ。朝方、ウッとなってそのまま亡くなったそうなんだ。不幸なことだけど、それはこの世界ではわりとよくある急な病いだった。


 トールのお父さんは、幼い頃流行り病で両親を亡くしたシャンク先輩にとって父親同然の存在の叔父さんだったんだよね。

 だからその心痛は察して余りあるものだった。もちろんトールもなんだけどね。


 この世界の葬儀はほぼ火葬なんだ。死後にゾンビになるのが怖いからね。


 まだ事情のわからないトールの双子の妹弟がキャッキャと笑って走りまわる姿に俺は胸が痛かった。

 セーラを筆頭に女の子たちは涙がとまらなかったし、俺たち男子も言葉がなかったんだ。


 葬儀のあと、セーラが言ったんだ。


 「アレク。シャンク先輩は‥」


 「ああセーラ、おそらく学園ダンジョンを辞退するだろうな」


 「やっぱり……。たぶんそうなりますよね」



 ヴィヨルド学園側としては10傑2位のシャンク先輩を出発直前まで待つ方針だったみたいだけど、俺とセーラはダメかなって思ってたんだ。



 「トール‥‥」


 「シャンク先輩‥‥」


 「トール‥‥」


 「シャンク先輩‥‥」


 「トール‥‥」


 俺たちも気が動転していてトールやシャンク先輩に満足に励ましたり声かけすことができなかったんだ。

 だってこんなにも身近な人の死はなかなか体験できなかったから。





 森の熊亭はおじさんが亡くなった翌日から営業を再開したんだ。ヴィンランドの街の人の食を守らなきゃっておばさんが言ったから。


 シャンク先輩は学園を辞めるって言ったらしい。だけどおばさんがあと半年せめて卒業はしてくれって。そんな事情はあとから聞いたんだ。




 「はい3番さん上がったよー。トール次は」


 「シャンク兄ちゃん次は‥」


 何事もなかったように森の熊亭で鍋をふるうシャンク先輩とトール。2年10傑の俺たち仲間は満足な激励の言葉も出てこなかった。

 ただそばにいて2人を手伝うだけで。俺も毎日夜に包丁を研ぎに行ったよ。







 そして。


 「アレク君ごめんね。僕やっぱりダンジョンはいけないんだ。僕の代わりにがんばってきてね」


 「‥‥はい。シャンク先輩」









 シャンク先輩は学園側にもダンジョンを辞退する旨を伝えたみたいだ。



 

 10傑専用の部屋で。再び6年の人族の先輩たちから提案が出されたんだ。


 「シャンクは学園ダンジョンを辞退することになった。代わりに登ってくれる仲間は6年人族の‥‥」



 ここからは言葉が悪いけど、なんとなく他人事みたいな気もしたんだ。俺自身、ダンジョンへの熱も急速に冷めていったし。


 多数決で総隊長、副隊長とも6年人族の先輩に決まった。







 「先輩何かできることありますか?」


 「あーないない」


 「先輩ここはこうしたらどうでしょう?」


 「いーんじゃなーい。好きにすれば」


 「(チッ2年生のくせに。いちいちうぜぇなあいつ)」


 「(ああ。昨日も同じこと言わなかったか。ウゼー)」


 「(ちょっと1回行ったぐらいで調子に乗りやがって)」


 「先輩!その考えは間違ってると思います!」


 「やめろセーラ」


 「だって‥‥」


 「それでもだ!」


 なんとか寄り添えないか、歩み寄れないかって努力したんだよ。

 それでも6年人族の先輩たちの「自分たちが優れている」感はなくならなかった。







 先輩たちみんなが帰ったあとの10傑専用の部屋で。

 思い出すのはマリー先輩の言葉だ。


 「‥‥私と同じでアレク君はこれから6年間、学園ダンジョンの探索が続くわ」


 「はい」


 「たぶんね、下級生でいる内は意見も通らない可能性があるわ」


 「今年、こんなにいい先輩たちばかりなのにですか?」


 「ええ。残念ながら人って考え方をなかなか変えられないものなのよ」


 「はい‥‥」



















 「ううっ‥‥」


 「アレク!」


 自然と、頬を涙が伝ったんだ。


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