399 シェフアレク



 「帰ろうかセーラ‥」


 「ですねアレク‥」


 「ユーリ隊長、ライラ先輩お先に失礼します」


 「「また明日(ね)‥」」


 「「はい‥‥」」


 「なんかつまんねぇ‥」


 「ほんと‥」






 ダンジョンに向けての準備に気が進まない分、余計に直前に迫ったロジャーのおっさんの結婚式の披露宴と引出物(手土産)の準備に俺は前のめりになっていったんだ。


 さすがに披露宴当日はダンジョンの中だろうからそれまでに俺自身が納得いく形にして少しでも喜んでもらいたいからね。

 あっ、喜んでもらいたいのはもちろんミランダさんにだよ。ロジャーのおっさんはついでだよ。





 ▼





 「うん。いいわねこの質感。わしだっけ?これは素晴らしい出来、いえ芸術作品だわ」


 ロジャーのおっさんの結婚式の招待状は既に中原中に送ってあるよ。VIP用は和紙の招待状、そのほかは洋紙の招待状で。

 そのサンプルを手にしたサンデーさんが感嘆の声を上げる。


 「わし(和紙)もよーし(洋紙)もサカスで順調に生産が進んでるからねアレク君」


 「うん。サンデーさんありがとう」


 「披露宴のあと、間違いなくわしもよーしも、どちらもとんでもないことになるわ」


 「あははは‥」




 結婚式の招待状。

 王家と各国の要人、各領主用には和紙で作った招待状100枚を配付したんだ。


 偉い人(VIP)の結婚式披露宴はどこも2人参加なんだ。だから100枚だから200人。そのほかのお付きの人はとうぜん別室で控えてるんだって。

 お付の人たちにもなんか用意しなきゃな。


 で、その招待状は和紙。

 従来の羊皮紙のそれより圧倒的に上質なんだよね。今ごろ受け取った人はみんなびっくりしてるだろうな。


 袱紗を開けると2枚折の和紙の招待状。中にヴィヨルドの国花竜胆(名前もリンドウなんだ)を押し花にして和紙に取り込んであるよ。


 押し花は土魔法の圧縮と風魔法の乾燥で。生活魔法レベルの発現力で上手く作ることが出来るんだ。しかも俺が知ってる押し花よりもきれいな色合いが出るんだよね。

 この押し花の装飾を加えた和紙も、今後はサカスの街に作ったアレク工房で製造するみたいなんだ。土と風の生活魔法を発現できる魔法士さんたちも専属で雇うことも決定してるみたいなんだ。

 「みたい」って結局俺はいつもどおり言うだけで何にもしてないんだけどね。



 このほかの800人に対しては封筒に入れた洋紙の招待状(カード)。


 文面、竜胆のイラストはこの世界初の活版印刷を採用したよ。


 印刷も今後飛躍的に普及するよね。そのうち新聞とかも作ったりして。


 サカスのアレク工房は製紙と印刷、製版等をメインにするみたいだよ。

 あっ、また「みたい」って言っちゃったよ。




 「わしを入れるこのふくさ?これがまた素晴らしいわ。これぞ芸術品よね!」


 「だよね!この袱紗はグラシアで織ってもらってるよ。グラシアはミョクマルギルド長に紹介してもらったんだ。元々服を作ったりしてた街なんだってね。

 でもやっぱ形になったのはサンデーさんやミカサ会長がいつもどおりに俺のわがままを聞いてくれたからなんだよね」


 「フフフ。グラシアのアレク工房は寡婦や事情を抱えた女性たちを中心に雇って織ってくれてるのよね」


 グラシアのアレク工房は織機中心なんだ。絹織物と木綿織物。


 「いつもありがとうね。サンデーさん」


 「なに言ってるの。私はアレク君の1番の味方なんだよ!

 こないだのアネッポも楽しかったんだから。

 アレク君はこれから学園ダンジョンでしょ。だからこの後私がグラシアとサカスを直接見てくるからね」


 「うん。よろしくね」





 ヴィヨルド領第2の都市サカスは製紙業、印刷業の街として、第3の都市グラシアは紡績の街としてともにヴィヨルド領興隆を支える礎の一端を担っていくことになるんだ。



 紡績の編機は東北の田舎の婆ちゃんがやってたのを思い出して作ったんだ。蚕も黒い森にいたのをグラシア近郊に養蚕畠を作って育てることにしたし。綿花栽培も併設して始めたよ。


 農業はノームにお願いするとすごく良いものが早く育つんだよね。


 絹は高級品として、木綿は普及品としてどんどん量産化していく予定。


 えーっとね、本当は紙の話と養蚕から紡績の話だけで話し尽くせないほどたくさんあるんだけよね。だけどそのへんの話はまたの機会かな。




 「相変わらずアレク君の古代文明の転用は素晴らしいわね。今も図書館通いをしてるの?」


 「あははは。でもヴィヨルドに来てからは学園長のおかげなんだ」


 「へぇーそうなの」


 さまざまなアイデアは古代文明の復元として、その知識を学園長から勉強してることにしたんだ。もちろん学園長には許可をもらってるよ。出来の悪い甥っ子に頼まれたって苦笑いしてたけど。

 今や学園長も俺の大事な家族なんだ。




 こうした紙製品のあれこれは王都とヴィンランドを皮切りにミカサ商会とサンデー商会で結婚式披露宴のあとから一斉に発売されるんだ。


 廉価な洋紙の需要はとんでもないことになるだろうな。



 郵便制度も滞りなくと言いたいけど少しずつ実用化してるよ。

 郵便局は軌道に乗るまでは各商業ギルド内に併設されてるはず。数年の内には中原中に広まるといいな。

 一般の人まで情報の共有ができたら世の中だんだん平和になると思うんだよね。



 ーーーーーーーーーーーーーー



 「「「しぇふおはようございます!」」」


 「あ、ああ、はい。おはようございます」


 領都ヴィンランドの領主専属料理人さんたちから一斉に挨拶をされる。

 最初に料理したとき、シェフみたいだなと口走った言葉がそのままみんなに伝わってしまったみたいなんだ。


 最初はね、なんだこのガキはって雰囲気だったんだよね。だけど俺が目の前でミートマッシャーを発現したり、オーク肉を自分で狩ってきたり、試食してもらってるうちに、ガキを見る雰囲気はなくなったんだ。さすがヴィヨルド領主の館にいる人たちだよね。


 結婚式披露宴の食事メニュー。

 2部構成でいくことにしたんだ。


 VIP用には着座の昼食披露宴200人分。その後の夜は立食パーティー1,000人分。




 引出物


 着座のVIP披露宴用にはそれぞれの人の名前を書いた袋を式の半ば以降にお付きの人に手渡す。

 紐付きの紙バッグに入った引出物なんてこれもびっくりされるだろうな。


 立食パーティーの1,000人への引出物は散開時に受付の手渡しで。


 紐付き紙バッグいっぱいの引出物。1人だと持ち帰るのはたいへんかも。

 もちろん引出物のあれこれも式の翌日以降にミカサ商会とサンデー商会で購入できるよ。





 「じゃあ今日は本番を想定して当日と同じ流れでやりたいと思います。皆さんよろしくお願いします」


 「「「「「「よろしくお願いします!」」」」」」


 VIPの模擬披露宴は当日警備に就いてくれる領都騎士団の人たちに座ってもらったよ。

 午後からの立食パーティーは騎士団の人たちと当日のスタッフ、冒険者ギルドと商業ギルドからの希望者の抽選で当たった人から。

 抽選はすごい倍率になってたらしいけど。

 


 披露宴メニューは着座した各テーブルに置かれた洋紙に書いてある。

 進行次第から食事メニュー(簡単な説明付)を謳ったものなんて、これも中原初だと思う。しかも活版印刷だからね!


 今回のロジャーのおっさんの披露宴メニューから進行の一式。


 これは今後の宴席のモデルケースとして体系化して販売していくんだって。ミョクマルさんが目の色変えてめちゃくちゃやる気になってたよ。


 これってアレクウェディングプランナー?俺まだ結婚どころか女子と付き合ったこともないんだけど……。





 ちなみに単価はこんな感じなんだ。ああGはほぼ円と変わらない金額かな。


 披露宴:20,000G〜/1人


 立食パーティー:10,000G〜/1人


 そう。〜なんだ。もちろんロジャーのおっさんの披露宴は松竹梅なら1番上の梅(松って言い方もあるのかな)。


 今後各領で希望があればこうした大規模な宴席もミカサ商会やサンデー商会で承りますよって感じだね。

 (まるでアレクケータリングサービスだな)


 で、今回のロジャーのおっさんの披露宴。商いのアレク工房としての最大の狙いが引出物なんだ。


 引出物自体に興味関心を覚えてもらうことも大事なんだけど、1番の狙いは別にあるんだ。何がわかる?


 引出物はヴィヨルドの新進の産物が詰め込まれているよ。

 あれもこれも、これもあれもPRしたいよね。だけど披露宴に主役を差し置いてそんな説明なんてことは絶対できない。


 でもやりようはあるんだ。ヒントはカタログギフト。あれを応用したんだよ。なにせ告知用最大の武器「紙」があるからね!


 

 『貴国(領)の国花(領花)入りの和紙10枚または以下のデザインから選んだオリジナル洋紙100枚を無料にてお届け致します。サイズは此度の披露宴招待状と同じ大きさです』


 ご希望のお方様はお近くの商業ギルド経由でミカサ商会(サンデー商会)へお申し出ください。

 送費等の一切は不要。無料です。

 納期は2ヶ月程度。完成次第お送りいたします。



 こんな文言を入れた申込用紙も引出物の中に入っている。

 VIPの人たちは自分たちだけというものに人一倍食いつくからこれは必ず食いつくと思うよ。


 で、ここからがカタログギフトなんだ。注文してもらった和紙または洋紙をお届けする際に、一緒に紙のカタログをつけて送るんだ。

 

 「アレク工房ではこんなものを売ってます」って。もちろん色付のデザイン画付でね。


 このカタログ配付が今回の目玉。


 何せ中原にはカタログなんてまったくないからね。とっても新鮮だよね。


 いくらアレク工房の親会社的存在であるミカサ商会が王家ご用達とはいえ、中原中の他国で売り込むのは難しいよね。

 だってどの国のどの領にもお抱え商会がいて入り込む要素なんてないんだから。

 

 だけどロジャーのおっさんの披露宴をやったアレク工房(ミカサ商会・サンデー商会)だから変ないちゃもんをつけられる可能性は少ないよね。


 カタログに商品の値段はあえて書いてないよ。だって既存のお抱え商会と価格で揉める必要もないからね。

 中にはそうしたお抱え商会経由で購入希望も出てくると思うけど、それはそれで柔軟に対応したいって思ってるよ。だって喧嘩しても仕方ないし。


 披露宴メニューや披露宴の様子は次の機会に話をするね。


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