393 末路



 「もう1度考え直さんか?」

 「いんや神父様。

 ガミガミ言われるのはもうたくさんなんじゃ。

 ちょっとぐらい盗んで何が悪いだらぁ。何もねぇもんがある奴から盗って何がいかんだらぁ。

 まして獣人から人族は何をとってもええんじゃ!」

 「それは間違えた考えじゃぞ!」

 「いんや。間違えとらん!獣人なんぞ奴隷で充分だらぁ」

 「ではの‥‥もしぬしらが賊に襲われて奴隷となっても同じことが言えるかの」

 「ギャハハハハ。神父様わしらは襲われせんわ。賊に襲われるほうが悪いんだらぁ」

 「それは油断というものぞ。次はわからんぞ。

  ただの‥‥もう1度ゆっくり考え直さんか?子どもは親の背中を見て育つとも言う。ぬしらが心を入れ替えれば人生やり直せるぞ。子ども幸せになろう。

 ぬしらがやり直そうとするのを拒む者などこの村にはおらんぞ。

 どうじゃ?」

 「いんや神父様。もううんざりなんじゃ。毎日毎日働け働けと言われとうもないんじゃ!

 わしらは好きなときに好きなことをして生きていきたいんじゃ」

















 「じゃあせめて子どもたちだけでも置いていったらどう?子どもには何の罪もないわ。朝晩ちゃんと食べて」

 「いんやシスター。

 こいつらはワシらがおらんといかんのじゃ。いいかお前ら。父ちゃん母ちゃんたちと一緒に来るの?」

 「「「うん。行く!」」」











 「そうか。どうあっても変わらぬか」

 「短けぇ間だったけんど、神父様お世話になったらぁ」

 「戻る気になったらいつでも戻って来なさいね」

 「ありがとうごぜぇますだシスター」








 ▼








 春休みのわずかな期間。

 午後からは師匠との剣の修行とシスターナターシャとの勉強も欠かさなかったよ。


 ナゴヤ村から来たっていうあの変な家族についても話したんだ。もういなくなったけどどうするのがよかったのかなって。


 「移民は本人たちのやる気がなによりも大切ね。

 でなきゃいくら善かれと思っても無理やりやらせることになるわ。そうしたら本人たちは自分たちを奴隷になったと思うでしょうね」

 「シスターそれは違うと思うけど」

 「ええ。でもそれはねアレク君。私たちの常識と彼らの常識が違うからなのよ」

 「そうなの?」

 「ええ。すべての人の常識は同じじゃないわ。同じ常識になるには中原中が1つの国家になることでしょうね」

 「‥‥」


 それは今の俺には壮大過ぎる夢物語だった。


 「あとね、少し見方は変わるけど人をお世話することはその人が持っている財力の大きさでも決まるわね」

 「財力?大きさ?」

 「ええ。仮にアレク君の家にあの人たち15人が来たら養っていくことはできる?」

 「うううん。家小さいし、面倒みるには誰かがつきっきりにならないと無理だと思う」

 「そうよね。

 人の面倒をみるには時間もお金もかかるわ。もちろんそこに相手の気持ちは含まれないんだけどね」

 「シスターあの人たちだったら家の物がみんななくなっちゃうよ」

 「ふふふ。そうでしょうね」

 「でもこの村ならあの人たち15人くらいはお世話できたわ」

 「うん。シスターそれは俺にもわかるよ」

 「じゃあ、のんのん村やニールセン村の人たち全員を年単位て養うことになったら?」

 「それは‥‥

 みんな良い人ばっかりだけど養うんなら半年が限度だと思う」

 「そうよね。

 つまりね、お世話する人が1人2人なら家長の権限でできるわ。それより世話をする人が増えれば家長から村長の判断になるでしょ。さらに増えれば町長になるでしょ」

 「うん」

 「もっともっと増えたらそれは領の領主、国の国王といった大きさの話に変わるわね。

 もちろんそうした人でもお金のことになるから単独で決められる話じゃないわ」

 「うんわかるよ」



 「あとね、大事なことは覚悟よ」

 「覚悟?」

 「ええ覚悟」

 「受け入れる覚悟。どんな人でも受け入れる覚悟よ」

 「あの変な家族でも?」

 「ええ」

 「悪い人でも?」

 「ええ」

 「それが領主、領経営というものよ」

 「だってシスター変な人や悪い人とは一緒に暮らすことなんてできないよ」

 「でもねアレク君。そうして好き嫌いだけで人を選んでたらね‥‥

 やがてそれは今のヴィンサンダー領主と同じになるわよ」

 「だってそんなの‥」

 「いいアレク君。そういう人はね‥‥独裁者っていうのよ」














 俺は脳天を雷で撃たれたような気がしたんだ。

 独裁者!だって犯罪者が増えたら領中に悪い人がのさばるじゃん!

 ふつうそれはダメだよね?俺間違えてないよね?正しいよね?















 でも‥‥















 たしかにシスターのいうとおりだ。

 良い人だけを選ぶ。そんな俺の考えは独裁者の考えだ……。


 「フフフ。もうわかるよね」

 「はいシスター」

 「独裁者が完全悪とは言わないわ。その庇護下であれば領民には絶対的安心感になるからね。

 それでも独裁者と相対する人にとってはやはり悪人になるでしょうけどね」




「移民を筆頭にね、ある程度以上の人を受け入れるとき。

 受け入れる側は受け入れる人たちが働ける環境を整えてあげる必要があるよね」

 「うん」

 「デニーホッパー村では移民を受け入れる体制は整っているわ。

 まだまだ土地もたくさんあるしね」

 「うん」


 だって元々は荒地で魔獣さえもいなかったんだからね。土地だけはまだいくらでもあるよ。


 「家ができるまでは宿舎で寝泊まりもできるわ。温泉もあるしね。

 もちろんその間の食事もお母さんたち婦人会がやってくれる。

 必要な資材はサンデー商会が安く売ってくれるし貸してもくれる。村が保証の上でね」


 移民にとっては万全の受け入れ体制だよなぁ。


 「その上で大事になるのは受け入れる側の柔軟な考え方でしょうね。

 あの人たちみたいに盗んで何が悪いって考え方の人もいるわ。残念だけどね。それでも受け入れる側は柔軟であるべきなの」

 「だからシスターと師匠は強制しなかったの?」

 「ええ。

 村に来るのは歓迎するわ。残念だけど村から離れるのも同じね。


 村で暮らす上でのルールはちゃんと伝えるのよ。その上でその人たちの意思を尊重するわ。もちろん出ていくのもまた来るのも歓迎するわ」

 「シスターや師匠の考えって?」

 「ええ。

 柔軟に受け入れて、その上で相手の自主性を重んじるのよ。

 相手にとっても村にとってもお互いがうまくいくわ。たとえ時間がかかってもね。

 

 そして‥‥女神様なら必ずそうするわ」


 そう言ったシスターの目には一切の迷いがなかったんだ。

 今の俺にそこまでの覚悟はない。良い人は歓迎するけどそうでない人はやっぱり……。














 「アネッポの伯爵をどう思った?ちゃんと反省して改心すると思う?」

 「しないと思う‥‥」

 「そうでしょうね」



 「テンプル先生を襲った商人はどう?

 最後に襲ってきた騎士団員はどう思った?」


 「ダメな人は改心しないんだと思う‥‥」


 「悲しいことだけどそれもそうでしょうね。でも改心した騎士もいるわよね」


 「うん」



 「だからねアレク君。改心できる機会、やり直せるチャンスは与えるべきだと思う。もちろんやった犯罪に対しての罪、対価は払ってもらう必要はあるけどね」

 「うん」

 「その意味からはテンプル先生の身体の色が変わる魔法も効果があることだとは思うわ」


 

 シスターナターシャが言うには、罪を犯した人の額に刺青を入れる国や中には手を落とす国まであるそうなんだ。

 王国では重い犯罪者に関しては死罪か犯罪奴隷だな。



 「それとね、悪事をはたらく人の罪を罰するときは後々に影響のある人とそうでない人を考えなきゃいけないものよ」

 「人によって違うの?」

 「そうよ。幾度も村を追われながら今度はこの村を自分たちから出たあの人たち。村の中で盗みもしたわよね」

 「うん」

 「それでもあの人たちのする悪さで村の人が生命の危険にさらさらることはあった?」

 「そこまではないよ」

 「そうよね」

 「でも地位のある人は違うわ。犯罪にはより厳罰を与えるべきなのよ」

 「たとえば?」

 「じゃあ伯爵は?ゼニコスキーっていう商人は?彼らの犯罪で被害はどうだった?」

 「生命の危険に晒されてた人はいっぱいいたと思うよ。これまでたくさんの人に迷惑をかけてたと思う。殺された人も多いって思う」

 「そうよね。だからもしあの人たちが犯罪を犯してもまたふつうに生活を始めたらさらに傷つく人は増えるでしょうね」

 「だから人によって、ってか地位のある人には罪を変えるの?」

 「ええ」

 「じゃあさシスター悪い人はいつまで経っても悪いのかなぁ?」

 「残念だけど私はそうだと思うわ。よほどの事情がない限り、すごく悪い人は変わらないわ」





 「それでもね悪い人をその場で殺しちゃダメ。必ず法で裁くの。

 悪人を殺すような人はいつか自分の心も殺すことになるのよ」



 シスターナターシャが懇切丁寧に説明してくれたんだ。


 シスターナターシャは以前テンプル先生とは何度もこうした話をしたという。


 「そういう意味では私がアレク君の兄弟子ね」

 

 あはははは

 フフフフフ



 でも俺の考えは甘いのかな。



 「いつか‥‥

 アレク君が大人になったとき。そのとき周りの人の意見を聞くといいわ。

 それこそテンプル先生の弟子として育ったアレク君の先輩ビリー君とかね」

 「うん!」


 いつか俺はヴィンサンダー領を取り戻したとき。法整備をビリー先輩に頼めたらなって思ったんだ。それはわくわくするような想像だったよ。












 







 







 わははははは

 ギャハハハハ

 ガハハハハハ


 「こいつら捕まりそうになったら急にカクカク変な動きをしだしたな」

 「そんなことで騙されるかよ!」

 「「「ガハハハハハ」」」

 「「バカじゃねぇか」」

 「お前らみたいに小ざっぱりした奴を見逃すもんか!」

 「わはははは。汚くて臭きゃ別だがな」

 「まあとにかくお前らは奴隷決定な」



 わははははは

 ギャハハハハ

 ガハハハハハ



 「兄貴この女デニーホッパーの粉芋持ってますぜ」

 「ガハハハどうせパクっきたんだろ」

 「あんないい村出てく移民なんか聞いたことねぇからな。コイツらある意味俺らと同じ盗賊じゃねぇか」


 わははははは

 ギャハハハハ

 ガハハハハハ


 「わはははは。

 この粉芋俺けっこう好きなんだよな。でもよーパクってきたもんを盗られるたぁ災難だったなぁ」

 「まぁ運が悪かったと一生後悔しな」


 わははははは

 ギャハハハハ

 ガハハハハハ


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