392 黴
「じゃあ2人ともまた来年の春休みな。ばいばーい」
「「ばいばーい」」
「あ、アレク‥あのね‥」
「ん?どうしたミリア?」
「あのね‥アレク私ね‥」
「ミリア言ってもいいのよ」
シャーリーがミリアの背中を押している。
「うううん。なんでもないわ‥」
「ばいばいアレク。春休み中ありがとうね」
「あ、ああ?ばいばーい」
「「ばいばーい」」
シャーリーとミリアに次に会うのは来年の春かな。でもあいつらいっつも仲良いよな。2人ともかわいいし。
春休みは毎日のように俺も一緒にいたから‥‥さっきのって、俺変態だって嫌われたのかな?嫌だなぁ嫌われてたら。
でも‥‥俺変態じゃねぇし。
リアカーもミリアのお父さんにあげたから荷物もない。手ぶらだ。
背の長刀と腰の短刀。腰に下げた袋にはいつもニギニギしてる鉄の塊、ドラゴンの魔石、特製アレク塩。それとこないだの狐のお面はそのまんま持ってるよ。
鉄の塊は便利でいいよ。薄く薄く伸ばして背嚢を発現すれば、荷物があっても便利だしね。
春休みも残りわずか。
今日の夜ご飯は家族が気に入ったオーク肉料理でも作るかな。
よし。じゃあ村を通り過ぎてちょっと黒い森までいってくるか。
予定どおりにオークを1体狩ったよ。もうオークぐらいはまったく問題なし。一角うさぎにビビりまくってたのは大昔のことだよ。
その場ですぐに解体。お肉は5㎏くらいの塊を3つ。発現した背嚢にいれて冷やしてあるよ。今夜はトンカツだな。
▼
そんな帰り道のことだ。
村まであと15エルケくらい。ふつうの人の足ならあと4点鐘くらいかな。
以前ナゴヤ村からの移民、シシカバブ一家と出会った街道で。前方に15くらいの人の気配を感じたんだ。
うん。これは間違いなく農民の家族だな。大人4人に子どもを合わせた15人。
ひょっとしてデニーホッパー村に来てくれる移民の人たちだったりして。
「アレク。なんでもかんでも正直に話しちゃだめよ!」
「えーなんでだよシルフィ」
「あんたはね他人を信用し過ぎるのよ。実際これまで会った多くの人は良い人ばかりだけどね」
「だろ」
「でもねアレク。
人は‥‥良い人ばかりじゃないわ。いろいろいるのよ」
「なんだよそれ?」
「じゃあアレク。
なんで人族に憑く精霊がいなくなったって思う?」
「えっ?
それは‥‥
そんなのわかんないよ!」
いきなり変な話になったよなって思ったんだ。
だけど‥‥
たしかにシルフィの言うように精霊が憑く人族って会ったことないんだよな。
まあ俺がヴィンサンダーとヴィヨルドしか知らないってこともあるんだろうけど。
でもホーク師匠やマリー先輩、テンプル先生も言ってたよな。
今の中原中には精霊が憑く人族はほとんどいないんじゃないかって。
「精霊はね憑く相手の魔力、気が好きだから憑くのよ」
「??。さーせんシルフィ先生。やっぱ俺ぜんぜんわからないっス」
「まあアレクだもんね」
なんだよそれ!
「うーんとね‥‥
人の腸とビフィズス菌みたいなものね」
「ビフィズス菌!」
「だからね腸内環境が良ければ腸内細菌は増えるでしょ」
「うん」
「腸内細菌が増えれば結果的にその人は健康になるわ。それと同じね。まあwin-winの関係ってことね」
(異世界の精霊がビフィズス菌やらwin-win言うか!まぁめっちゃわかりやすいけど‥
ヨーグルトかぁ。俺好きだったなぁ。好きなのは甘い)
「ああん?テメーちゃんと聴けよゴラ!」
「す、す、す、すいませんシルフィ先生!」
コワッ!
シルフィさんコワッ!
「昔は精霊が憑く人族もたくさんいたのよ。だけどどんどん減っていったわ。
人族の妬み、いじめ、憎悪、けんか、戦争。そんな人の気に嫌気がさしてね‥」
「‥‥」
「でねアレク。
この先にいる人たち‥‥あんまり良くないわ。
だからあんたの素性とかを知らせないほうがいいわ」
「わかったよ。ああそうだ。あの狐のお面を付けるよ」
「それがいいわ。それと‥早く私にもそのお面作ってよね!」
「はいシルフィさん」
シルフィはいつも俺を思って言ってくれてる。
素性を明かすな。
それはシルフィからのアドバイスだった。
珍しいよな。シルフィがそんなこと言うなんて。
「精霊はね、人の心に宿る魔力、気がわかるのよ。
この先にいる人たちからはいい気は流れてないわ。澱んでるわね」
「それとねアレク‥‥
やっぱり近づかないほうがいいわよ。ぜったい!」
シルフィが最後にめちゃくちゃ渋い顔をしてみせた……。なぜかな?
その人たちは大人の男女の農民が2組。子どもが11人いた。合計15人だ。
ぼろぼろの衣服。汚れた垢がぼろぼろの衣服に渾然一体となってまとわりつく外観。頭はみんなヘルメットのように固まって見える。
あれ髪?
そういや俺も病床で髪も洗ってもらえてないと皮脂でゴワゴワ固くなったよな。あれはそれ以上だな……。
そして何よりこの人たち‥‥臭っ!異常に臭い!
この匂いに比べたら魔獣の匂いでさえかわいいもんだよ。てかこんだけ臭いから魔獣でさえ襲わないだろうな。
あーやっぱ素通りしよ。
「冒険者の方すんません」
「えっ?何?」
(やっぱ狐面持っててよかったわー)
「わしらナゴヤ村からデニーホッパー村に向かってる移民でごぜーますだ。
デニーホッパー村まではあとどんくらいあるんじゃろ?」
「ああナゴヤ村」
「村をご存じで?」
「ちょっとな」
そんな感じで自然にその人たちと一緒に歩くことになったんだ。狐のお面つけて、しかも臭いから口呼吸しながらゆっくり話す俺。だから小さいけど子どもだってわかんなかったみたい。
「なんでナゴヤ村を出た?」
「へぇ。わしらナゴヤ村を追い出されたんですわ。人頭税を払えねぇ奴や働かねぇ奴には食わすもんはねぇ、出てけってな。くそっ!
働きたくない奴だっておるじゃろ。そうだらぁ?冒険者さん」
えっ?働きたくない?なにそれ?
まさかこの世界にニートがいたの!?
「ほんでな少し前にナゴヤ村からデニーホッパー村へ移住した爺婆たちがいるんでさぁ。帰ってこんし、死んだって噂も聞かねえだら。
だであの爺婆たちを頼ろうかなってな」
「ふーん。じゃあ入村許可証はあるの?」
「そんなもんあるわけにゃあだらぁ」
「デニーホッパー村は東西の門に騎士団がいるよ。それでも入れるの?」
「へっへっへ。余裕で入れるだらぁ。ナゴヤ村だって入れましたしの。これまで移った5つ6つの村もどこでも簡単に入れただらぁ」
5つ6つの村を移った?それどういう意味?
「えっ?なんで?」
「俺らどっからみても貧しくてかわいそうな農民だらぁ。賊でさえも襲わねぇべ。冒険者さんもそうみえるだらぁ?」
「あ、ああ‥」
ぎゃははははは
ギャハハハハハ
あっははははは
残りの人たち大人も子ども皆、さも愉快って感じで大笑いしだしたんだ。
えー?!
これのどこに笑いのツボがあるんだよ!
「賊でさえも俺たちには手をださんだらぁ」
「?」
「賊が来るとな女もガキどもな、ほれこのとおりだらぁ」
亭主が顎で合図をした。
するとすぐに妻やその子どもたちが行動に表したんだ。
カクカクカクカク‥
それはまるで壊れた人形が動くみたいだ……。
酷い。
マジかよ‥‥。
「だらぁ。こんなら人攫いだって手を出しませんだらぁ」
ぎゃははははは
ギャハハハハハ
あっははははは
たしかにこれじゃあ奴隷として売り物になりそうにもないな。
だいたい触りたくもないな。
すごいな。
こんな人たちもいるんだ。
「だから言ったじゃんアレク!」
シルフィが鼻を抑えながら叫んだ。
「冒険者様デニーホッパー村へはあとどんくらいだらぁ?」
「あと2点鍾くらいかな」
「ほうか。じゃあちょっと休憩するか」
「「「んだなぁ」」」
家族みんな休憩中、何やら干し肉っぽいものをクチャクチャと食べていた。あげるって言われたらどうしようって思ったけど、そんな素振りは一切みせなかったよ。それどころか大人も子どもも奪い合って食べてたし。
「冒険者様、デニーホッパー村は景気がええって聞いたけどそうでございますのきゃ?」
「どうだろう。人は多いよ。景気は悪くないんじゃないかな」
「ほらみろ」
「やっぱりな」
「あんた正解ね」
「だろ?あとは上手いこと言って潜り込んだら俺たちの勝ちだぞ」
ぎゃははははは
ギャハハハハハ
あっははははは
そんなことを言いあうこの人たち。
俺最初は農民の移民って思ったけど‥‥違うな。
移民に違いないって思うけど。
ニートだ。それも見ず知らずの人の善意にたかる輩……。
「あと獣人もけっこういるって聞いたんじゃが?」
「ああ。人族と獣人は仲良くやってるよ」
「そうでごぜえますか。あいつら獣人のくせに上手くやりやがって!」
「そうよ。獣人なんか奴隷になればいいのよ!」
「そうだらぁ。人族のおれたちがこんなに不幸なのに獣人の奴らがのさばりやがって!不公平だらぁ」
「「「そうだそうだ!」」」
それは子供たちまで全員に共通する想いのようだった。
小さな頃からそんな教育を受けてたら刷り込みができるんだろうな。
ダメだ。
これ以上一緒にいると無性に腹が立ってくる。
「じゃあそろそろ俺先に行くから」
「ああありがとうごぜぇました冒険者様」
そんなふうに頭を下げる男。その後家族が話す言葉が背中越しに聞こえてきた。
「ええかお前たち覚えとけよ。お礼ってのは偉い人だけにしとけばいいんだ。そうしたら偉い人はなんかくれるからな」
「「「うんわかった」」」
「でも父ちゃん。あの人何にもくれなかったよ?」
「ああ。偉くないんだよ」
なんか心配だな。さっそくシスターナターシャと師匠には伝えておこうかな。
▼
春休みの最後は家族で過ごしたんだ。畠を手伝ったり妹弟たちと遊んだり。
最後の夜。
家族で温泉に入るとき、あの移民たちを見たんだ。
大声で笑いながら、身体を洗わずに湯船に飛び込んで入っていた。さすがに垢まみれじゃなかったけど。
「あの、身体を洗ってから湯船に浸かってください」
「なんだらぁ?」
「村の決まりなんです。みんなが気持ちよく過ごせるようにって」
「おみゃぁうるせーガキだらぁ。みんななんか知ったこっちゃねぇべ。
でもよぉおみゃあどっかで聞いたような声だらぁ」
「うちの息子が何か?」
そう言いながらヨゼフ父さんが現れた。
うちの父さん身体もデカいし、じっと黙ってると怖くて強そうだもんな。実際はまるで違うけど。
「あ、あ、ああ。な、なんでもないでごぜぇます。すんませんですハイ」
うわっ!なにあの変わり身の早さ!
「父さんあの人たちは?」
「ああナゴヤ村から来た人たちだろうな」
「入村許可証とかはあるの?
「シシカバブ一家の知り合いってことでシシカバブ一家が保証する形で入れたらしいな」
「ふーん。でも風呂に入る前に汗は流してほしいよね」
「たしかにアレクの言うとおりだな。みんなが使うものはちゃんとしなきゃな。
まあおいおい慣れてくれるといいな。あの人たちもご苦労されたんだよきっと」
あーー父さん人が良いわ。俺心配だわ。
「お前もな」
「はい‥‥」
湯上がりの脱衣所で。
「おーい誰か俺の下着間違えて履いてないかー?」
ワハハハハ
わはははは
「誰かー私のも間違えてないー?」
ワハハハハ
フフフフフ
「今日はうっかりさんが多いねお兄ちゃん」
「ああそうだなヨハン‥」
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