373 鍛治師



 「ただいまヴァルカンさん」

 「おおアレク、お帰り。ようやく帰ったかガハハ」

 「うん」


 ダンジョン明けの帰省。領都サウザニアの鍛冶屋街で。モンデール神父様と同じように俺が必ず会いたい人がヴァルカンさんなんだ。

 工房はいつもと同じ。懐かしくも薄暗くて汚くて暑い3Kの環境だ。

 ヴァルカンさんとサラマンダー、お弟子さん2人、1人は顔なじみのヴォーグさん、もう1人は初めて見る顔、新人さんかな。


 「ずいぶん遅かったな。お前からきた手紙はホークに渡しておいたからな」

 「ありがとうヴァルカンさん」


 春休みの恒例行事。ホーク師匠との合宿は今年はダンジョンが長引いたこともあってお断りの手紙を書いておいたんだ。


 「ところでなアレク。お前の手紙あれなんて書いてあったんだ?」

 「えっ?どういう意味?」

 「ありゃ字が汚すぎてわからんわい。ホークなんかゴブリンが書いたほうがマシだって笑ってたぞ」

 「え〜!?」


 ゴブリンは字を書かないって!くそー、そんなに読めないのかな。ビリー先輩から習字の練習もしてもらったのに。でも俺は読めるんだけどなぁ……。



 ドワーフのヴァルカンさんはヴィンサンダー領刀鍛冶の至宝と呼ばれ中原でも指折りの刀鍛治師だ。

 武器屋ヴァルカンと看板には謳ってあるもののその刀を打って(売って)もらえるのは一見さんにはかなり敷居が高い。

 仕事ぶりは真摯なんだけど口数が少なく無愛想。自分自身が気に入った人しか相手にしない、絵に描いたように典型的に偏屈なドワーフなんだ。言ってみれば江戸っ子の職人さんだな。まあ俺は大好きなんだけどね。


 「ホークとの修行はまた来年でいいだろ」

 「あはは。来年もダンジョンから帰れないかもしれないけどね」

 「ガハハ。まあそんときはそんときだな」


 今年のダンジョン。最後のほうは不完全燃焼だったからな。来年こそ最深度まで行くぞ。



 「でアレク何を持ってきた?」

 「あのね‥‥」


 俺は背中に背負い込んだものを下ろしながら説明しようとした。


 「ん?」

 「なんだアレク君?」

 「なんだなんだ?」


 ヴァルカンさんとサラマンダー、お弟子さんのヴォーグさん、もう1人のお弟子さんが注目するなか、俺は説明しだしたんだ。


 「これダンジョンでドロップした時計なんだよ。そいつを俺が分解してあらためて小さく発現したものなんだ」

 「ふむ」


 それはあおちゃんにもらった時計を俺が背負えるくらいのサイズで再現した1/6スケールの壁掛け時計だ。


 コロン


 あっ!しまった。

 ついつい余った鉄で作ったオニールフィギュアを一緒に持ってきてしまったよ。


 「ごめん。コレはその‥‥」


 うわー。大事な鍛治の材料で遊ぶとは何事じゃーって怒鳴られるよ!


 「アレクなんじゃこれは?」

 「えっ、えーっとその‥」


 1/16。手のひらサイズのオニールフィギュアだ。毎度おなじみ長槍を背に半身で構えて挑発的なポーズをとるオニール先輩。


 「‥‥」


 これをしげしげと見たヴァルカンさんが無言のまま年長のお弟子さんヴォーグさんにオニールフィギュアを手渡した。


 「‥‥」


 ヴォーグさんもまた無言でしげしげと眺めたあと、もう1人の若いお弟子さんに手渡した。しばらくしてヴァルカンさんが口を開いたんだ。


 「アレク、鍛治の力があがったな」

 「えっ?!」


 うんうんとヴォーグさんも頷いている。


 「ちょうどいい。ヴォーグそっちのは終わりそうか?」

 「へい親方。俺のはちょうどいい頃合いでさぁ」

 「よし。アレク、ビンス。いいか、よく見てろよ」


 ヴァルカンさんはそう言ってヴォーグさんに目配せしたんだ。

 こくんと頷いたヴォーグさんが火入れを始めた。

 ヴォーグさんが打ってる刀はたしかにほとんど仕上がったかに見える。


 カーンッ カーンッ カーンッ カーンッ‥


 火入れをしながら刀を打ち始めたヴォーグさん。


 「ビンス、アレク。鉄の声が聞こえたら『やめ』と言え」


 うん?なんだ?なんかのテスト?鉄の声?


 カーンッ カーンッ カーンッ カーンッ‥


 ヴォーグさんが仕上がる直前の刀を打ち始めた。ヴォーグさんの振り下ろす右手が白く輝いているのがわかる。そして刀全体からも淡く白色に輝いているのがわかる。でも今打ってる辺りだけがまだ輝いてないよな。


 カーンッ カーンッ カーンッ カキーーンッ‥


 あっ!音が変わった。

「カーンッ!」が少し「カキーーンッ!」って高い音調に変わった。

 刀も全体が抜け落ちなく淡く輝いている!


 「やめ」


 そう思ったとき、俺は自然と声が出ていたんだ。


 「アレク君正解だよ」


 ニヤリ。ヴォーグさんが微笑みながら言った。


 「兄弟子。俺にはわかんねぇ」


 弟弟子のビンスさん?が言った。

 ヴァルカンさんも言う。


 「アレク何がわかった?」

 「えーっと音がキーンって高く変わったことかな。あとヴォーグさんの腕から魔力が流れて刀全体が輝いたことかな」

 「お前魔力も見えるようになったのか」

 「うん。ダンジョンの後半から見えるようになったよ。帰ってすぐに冒険者ギルドのタイラーとロジャーのおっさんに同行したけど2人の身体の魔力も光ってみえたよ」


 「(兄弟子、ヴィヨルドのロジャーさんってまさか『救国の英雄』のことですか)」

 「(ああ。もう1人タイランドさんは「鋼鉄の鉄槌」だな)」

 「(マジっすか?)」

 「(ああ。マジだ)」


 「そうか。魔力の流れが見えるようになったかガハハハ。ホークの奴にも教えてやりたいわい」


 ヴォーグさんが言った。


 「ビンス、お前アレク君は人族だぞ。しかもお前よりはるかに歳下なんだぞ」

 「くっ。俺ももっとしっかり鍛治を学びます兄弟子。アレク君これからは兄弟子と呼」

 「やめてください!」





 「この人形、ふぃぎゅあもよくできておるわ」

 「あーよかったら俺ヴァルカンさん人形も作ろ」

 「やめーい!」


 ガーンッ!


 痛い!

 あーやっぱり頭に拳骨が落ちたよ……。






 「でなんじゃい。この時計は」

 「これねダンジョンでね‥」


 あらためてドロップ品の時計の説明をしたんだ。そしてこの時計を鍛冶屋街の人たちの技術力で小さくしたり改良したりできないかって。試作として1/6程度にした時計は格安で領内すべての町や村の教会に置くことはできないかって。


 「お前ならどのくらい小さくできる?」

 「首から下げるサイズの時計なら3年。腕に巻きつける腕時計なら7年から10年くらいかければできると思うよ」

 「ふん。本当なら2年と5年だろうに」

 「うーんそうかも。でもやっぱり壊れない良いものを作るなら、首から下げるタイプで3年、腕に巻くタイプで7年はかかると思うけど?」

 「ふん。アレクお前も職人ってやつがわかってきたな。そのとおりだ。妥協せずに良いものを作るにゃあ時間がかかる。そしてその良いものを求めるお客にはその期待するものの上を作らんと本物の職人とは言えんからな」

 「うん」


 さすがヴァルカンさんだよな。


 「で時計かアレク」

 「うん。若い職人には時計の部品作りは鍛治の基本が学べるだろうし、年配の職人さんは刀に通す魔力も体力もだんだん減ってくるかなって。それでも刀と同じで極めれば極めるほど奥が深いだろうからね」


 (ガハハこいつってやつは……。この歳でドワーフ族全体のことを考えてくれてるのか)


 「ミューレんとこにはこの話は持ってったか?」

 「まだだよ。でももちろんミューレさんからヴィヨルドでも時計作りをやってもらいたいって思ってるよ」

 「親方‥‥」

 「聞いたかヴォーグ。こいつは俺たちヴィンサンダーの鍛冶屋とヴィヨルドの鍛冶屋を競わそうとしてやがるガハハハ」

 「そのようですなワハハ」

 「だってお互いが競えあえば刀のヴァルカンさんとミューレさんみたいに競争して良いものができるじゃん」

 「まあたしかにな。今の時計はわずかばかりが貴族や王族だけに流通してるに過ぎんからな」

 「兄弟子それじゃあ安い時計を作るってことですかい?」

 「いいやそれは違うぞビンス。もしお前が作ったものが1,000Gなら親方が作ったものはいくらになる?」

 「えーそりゃあ1,000,000Gにはなるでしょうや」

 「そういうことだ。街の人が欲しがる物もあればそうでない物もある。世の中には超一流のお客さんもいるからな。そんな超一流のお客さんが欲しがるものは超一流じゃなきゃいけないのさ」


 現在はまったく時計が流通していないこの異世界の社会で。

 俺はコスパ的なものの見方が最優先の時代を生きてきた。だからこそ、それだけじゃいけないって思うんだ。やっぱりいいものはいいし、安いものは安くていいというそれぞれの物の価値観みたいなものを普及させていきたいんだよな。と言っても俺ん家はお値打ちなものばかりを買ってたけど。


 「よしじゃあアレク。その時計を置いていけ。あとはヴィンサンダー領の鍛冶屋街の連中は俺がまとめといてやる」

 「うん。ありがとうヴァルカンさん」

 「でもなこの時計はヴィヨルドのアレク商会からの発注ということにしとけ。だんだんこの領もきな臭くなってきたからな」

 「えっ?それって税金の‥‥」

 「ああそれだけじゃないぞ。来年は鍛冶屋街の仕事すべてをご領主様が取り仕切るんだとかを言い始めとるらしいからな」

 「なんっすかそれ?」

 「ああ。わしらヴィンサンダー領に住むドワーフは先代のご領主様の要請でここに住んで鍛治をし始めたんだ。だが今代の『お館様』っていう奴は自分たちのところに金が落ちんことが気にいらんらしくての。まあ今のところは人頭税以外は実害がないが来年の春から訳のわからんことを言うてくるようだったらワシらドワーフはヴィンサンダー領からは出ることになるからのぉ」

 「‥‥」


 なんだよそれ?鍛冶屋街の仕事は鍛冶屋の仕事だろ。正当な税金は徴収するのはもちろんいい。でもあの家宰たちは人の仕事のピンハネをしようとしてるのか?バカじゃないのか?

 ヴァルカンさんたちドワーフ族の鍛治師たちは嫌ならすぐに他所に行くってことを知らないのかよ!くそっ!金のことしか頭にないのかよあの連中は!



 まあ今は時計のことはヴァルカンさんに任すしかないよな。今後のことはいろんな人にアドバイスをもらいながら考えよう。


 せっかくダンジョンから帰ってきたばかりだというのに、耳に聞こえてくるのは現ヴィンサンダー領領主たちの悪評ばかりだった。




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