208 ゴースト


 お腹もいっぱい。



 食後。


 何気に休憩室の1番奥を見たら、床に大きめの魔法陣が描いてある。

 ダンジョンに潜る前、リズ先輩が発現させた契約魔法くらいのサイズだ。



 「リズ先輩、あの魔法陣が例のやつですか?」


 「ん。あれが帰還用の魔法陣。あれに乗って魔力を通すとダンジョンの外に出られるの」



 話には聞いていたが、20階層には帰還用の魔法陣が本当にあった。



 帰還用の魔法陣。

 片道切符の魔法陣だ。この上に乗ったら、2週間から1ヶ月かかってここまで来る時間をひとっ飛びなんだよな。


 ワープだ。

 瞬間移動だ。

 すげぇよな。どうなってるんだろう。

 何処でもドアだよ。


 これとマジックバックは俺にとっても夢のアイテムだから、いつかは手に入れたいなぁ。




 ▼




 食後、リズ先輩から魔法陣を教えてもらうのも恒例になった。


 規則性に則った魔法陣は、結果も規則通りに出るからおもしろいよな。



 ▼



 「みなさん、ちょっと足貸してくださいね」


 土魔法で仲間全員の足形をとる。


 湖沼地帯。ゴムの木からゴムを採ってきたんだ。生ゴム。

 ここからゴム底の靴を作るんだ。

 戦闘靴だよ。

 ゲージ先輩のご先祖様の鰐皮も採ってきたからね、各個人にぴったりの戦闘靴ができるはず。



 ふんふふふーん



 「リズ先輩、アレク楽しそうですね」


 「ん。魔法陣描いてるときも楽しそうだった」


 「アレク君はコツコツした作業が好きなんでしょうね」


 「アレク、学校の帰りによく鍛冶屋街にも行ってましたよ」


 「ああアレク君のあの刀、自分で打った刀でしょ。セーラさんが言う鍛冶屋街もヴァルミューレさんのところね」


 「ヴァルミューレさんってあれだよな…」


 「「ヴィヨルド領刀鍛冶の至宝!」」


 ビリーとオニールの2人がハモる。


 「ったく。アレクはどこ向かってるんだ?」


 「ん。アレクは変態。変態だからそれでいいの」


 「ギャハハ、リズのいう通りだな」


 「ああ変態だからそれでいいんだよ」


 「「「うんうん」」」



 そんな外野の話もまったく耳に入らず、「仕事」に熱中するアレクだった。



 戦闘靴は次の休憩室でみんなに渡せると思う。



 ――――――――――――――



 翌朝。


 「アレク、次の25階層までは一緒についていってやる。索敵結果と同時、即座に対応方針も答えろ。

 その都度、正解を教えるからな」


 「あざーすキム先輩」


 雷魔法の凄まじい威力に、俺は天狗になっていたのかもしれない。何が来ても、敵じゃないと。




 25階層に向けて先行するブーリ隊。



 「アレク、先に行って待ってるからな」


 「アレク君、またよろしく頼むよ」


 「おおアレク、追い越して俺たち楽させてもらってもいいんだからな」


 「先に行って飴をおとしてくれてもいいの」


 「オイも追いつくのを待ってるからなギャハハ」



 「はい!俺の雷魔法は無敵です!追いつきますから待っててください!」


 気合いも十分に応えた俺。

 だけど、「無敵」やら「追いつきます」なんて、そんなえらそーな言い方は間違いなくフラグを立てるわけで……。


 思えば、この不遜とも言える発言が学園ダンジョンから不興を買ったのではないだろうか。

 だから、あのふよふよした奴らがいっぱい出てきたんだよ!





 21階層に向かう回廊に入ってすぐ。

 俺の気合いもすぐに萎むことになるとは思わなかった。


 しかも…あのカエルの巣と同じように…。


 今度はシルフィとシンディの2人から延々と揶揄われることになるとは思いもしない俺だった…。





 ブーリ隊が先行した3点鐘くらい後から進む。


 仄かな灯明の明かりがある回廊。直線が直角に曲がりながら進む毎度おなじみのものだ。


 ん?

 角を曲がったすぐにいるな。


 ま、ま、ま、ま、まさか、あれって?



 ふよふよふよふよ〜



 脇の下に嫌な汗が流れるのを感じた。



 「アレク、次の角を曲がった先は何がいる?そしてどうする?」


 「あわ、あわわわ。ゴ、ゴ、ゴ、ゴ、ゴーストです。お、お、おれ、おれ、俺は……」


 ふよふよふよふよ〜


 ガクガクガク ブルブルブル…


 ま、ま、ま、まさか。

 じ、じ、じ、人生初の生幽霊かよ!


 あ〜マジだわ。

 いたよ!本物の幽霊だよ…。

 ヒッ、ヒーッ!



 「…ク!…レク!アレク!おい、アレク!しっかりしろ!」


 ガクガクガク ブルブルブル…


 それはそれは見事なまでのガクブル具合だったそうだ。


 「あわわわわ…う〜ん」


 ガクンっ。



 角を曲がった瞬間に、ふよふよと白っぽいものが浮かんでいるところまでは覚えている。

 ゴースト(幽霊)だ。



 ◯ゴースト

 実体のないアンデット(死したる者)。

 ゴーストが身体を通過すると生命力を奪われる。

 聖魔法、光魔法、火魔法によってのみ対処できる。

 それ以外、いかなる武器、いかなる魔法も通用しない。

 魔石なし。食用不可。




 俺はガクガクブルブルとビビりまくった挙句、白目を剥いて気絶したそうだ。



 「う、うん…。こ、ここは?お、俺は…」



 回廊途中で失神した俺は、その後しばらくして目を覚ました。


 ん、んん…


 頭が何やらいい感じの据わりの良さ。

 これはセーラの膝枕のおかげだ。


 「アレク!目が覚めた?大丈夫?」


 「あ、ああ。セーラ…」



 あゝ。

 そこには生き女神さまがいた。

 マジで後光が差しているよ。

 慈愛溢れるその微笑み、その瞳をしてなんと言おう。

 セーラを生き女神さまと言わずして…


 カタカタカタ…


 生き女神さまの膝が小刻みに振動し出した。


 「ぷっ、あはははは。マリー先輩ー!キム先輩ー!ア、アレクが目を覚ましましたーあはははは、ひーひー…」


 えっ?

 生き女神さまは涙を流さんばかりに、笑いだした?

 呼吸をするのさえ忘れて、ひーひー言って笑っている…。


 「「「アレク…」」」


 アハハハハ

 ワハハハハ

 ギャハハハ

 フフフフフ


 「アレク、お前…」


 「アレク君、ないわー」


 「アレク君…意外に弱虫だったんだねー」


 「ガクガクブルブルだってー。アハハハハ。お腹痛い、お腹痛い!」


 「違うよシルフィ。ガクガクガクブルブル。ここでヒーヒーと2回入れてから白目を剥くんだよ!アハハハハ。お腹痛い、お腹痛い!」



 みんなが大爆笑していた。

 そして、なんだよ!この生暖かい空気感…。




 「アレク、お前…ゴーストはダメだったのか?」


 「ぜ、ぜ、ぜ、ぜ、ぜんぜん大丈夫です」


 「うそつけ!」


 「ほんのちょっぴり苦手なだけです…」


 「アンデットは全部ダメなのか?」


 人によって、ゴーストはよくてもゾンビはダメ、ゾンビはよくてもゴーストはダメという人もいるらしい。


 それでも、この世界でアンデットが苦手な人は限りなく少ない。初級学校の子どもたちでさえ、アンデットを怖がる子は『弱虫』の称号を与えるのが正しいらしい…。



 「スケルトンやゾンビの実体がある奴はまったく怖くないんです。ただ実体のないゴーストはほんのちょっぴり苦手かなって…」


 「ほんのちょっぴりな…」


 「アレク君、ホントないわー」



 アハハハハ

 ワハハハハ

 ギャハハハ

 フフフフフ



 本当言うと、ゴーストはめちゃくちゃ苦手だ。

 お化けと悪魔は想像しただけで怖い。特にお化けは……恐ろしい!

 チビる自信がある!


 「ゾンビはどうだ?」


 「ゾンビはぜんぜん怖くありません!」


 ゾンビや吸血鬼はぜんぜん怖くない。

 とくにゾンビはゲームの中で倒しまくってきたもん。

 だけど、やっぱりお化けは…怖い。

 ハナコさんもサダコさんもめちゃくちゃ怖い。




 「仕方ない。アレクは俺の後について来い」


 「は、は、は、はい…」


 ガクガクブルブル


 「さっ、行くわよぷっ、アハハハハ」




 ▼




 キム先輩の後ろをついて行く俺。


 ふよふよふよふよ〜


 「ヒーでた!」


 思わずキム先輩の背中に隠れて頭を叩かれた。


 「阿呆!邪魔だ!ククッ」


 ぱこーん



 「ファイアボール!」


 ジュッ!


 ゴーストはマリー先輩の弱い火魔法1発で消滅した。


 ふよふよふよふよ〜


 「ヒーでた!」


 キム先輩の腰にしがみつく俺…。


 ぱこーん


 「邪魔だ、アレク。お前、マリーの後ろに行け」


 「うん…」


 ふよふよふよふよ〜


 「ヒーまた出た!」


 マリー先輩の後ろに隠れて笑われた。


 「ファイアボール!」


 ジュッ



 マリー先輩が歩き辛くしているのは、俺がマリー先輩の腰にしがみついているからだ…。


 「ぷっ、アレク君ちょっぴり邪魔かな。セーラさんの後ろに行こうか」


 「うん…」


 ふよふよふよふよ〜


 「ヒーまた出た!」


 セーラの腰にしがみついて笑われた。


 「フフッ。アレク、ちょっと邪魔です」


 「ライト(照明)!」


 ジュッ


 セーラの聖魔法というか、Level1の生活魔法の光で消滅するゴースト。


 「ヒーヒー」


 「アレク、邪魔だからシャンク先輩の後ろに行ってください」


 ふよふよふよふよ〜


 「ヒーまた出た。もうやだ。お家帰りたい!」



 アハハハハ

 ワハハハハ

 ギャハハハ

 フフフフフ



 「ガクガクブルブル、お家帰りたーい!だってー」


 「ヒー、お家帰りたーい!だってー」


 「「お腹痛い、お腹痛い!アハハハハ」」



 怖さと恥ずかしさでシャンク先輩の背中に隠れた。


 「アレク君でも苦手なものがあるんだね。僕の後ろにいたらいいんだよ」


 「シャンク先輩…」


 シャンク先輩の背中は広くて頼もしかった。


 「でもね…ぷっ、ギャハハハハ」


 「シャンク先輩、笑いすぎです…」




 ▼




 「あーやっと泣き止んだわシンディ」


 「みたいねーシルフィ」


 ふよふよしたゴーストにもだんだん慣れてきた。

 もう泣かないからなー。

 でも、もしゴーストがふよふよしてなくて普通の格好した人のお化けだったら……俺チビるか失神する自信がある。



 はーー疲れた…。

 

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