190 7階層


「どうだアレク索敵は?」


「うーんキム先輩、まだまだぜんぜんダメです」


「耳に頼りすぎるなよ」


「えっ?じゃあよく見ろってことですか?」


「それも違うな」


 口数の少ないキム先輩が、一生懸命俺に教えてくれる。

 俺も一生懸命に理解しようとする。


「もっと感覚だ。聞く、見るのと同じくらい大事なのが感覚。俺は手のひらや腕、耳の周りなどの肌の感覚を意識してるぞ」


 あ〜なるほど、なるほど。

 五感をフル活用なんだな。

 耳のまわりからも感じられるんだ。

 直接的に判る視覚、聴覚、嗅覚にプラスした肌感覚、触感か!

 しかも直接触るんじゃなくって、肌に感じる空気みたいな感覚なんだな。


「やってみます!」



 ―――――――――――――――



 野営の後。

 6階層の回廊から先、7階密林を進む。相変わらず、蜂やカエルを主体に、飽きない程度で魔獣はやって来た。


 ん?

 木の上に血の跡があるな。


 途中、回廊の壁の上には魔獣がいた痕跡もあった。

 おそらくキム先輩が倒した痕だろう。

 木や壁の上ならば…これはもうアイツだろうな。



 ザクッ ザクッ ザクッ ザクッ ザ‥


 道のような跡を辿って。密林をかき分けながら進む。


 ん?


 なんか嫌な感じがする‥。

 肌が少々ピリつく嫌な感じだ‥。


 俺は即座にハンドサインで追随する仲間たちを停める。もちろん俺自身も停まる。


 この「停まる」ことだけは徹底してできるようになっている。

 危ないかな、大丈夫かなと疑心暗鬼になりながらダラダラと進むことは絶対にない。


 昔、村のニャンタおじさんに連れてってもらった魔獣狩りもそうだった。

 ダラダラとは進まない。

 ニャンタおじさん自身の直感に忠実に従っていた。

 シルフィもそうだ。

 即断即決。無駄に進まない。

 そして戻るときは即座に戻っていた。撤退するのは恥じゃない。


「えらいよアレク。よく気づいたわ」


 ニヤリ。

 シルフィが先生然として言った。


「フフ。ホントね」


 マリー先輩に憑く風の精霊シンディも口角を上げて俺を見る。


 あーやっぱり…



 俺はあらためて、周囲に魔力を巡らせる。自身をレーダー探知機にして、五感を鋭くする。

 魔力を放出してよく感じるんだ(触覚)。

 よく見るんだ(視覚)。

 よく聴くんだ(聴覚)。

 よく息を吸うんだ(嗅覚)。


 肌が粟立ってピリピリするような、勝てない魔獣ではない。ほんの少しだけピリつく感じ。

 それでも「何か」はこの先にいる。



 ん?


 ユラリ


 ほんの数メル(メートル)先の空間が歪んで見えた。


 ヒュンッ


 俺は足下の木切れを拾い、前方へ放り投げた。


 ぶらん ぶらん ぶらん     ぶらん


 放物線を描いて落ちるはずの木切れがその途中で留まり、不規則にぶらぶらと揺れた。

 蜘蛛の巣だ。

 キム先輩が闘った木の上や回廊の壁の痕跡はみんなコイツらだ。

 ミニアラクネ。

 このまま真っ直ぐ進んでいれば、蜘蛛の巣に絡め取られていた。



 ◯ミニアラクネ

 アラクネの下位種。上半身は人型の2本腕、下半身は蜘蛛の魔獣。ミニとあるように上半身はゴブリン程度、100㎝以下の身体である。

 但しミニアラクネといえど、鉄級冒険者1人では危険。一度蜘蛛の巣に捕まれば、物理的に離れることは難しい。

 巡らされた蜘蛛の巣を把握後、松明や火属性魔法での除去が効果的。

 ミニアラクネの体内に有する糸は頑丈なため、広く使用可能。食用不可。


 ザワザワザワザワザワザワザワザワ…


 振動を伝って2体のミニアラクネが近寄ってきた。

 濃緑な肢体は周りの密林によく同化している。


 ギャッギャッギャッギャッ‥


 えー!?

 口角上がってる?

 ひょっとして笑ってるのか。気持ち悪いよ!


 蜘蛛の巣も本体のミニアラクネも、周囲に同化している。これでは見難いはずだ。

 しかし気持ち悪いなぁ。たくさんある足には細かい毛も生えてるし、なんかワシャワシャ勝手に蠢いてるし。生理的に気持ち悪い魔獣だよ。


 シュッ!


 ギャーッ!


 シュッ!


 ギャーーッ!


 そんな気持ちの悪い姿のミニアラクネ2体は弓矢で仕留めた。

 でもまだ蜘蛛の巣自体は残ったままだ。


 サッ サッ サッ サッ


 俺は風魔法を発現。箒で塵を掃くようイメージ。

 足下の木の葉や木屑を舞い上がらせる。


 ぶらんぶらん ぶらんぶらん


 木の葉や木屑が蜘蛛の巣に引っかかった。

 張り巡らされている蜘蛛の巣を視認。


 ザンッ ザンッ ザンッ ザンッ


 雑草を刈り取るように上下左右と刀を振るってその糸を斬っていく。


 最後は既に射殺したミニアラクネの下へ。


 ザクッ ザクッ


 うへー、気持ち悪い…。


 矢を回収し、ミニアラクネの魔石とお尻から体内の糸も回収した。


「シャンク先輩、これもお願いします」


「アレク君アラクネの糸は何に使うの?」


「キラービーの毒針と合わせて弓矢を作るんですよ」


「へぇー」


 丈夫なアラクネの糸は欲しかったんだよね。これでキラービー(蜂)の毒針を蜜蝋を接着剤にして矢尻に据え、コッケーの羽根を矢羽にアラクネ糸でしっかりと巻けば新しく強力な矢が作れるよ。

 持ってきた鉄の塊、金属も節約できる。

 歩哨中、今夜にでも作ろう。

 食も含めて、まだまだ現地調達ができる。

 ポーターのシャンク先輩、ゲージ先輩が持ってきてくれた限りある貴重な荷物は先の深層階へと繋ぐことができる。いつかは現地調達ができない状況が必ず訪れるだろうから。





「みんな行くよ」


「「「はい(了解)」」」



 俺は再び先頭に立って歩き始める。

 キム先輩が戻ってこないから、逆に安心だよ。俺だけでも対処できると信用してもらえてるんだよな。





 ▼





 ん?


 サクッサクッ…サクッサクッ…サクッサクッ…サクッサクッ…サクッサクッ…サクッサクッ…サクッサクッ…サクッサクッ…


 また違和感だ。

 今度は多数が接近してくる違和感。

 総毛立つまではいかないけど、ミニアラクネ以上。

 これは確かに油断ならない感じ。


「アレク!」


「ああシルフィ!」


 前方を見るシルフィから短い警告が発せられる。


「後もよアレク!」


「ああシンディ!」


 シンディも後方を警戒している。



 俺を起点に。

 レーダー探知機のように。薄く広く魔力を拡げていく。

 感あり。多数の反応が認められる。

 少しずつ判るように、なってきた。



「総数‥‥‥100!ゴブリン、ゴブリンアーチャー、ゴブリンメイジもいる。セーラ、俺の土塀に合わせて全方位障壁を!」


「はい!」


サクッサクッ…サクッサクッ…サクッサクッ…サクッサクッ…サクッサクッ…サクッサクッ…サクッサクッ…サクッサクッ…サクッサクッ…サクッサクッ…サクッサクッ…サクッサクッ…サクッサクッサクッ…サクッサクッサクッ…サクッサクッサクッ…サクッサクッサクッ…



「来るよ」

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