182 索敵


「じゃあ行くわよ。まずは5階層を目指すわよ」


「「「はい」」」



 ダッ、ダッ、ダッ、ダッ


 まずは5階層を目指して小走りに駆けていく。

 何か異変があれば、先を行く斥候のキム先輩が戻ってくれるだろう。

 ここからいよいよ本番だ。



 通路は先程と同じ。薄暗い直線的な通路が右へ左へと鋭角に続く。


 まずは音に集中するんだったよな。


「集中して音を拾え。じっとしているような魔獣にも、僅かな息遣いや微かな身体の振動がある」


 キム先輩が教えてくれたとおりにやってみよう。

 浅い階層の内に少しでも早く索敵魔法を覚えなきゃな。

 魔獣が弱いあいだに。


「そうよねー、あんたやマリー、あのキムって子だけならまだまだぜんぜん余裕だけどねー。聖魔法の子や熊の子もいるからねー。だから早くアレクが魔獣の強さをわかるようにならなくっちゃ。でもまだアレクはダメダメだから。魔獣の強さが判るまではアタシに任せなさいねー。出てくる魔獣はアタシがギッタンギタンにしてあげるわよー!」


 シュッシュッと左右のパンチを繰り出すシルフィ。

 さらにはふんすと胸を張る。

 でもシルフィは索敵がしっかりできるんだよな。まだ見えてもいないのに、魔獣の強さが判るんだよな。

 以前、ベイマレー山脈に向かって走ってたときも、シルフィは俺に「戻れ」って言ったんだよな。あの時も今も俺、どこに魔獣がいるかなんて、ぜんぜん分からないよ。まして、魔獣の強さなんかも。




「アレクそこよ!」


 俺に憑いてくれてる風の精霊シルフィが叫ぶ。


「アレクいるわよ!」


 マリー先輩に憑いている風の精霊シンディも叫ぶ。

 シルフィにシンディ、風の精霊2人も俺を助けてくれている。


「わかった、ありがと」


 ん?

 この先に魔獣がいるんだよね?

 どこ?

 ぜんぜんわかんないや。


 ドッドッドッドッ‥‥ドッドッドッドッ・・・


 だんだんと。多数の魔獣が接近してくる音がする。

 直線20メル(20m)ほど先。

 未だ漆黒の彼方から、地面に伝わる振動とともに現れたのはチューラットとアルマジローの集団20頭余。


 多っ!

 速っ!

 えーっ!マジか!?


 いつもは人が見えたら逃げるのに!

 しかも一角うさぎと同じで、チューラットもアルマジローもみんな目が赤いよ!血走ってるよ!


「ウィンド!」


 ヒューーーーーーッ!


 向かってくる魔獣たちに風魔法ウィンドの逆風でその進行を阻む。


 キュッキュッキューーッ


突然の旋風に混乱する魔獣たち。


「エアカッター!」


 シュババババババーーーー!


 そのままエアカッター(風刃)で攻撃。


 ダッ!


 さらには俺自身が集団に突っ込み、剣の連撃で仕留める。


 ザクッ!キューッ!

 ザクッ!キューッ!

 ザクッ!キューッ!

 ザクッ!キューッ!


 いける!

 うん、緊張がとれたから問題なしだ。



 しかしすげぇよなぁ。

 ダンジョン内は魔獣の性格も変わるのかな。大量に横たわるチューラットとアルマジローを前に、少し感慨に耽ってしまったよ。



 さて。

 こいつらも記念にちょっと、とっとこうかなぁ。食べて供養しなきゃ。むふふ。

 どれにしよっかなぁ。

 チューラットは多めにとっとこうかな。俺、ハンバーグには、チューラットの肉が旨いと思うから。

 アルマジローは少しでいいか。

 ふんふんふーん‥‥。



 嬉々として解体する俺を見て、セーラとマリー先輩が笑っていた。


「マリー先輩、アレクはもう大丈夫ですよね」


「ええ、見てよあの嬉しそうな顔」


 ハンバーグ用にチューラットを5体解体。串焼き用にアルマジローも2体。背負子に仕舞う。


「アレク、僕が持つよ」


 ポーターのシャンク先輩が言ってくれた。


「シャンク先輩あざーす」


 よし、これでもっといろんな魔獣をみんなに振る舞える!



「ウォーター!」


 汚れた手に水を発現して洗う。解体のあとの手も自分で綺麗にしなきゃね。

 そんな俺を見て、セーラがニッコリ笑って言った。


「アレク、本当は水も火も全部使えたんだね」


「セーラごめんな。黙ってて」


「ふふ。いいんです。火・水・土・金・風の5大魔法を発現できる人族がいるって知られたら、たいへんなことになるもんね」


「あはは。内緒でお願いね」


「もちろん!」



 ▼



 キューッ!

 ザスッ!

 キューッ!

 ザスッ!

 キュー‥



 時おり襲い来る魔獣を刀で払いながら、薄暗い中を先へ先へ進む。


 延々と続くかに思えた回廊は次第に広くなっていった。

 もう少ししたら地下1階層への入口だろう。



 学園ダンジョンは各階層とそれを繋ぐ回廊から成り立っている。

 回廊も階層も下へ下へと下ってるはずなのだが、体感的にはまったくそんな気はしない。

 そして、この回廊と階層。

 たとえて言うならば、舞台と花道と言ったら理解できるだろうか。舞台が各階層で、花道が途中の回廊(通路)なんだ。

 回廊(通路)は舞台裏や舞台ソデじゃなくって花道。

 舞台裏じゃない。

 だから回廊であっても「舞台演出」がある。つまりは道中も気が抜けない舞台上なんだ。

 そして花道の行き着く先は圧倒的に広い空間(舞台)が待っている‥。



 いきなり。

 薄暗い回廊から。

 本当にいきなり景色が開けた。

 地下1階層だ。

 目の前に広がる草原。

 空には青空も広がる。牧歌的な光景だ。もしここに山羊がたくさんいたら、アルプスの灰次ちゃんだよ!


 これ映像なの?

 それともリアル?

 どんな演出?

 あー気にしちゃだめだよな。


 石畳に沿って進めば先にいけるんだ。

 とにかく今は最短ルート。5階層まで行かなくちゃ。



 ダッダッダッ‥‥


 意識した聴力は、前方から多数の足音と魔獣の雄叫びを拾う。


 ガルルルガルルルルル!

 ギャギャギャギャギャ!


「アレク来たわよ」


「油断しちゃダメよ」


 風の精霊シルフィとシンディも索敵を助けてくれる。

 前方からこちらに向かって来る気配はしっかりある。

 にもかかわらず、風もないのに草原の草が揺れてるように見えるのは、ブッシュウルフが擬態しているからだ。

 揺れる草の中から近づいてくる姿は隠せてはいる。

 だけど、吠える声は隠せない。

 黙って静かに近づいてきたらいいのにって思っちゃうよ。

 せっかくの擬態なのに。


 ギャッギャギャッギャ‥‥


 ひたすらギャッギャと騒がしいゴブリンは、その姿そのものが緑色だけに、これも擬態なのかな。

 ブッシュに溶け込むカーキー色の戦闘服レベル、といってはなんだけど、これはよく見たらすぐに視認できるレベルの擬態だ。


 ギャギャギャギャギャ‥‥


 姿は隠しても声が丸わかりだよ。

 とは言ってもゴブリンだからな。

 亜種の存在にも気をつけないと。

 弓持ちのゴブリンアーチャーとかが隠れてたら厄介だ。



 ◯ ブッシュウルフ

 グレーウルフの亜種。

 周囲の環境に擬態できる能力を持つ魔獣である。戦闘能力はグレーウルフ程度であるが、この擬態能力に、群れの集団化が伴うと、個人で相手をするのは厳しくなる。



「前方、ブッシュウルフ4ないし5。ゴブリン3。セーラ先輩、念のためゴブリンアーチャーに気をつけて。シャンク先輩も後方からの矢に注意してください。セーラ、念のために3人を囲む障壁を」


「「了解!」」


「わかりました」




「ウィンド!」


 ヒューーーーーーッ!


 俺はさっきと同じ攻撃法を採る。向かってくる魔獣たちに風魔法ウィンドの逆風でその進行を阻む。

突然の旋風に混乱する魔獣たち。


「エアカッター!」


 シュババババババーーーー!


 そのままエアカッター(風刃)で攻撃を加える。


 ギャーー!

 ギャーー!

 ギャーー!


 ゴブリンたちの悲鳴。

 今度はさっきよりやや大きめなカッターを意識。擬態しても出血の色は誤魔化せないからね。


 ダッ!


 最後は俺自身が集団に突っ込み、剣の連撃で仕留める。


 ザクッ!ガフッ!

 ザクッ!ギャッ!

 ザクッ!ガフッ!

 ザクッ!ギャッ!


 エアカッターの乱撃によって飛び散る鮮血が、魔獣の存在を明らかにした。


 後方では。

 マリー先輩が左右後方までを広く迎撃態勢で待機。これも問題なし。


 と。


 シュッ!


 後方からいきなりゴブリンアーチャーの矢がセーラめがけて放たれた。

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