137 送り花火


夏合宿3日めのことだ。

レベッカ寮長から個人的なことなんだけどと言って、お願いをされた。


「悪いんだけど、アレク君も午後から私のお祖母ちゃん家についてきてくれないかしら?」


「えっ?」


「あのね‥私のお祖母ちゃん、ヴィンサンダー領出身なのよ。実はね‥もうあんまり‥長くないのよね‥女神さまがお迎えに来るのも時間の問題なの。だからね‥せっかくの機会だから生まれ故郷のヴィンサンダーの話とかをアレク君にしてもらえたら嬉しいかなって‥アレク君には迷惑でしかないんだけど‥」



びっくりした。

あのレベッカ寮長が。

あのおねぇおっさんのようなレベッカ寮長が、泣き笑いのような顔で話をしたことに。

見ればガチムチの大きな身体も微かに震えている。

あのレベッカ寮長が、今は小さく見えた。

胸がつまった。


「はい。ぜひ俺も連れてってください」




寮長のお祖母さんの家は海を望める丘の上にあった。


寮長のお祖母さんはヴィンサンダー領出身だという。

お祖母さんが若いころ、まだ賑やかなこの漁村の教会で子どもたちを教えていたんだそうだ。



レベッカ寮長のあとについてお祖母さんの部屋にお邪魔をした。

病いに倒れてからは、近所の方がお祖母さんの面倒を見てくれているそうだ。


海風が涼やかに流れる部屋のベッド。

傾きかけた西陽が差し込めている。

お祖母さんの顔色はたしかに生気に乏しく見えた。


「お祖母ちゃん、ヴィンサンダー領の子も遊びに来てくれたのよ」


「こんにちはお祖母さん」


「まあ、ヴィンサンダー領からかい。いらっしゃい坊や。遠くからよく来てくれたねぇ」


「いえ。ヴィヨルドにも、この夏の合宿にも来るのを楽しみにしていました」


「ヴィンサンダーは変わったかい?」


「俺の村は、最初は荒れまくっていた開拓村でしたが、最近はかなり良くなったんですよ」


「そうなのかい」


「はい。お祖母さんの知ってるヴィンサンダー領の話を俺に聞かせてください」


微笑んだお祖母さんが窓からの景色を眺めながら、ゆっくりと話をしてくれた。


「ヴィンサンダー領、あの当時は違う名前で呼ばれていてね。荒れた、何も無い土地だったわ。あんまり荒れ過ぎてて魔獣でさえいなかったのよ」


傾きかけた陽が眩しく当たらないよう、俺はお祖母さんの横に膝立ちで見舞った。

まるで遠くを見ているような、そんな遠い目をしてお祖母さんは話し続けた。


「耕しても耕しても小さな芋しか採れなかったの。それでもね、そんな小芋でさえ贅沢なものでね。教会のバザーの日くらいにしかお腹いっぱい食べられなかったわ。バザーの日、その日は朝から花火も上がってね。お腹いっぱい食べられたお芋が美味しかったのよね‥‥あのお芋のおいしさは忘れられないわ」


「お婆ちゃん、じゃあ元気になったら一緒にヴィンサンダーに行きましょうよ」


努めて明るく語りかけるレベッカ寮長の瞳が潤んでいた。


「ええ、連れて行ってね、レベッカちゃん‥」


「いいお話をありがとうございます。お祖母さん、春になったら、ぜひレベッカ寮長とヴィンサンダーに遊びに来てください。少しは良くなりましたから。俺、案内します」


「ええ、坊や。ありがとうね‥」


たくさんお話をされて、お祖母さんは疲れたように見えた。

レベッカ寮長に軽く頷き、俺は部屋を離れた。



「アレク君、ありがとうね。お兄ちゃん、あんなんでしょ。小さなころはよく揶揄われたり、虐められたのよ。それでもお祖母ちゃんはいつもお兄ちゃんの味方だったの。週に一度はわざわざヴィンランドまできてくれてね。だからお兄ちゃん、毎週末お祖母ちゃんが来てくれることだけを楽しみに頑張ってたの‥」


「‥ナタリー寮長、お願いがあります!」


「なに?」


「俺、今から一度ヴィンランドに戻っていいですか?」


「えっ?なぜ?」


「できたばかりのサンデー商会にヴィンサンダー領の、俺の村の芋を売ってるんです。お、俺、お祖母さんにヴィンサンダーの芋を食べてもらいたい。俺、突貫のスキルがあるから今から行ってすぐに戻ってこれます!お祖母さんに、こ、粉芋を、ヴィンサンダーのい、芋を食べてもらいたいんです‥」


話すうちに。

頬を涙が溢れて仕方がなかった。


お祖母さんとレベッカ寮長は‥‥タマと俺、厩のマシュー爺と俺だ。


「わかったわ」


「でも、レベッカ寮長には絶対内緒にしてください。きっと寮長は反対しますから」


「ええ。アレク君‥お願いできる?」


「はい。本当にすぐに行って帰ってこれますから!」





「じゃあシルフィ行くよ」


「ええ、アレクが転けるくらいに、後ろから風を起こしてあげるわ」


「はは。頼むよ。ブースト」


ぶわーーーっ


一気に流れる景色。突貫に風の精霊シルフィの加護を加えた精霊魔法で。

速く速く、疾走する馬よりも速く、俺はヴィンランドまで駆け抜けた。









俺はオープンしたてのサンデー商会で粉芋を手に入れて一気に戻ってきた。粉芋は病いの人にもきっといいはずだ。



「ナタリー寮長、これをお願いします」


「えっ!?もう行ってこれたの!」


「は、はい」


俺は粉芋をナタリー寮長に手渡した。


「これって‥アレク君の‥アレク袋の粉芋?」


「あはは。ご存じでしたか。お湯を注ぐだけで柔らか芋になります」


「アレク君‥本当に、本当にありがとう。お祖母ちゃん、きっと喜ぶわ」






「お祖母ちゃん、はい、コレ食べてみて」


アレク袋からスプーンで粉芋(マッシュポテト)を掬いお祖母さんの口もとへと運ぶレベッカ寮長。


「ヴィンサンダーの芋よ」


「ああレベッカちゃん。美味しいわ。ヴィンサンダーの芋、私の故郷の味ね」


「さっきのアレク君が持ってきてくれたのよ」


「そうかい、あの心優しい坊やが‥」


口あたりもやさしい粉芋を、お祖母さんは二口三口と食べてくれたそうだ。


「懐かしいヴィンサンダーの味ね‥‥」


「そうよ、お祖母ちゃんの故郷の味よ」


「おいしいわ、レベッカちゃん‥」


お祖母さんの死期が迫る。


「いい?レベッカちゃん。レベッカちゃんはレベッカちゃんよ。あなたはこれからも自分らしく生きなさい‥‥お祖母ちゃんはいつまでもレベッカちゃんの味方だからね」


「ううっ、お祖母ちゃん‥‥」


レベッカ寮長の涙は止まらなく流れ続けたそうだ。




俺は丘の上に建つお祖母さんの家を離れ、海辺の海岸へと下り歩く。

もうひとつ、あとひとつだけ、俺ができることがある。


海辺の岩場にはサラマンダーがいた。


「サラマンダー、今から俺が打ち上げる花火を手伝ってくれるかい?」


「ギャッギャッ。ヒューマンかい、珍しいな。ここで花火を上げるのは久しぶりだな。ここには昔、ドワーフも大勢いたんだぜ。ヨーシ、任せとけ!」



ヒュードーン ドーン ドーン



海辺から大きな花火が上がった。


「お婆ちゃん見て!花火よ」


「本当‥‥綺麗ね。ああ、もうすぐバザーが始まるわ‥‥‥」





その夜。

レベッカ寮長はお祖母さんと手を繋いで眠ったそうだ。


翌朝。

お祖母さんは優しい微笑みを浮かべたまま静かに旅立った。





次回 閑話 諮問会 12/17 21:00更新予定です


「いいね」のご評価、モチベーションになっています!

いつもご覧いただき、ありがとうございます!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る