085 悪意


「姿勢が悪い!」


ガッツン 


「痛っ!」


「脇を締めよ!」


ガッツン 


「痛っ!」


 領都学校では勉強、学校からの帰りは郵便屋さんをやって、村ではこのとおり。


 師匠から厳しい剣の修行だ。

 雨の日が待ち遠しくなるくらい、最近はますます厳しい師匠の指導だ。


 当初は型の修業ばかりだったが、最近は組み打ちの相手もしてもらえるようになった。

(といってもほぼめった打ちでまるで歯が立たないんだけど。転◯ラの鬼人の白◯にボコられるゴブリンみたいな俺‥)



 シルフィのおかげで風の精霊魔法を常時発現しているので移動時間はかなり短縮されて便利になった。そのおかげでいつのまにか領都から村までは30分もかからなくなった。



 ▼



 ヒー!

 ブヒーブヒー!


 ブッヒーの悲鳴が聞こえる。それもなんか痛そうな感じで。


(ひょっとして魔獣?)


 そう思った俺は慌てて豚舎まで行った。


 久しぶりの村営の養豚場だ。

 するとブッヒーを叩いているおじさんがいた。どう見てもイジメや憂さ晴らしをしているとしか見えない。

 村が養豚場に新しく雇った人だろう。


「あのー叩いたらブッヒーがかわいそうです」


「煩い!誰だお前は?

畜生は殴らなきゃわからないんだ。

ガキが!おまえも殴るぞ!」


 おじさんが真っ赤な目をして俺を睨みつける。


「えっ!?」


 ドキッとした。


 人からあからさまに向けられる悪意、しかも大人から向けられる悪意。

 継母や家宰から向けられていたあの嫌な視線を即座に思い出した。


「だって‥ブッヒーがかわいそうです‥」


「煩いガキが!お前も身体でわからせてやる!」


 手を振り上げながら、ズンズンと近づいてくるおじさん。


 恐い。


 正直、恐怖を覚えて固まってしまう。緊張感で心臓もバクバクだ。


「子ども相手に何をやっとるんだ!」


「あっ、町長さん。なんでもないでさー」


 男は逃げるように養豚場内に入っていった。


「アレク君大丈夫かい?」


(はーよかったー。いいタイミングでチャンおじさんが来てくれた)


「チャンおじさん。俺は大丈夫だけど、ブッヒーが殴られてて‥」


「またあの男か‥」


 村営養豚場に迎入れたあのおじさん、どうやらあまりよろしくない人物のようで…。


「すまんなアレク君。いろいろと問題のある人を雇ったみたいなんだよ。ちょっと神父様と相談してくるわ」


「いいよ。チャンおじさんもたいへんだね」


 苦笑いを浮かべ、町長のチャンおじさんは急ぎ足でディル神父様の下へ向かって行った。



 しばらく経ったあとも。


 俺はまだ心臓がドキドキしていた。



 もしチャンおじさんが来てくれなかったら俺はどうなったんだろう?


 殴られたのかな。


 もし殴られていたら、俺はどうしたんだろう?


 泣き喚いただろうか。


 泣いておじさんに赦しを乞うたのだろうか。


 ほうほうの体で逃げたのだろうか。


 或いは。












 どす黒い感情が胸の奥底に芽生えるのを覚える。

 今の俺なら‥。


 相手に対して一方的に暴力を振る人は見てきた。一方的に悪意を向ける人も。

 その悪意に対して、これから俺はどう立ち向かえばいいんだろう。


 悪意を向ける相手を敵とみなして、排除すべくこちらも暴力で立ち向かうべきなんだろうか。



 学校のときも。

 俺はファイアボールを撃とうとする上級生のカーマンから、デニーを庇って背に火の玉を受けた。


 あのとき、ファイアボールを撃つ直前のカーマンを倒すべきだったんだろうか。

 ブッヒーを虐待するおじさん。

 俺に手をあげる前に倒すべきだったんだろうか。


 俺はカーマンやあのおじさんに手をあげることができただろうか。


 手をあげたとき、相手を打ち負かしたとき、俺は強くなった自分の力に酔ったりはしないだろうか?

 自分が強くなったなんて思い上がらないだろうか。







 思いは果てなく、堂々巡りだった。




 ▼




「シスターどうすればいい?」


 教会へ向かった俺は、かくかくしかじかとブッヒーが虐められていたことをシスターナターシャに話をした。

 こんなときどうするんだろうと思った。

 学校でカーマンにやられたことも改めて話した。

 俺はシスターの意見を聞きたかった。


 ヴィンサンダー領のこの村は当たり前だが領の庇護下にある。だが、新興の開拓村ともあっていい意味でもそうでない意味でも自由だ。村には明文化された司法も行政も立法もある意味無いとも言える。

 だいたい治安維持には、騎士団の詰所どころか父さんたちの自警団しかないし。


 シスターナターシャが俺を諭してくれる。


「村が大きくなればこれからもいろんなことが起こるわ。

 残念だけど今回のような犯罪まがいのこともね」


「うん‥」


「アレク君も分かると思うけど、この村の人たちみたいにみんながみんな善人ばかりじゃないわ。

 力を持てば、一部の貴族や騎士の中には何をやっても許されると思ってる悪い人もいる。

 それこそ殺人もね。

 そんな人は普段から平民を下に見る人もいるわ。

 自分の思い通りになるから、ある意味力を過信しているわね。

 平民は平民で、悪いことをしてもばれなければ大丈夫だと思う人もいる。直接的な暴力じゃないけど、きつい言葉で人を蔑む、例えば獣人を蔑むヒューマンもいるわ」


「わかるよ」


 言葉の暴力、差別。

 継母は獣人にそうだった。その影響下、弟もまた獣人への差別思想を受け継いだ。


「シスターどうすればいいの?」


「アレク君はどうしたい?」


「みんなが差別なくふつうに生きられる領がいい。良いことは褒められて、悪いことはダメだと罰せられる領がいい」


「そう。じゃあやっぱりそんなヴィンサンダー領をアレク君が取り戻すことからでしょうね」


「‥うん」


 理想的な国とは何か。


 理想的な領地とは何か。


 いつしか俺はそんなことも考えるようになった。



 次回 それぞれの結果 11/11 21:00更新予定です

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る