077 続く修行

 ヒューヒュルルルー


 目を閉じれば、風の音が聞こえてくる。


 チッチチチチー


 鳥の囀りも聞こえてくる。

 昼間はじっとしながら、自然との調和を考え、精霊が見えるようあれこれ試す。あれこれやってはいるが、やっぱり何の成果も得られない。

 そして夜には師匠の話を聞く。

 そんな生活が何日か続いた。


(正直、焦る気持ちは捨てられなかったけど)


 師匠はこんなことも話した。


「いずれお前も召喚魔法に触れることもあろう。ただあれには考えなしに手を出すな。まして対価に生命を用意するのは愚か者のやることだからな」


「召喚魔法ですか?」


「ああ」


「召喚魔法とはこの世にはない者の力を別の世界から呼ぶ魔法だ」


(おおー!ぱーんと手を叩く、あの兄弟のやつだな)


「アレク、今はわからなくてもいい。ただ召喚には対価を必要とする。対価を求める者がいても、その対価に生命というのは絶対にない選択肢だからな」


「(対価に生命?)はい‥俺にはまだわかりませんが、肝に銘じておきます」


「対価に生命は絶対にない」と言ったホーク師匠の言葉が記憶に残った。

 だが、今の俺がこれ以上は聞いても仕方のない話のようにも思われた。


「いいかアレク。負の感情に支配されるな。闇堕ちはダメだぞ」


「闇落ち?」


「そうだ。負の感情は闇堕ちを誘う。そんな負の感情にあるときに限って、悪魔の力は魅力的に見えるからな」


 負の感情。

 すごく、すごくよくわかる。俺は父上と俺の暗殺に手を染めた者に対して、とても深い怒りの感情がある。


(それがおそらくは家宰と継母であるのだが)


 その「おそらく」は俺の中では既に「ぜったい」の決定項として心に刻まれている。


 父上と俺は、家宰と継母に殺されたんだと。

 厳しい現実に直面するたびに、それもこれも家宰と継母のせいだと思う自分が今もいる。

 この負の感情は誰にも打ち明けられない。

 俺を救ってくれた両親にもモンデール神父様や師匠やシスターナターシャにも。もちろん今のホーク師匠にも。


 俺の中であの2人に対する負の感情を拭い去ることはできない。


 口にはできない願い。

 もしもこの願いを誰かが叶えてくれるなら‥。

 ダメだダメだ。こんなことを考えてはダメだ。


「アレク‥」


 師匠が何かを問いかけようとした。

(ダメだ)被りを振って俺は師匠に質問する。


「師匠、悪魔は実際に居るのですか?」


「いる」


 師匠曰く、悪魔は実在するそうだ。

 うー、なんか怖くなってきた。

 俺、宇宙人やUFOは信じてなかったけど、幽霊やゾンビや悪魔は信じてたもん。だから、俺の中で悪魔も幽霊と同じで怖い存在なのだ。

 ダンジョンや墓場にはゾンビとかゴーストも出てくるらしい。

 俺、そんな奴らが出てきたら戦う前にぜったい逃げる自信があるし。


 師匠は精霊についてもいろいろと教えてくれた。

 土や金の魔法を発現するときにはノーム、火の魔法を発現するときにはサラマンダー、水の魔法を発現するときにはウンディーネ、風の魔法を発現するときにはシルフがその発現の手助けをしてくれるそうだ。


 師匠には風の精霊がいつも付いているそうだ。


「いつもって、師匠今も精霊が居るんですか?」


「ああ」


 そう言った師匠は自分の左肩を向いて、優しく微笑んだ。師匠の肩には風の精霊さんが居るんだろう。


(えーぜんぜん見えないんですけど‥)


 だんだん解ってきた気もするんだけどね…。

 今の俺にはまだまだ、いやまったく精霊は見えないよ。


 でもね、独り椅子取りゲームを毎晩やってたのが逆によかったのかもしれない。開き直りなんだけど。

 なんか少しだけ、ほんの少しだけ、心が晴れそうな気がしてきた。


 うん、開き直って頑張ってみよう。

 俺にあるのは努力することだけだ。

 俺に才能、スキル、恩恵はない。

 ただひたすら努力あるのみだ。


 そうだ!


 ここに来てからやってなかった素振りをしよう。

 竜の魔石の欠けらに魔力を注ぐのも再開しよう。

 鉄の塊をニギニギするのもまた始めよう。

 毎日変わらぬルーティンをしよう。

 焦らず一生懸命に努力しよう。

 そして疲れたら寝よう。



 開き直って考えた結果。

 それは何のことはない、これまでと変わらない俺の生き方の再確認だった。

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