052 閑話 ヨゼフとマリア(中)

 領都サウザニアに向けて東から旅する集団が凡そ100人。


 移民を中心に、領都で兵士になることを望む者や個人を含む小規模な商隊、若干の冒険者も含まれる。


 集団での移動は小規模な盗賊団を防ぐことは元より、魔獣を避けられるメリットも大きかった。


 が、注意深くある盗賊団には格好の獲物ともいえた。


 荒野を抜け、一列となって岩場を歩いているときである。


 シュッ!シュッ!


 「うっ‥」


 「うぐっ‥」


 冒険者の形をした男が2人、相次いで倒れた。

 痙攣後すぐに息絶える。ほぼ即死に近い。

 毒矢である。


 「敵襲ー!敵襲ー!」


 「いかん!逃げるぞ!」


 ここからは冒険者及び商人、しかも機微に聡い者たちの動きは早かった。

 反転、即座に集団からの離脱を図ったのだ。


 盗賊団もまた心得たものである。そうした手練れの冒険者たちを相手にせず、敢えて退路を塞がなかった。


 結果、残ったのは「獲物」ばかりである。

 一列となった「獲物(農民)」が盗賊団の意のままとなるのに時間はかからなかった。


 移民を中心とした集団の最前列から、手短な命令を発していく盗賊団は20名ほど。


 「全員座れ」


 「その場から動くなよ」


 「お前は立て」


 「お前も立て」


 「お前は‥‥サヨナラ」


 高齢の農民の喉元を切り裂く短刀。


 こうして。

 幾許かの金銭と「奴隷」を獲得した盗賊団だった。




 ▼




 「あれは‥盗賊だなモンデール」


 「はいディル師。どうしますか?」


 「鷹の爪、不倒の盾の実力。見せてもらうぞ」


 杖を手に、色褪せたローブを纏った小柄な初老の男がニヤリと笑いながら言う。


 「フッ。王国不断の剣の師がそれを言いますか」


 同じような粗末なローブを纏った長身の男が口角をわずかに上げて応えた。


 デニーホッパー村の司祭となるディル神父と領都教会の司祭となるモンデール神父である。




 ▼




 ザーザー ザーザー


 急な雨が降りだした。

 雨が多くのものを流し去る。倒れ伏した人々の血も。


 「おいおい、これはこれは‥‥上玉じゃねぇか」


 「本当だなぁ。泥塗れでわかんなかったぜ。売っちまう前にな、へっへっへっ」


 雨は女性の顔に塗られた「泥」も流し去ったようだ。女性が道中の災難から身の安全を図るために顔に泥を塗り醜女を装うのも旅の常套であった。


 「おい女。お前だよ、お前。立ちな」


 「いっ、嫌!」


 パーン!(頬を平手打ちする音)


 「煩い!口答えすんな!」


 「嫌!離して!誰か‥」


 盗賊団の1人に腕を掴まれた若い女性が必死の抵抗をする。

 農民にしては肌も綺麗。目鼻立ちも整った美しい人族の女性。

 突然の雨が、顔に塗られていた泥を剥がしたのだ。

 女性の抵抗に見て見ぬふりをする周りの人々。


 「やめてあげてください!」


 見ず知らずの女性が叩かれたことに、思わず立ち上がるヨゼフ。


 「なんだよ、てめえ」


 ガッ!


 「うっ‥」


 手にした刀の柄で力任せにヨゼフを殴る盗賊の男。

 倒れるヨゼフ。


 「おい、ヨゼフ!」


 心配するチャンを前に、尚も盗賊に対して毅然と立ち上がって懇願するヨゼフ。


 「どうか勘弁してください」


 顔は腫れ、唇からは血が流れる。

 それでも女性の前に立ち塞がるヨゼフ。


 「てめえ、いい度胸だな。生命が要らないんだな」


 力任せにヨゼフを殴る蹴る盗賊。それだけでは飽きたらず、ついには刀を振りかざした。


 「あばよ」


 これまでかと目をつぶったヨゼフ。


 そのとき。


 ヒュッ!


 石礫が男に飛ぶ。


 ガッッ!


 「痛てー!」


 小石が盗賊の顔に直撃する。


 「だ、誰だ?」


 いつのまにか。瞬時にヨゼフの前に立つローブの男がいた。

 長身のヨゼフよりもさらに背が高い男。

 モンデール神父であった。

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