第2部 幼年編 第1章 農民の子
026 名も変えて
第2部幼年編
第1章農民の子
父上アレックス・ヴィンサンダーから名を取ってアレクとした。
もちろん平民であるため、姓はない。平民のアレクである。
俺の葬儀が終わった日の深夜。
モンデール神父様に背負われて向かったのは、教会の熱心な信者でもあるヨゼフとマリアの若夫婦の家。
領都サウザニアの教会から結構な距離にある新興のデニーホッパー開拓村だ。
普通の早歩でも軽く半日から1日を費やす距離。そんな距離があるのにも関わらず、俺を背負っての神父様が走る速度は恐ろしく速かった。さすがは元A級冒険者である。
夜半は魔獣が出ても不思議はないというのに。
俺の出自は敢えて伏せたそうだ。遠回しに、訳ありの家庭から逃れてきた経緯は伝えたようだ。
たったこれだけの情報で見ず知らずの3歳の子どもを迎え入れる。ヨゼフとマリアの若夫婦がどれほどに敬虔な女神様の信者なのか、モンデール神父様の信用度が如何に高いのか俺にはわからなかった。
が、この夜から俺はヨゼフとマリアの若夫婦の子どもとなった。
寡黙ながらコツコツと働く努力型の大男ヨゼフと、夏の向日葵を思わせるような眩しい笑顔の妻マリア。
新興の開拓村デニーホッパー村。
辺境と揶揄される領国の中でもさらに郊外。
痩せた土地は開拓も遅々として進まない。自然の恵みも少ない。それ故連鎖の上位に位置する魔獣でさえもまた少ない。皮肉なことだが痩せた土地故に他所よりも魔獣による被害も少なく安全性が高いことが生活する上で数少ない利点であった。
そんなデニーホッパー村の外れ。森に近い小高い丘に、自ら建てた小屋に住む若夫婦がヨゼフとマリアである。
「今日から僕らがアレクの親だ。モンデール神父様からいただいたご縁。女神様の思し召しだ。たとえ血の繋がりは無くてもマリアと3人、親子仲良く暮らそう」
養父ヨゼフが俺の目をしっかりと見つめ、一言一言をゆっくりと語った。
「アレクちゃん。ヨゼフお父さんは見た目は怖いけど、本当はすごく優しいんだからね。これから家族も増えるだろうけど、アレクちゃんがお兄ちゃんになるんだからね」
身重の養母マリアがお腹をさすりながら明るく言った。
▼
食事は朝晩に2回。
カビが生えそうな硬い黒パン、塩漬け肉を戻した塩だけで味付けされた野菜入りのスープ(材料の配分的には野菜がやや多めで肉片はごくわずかの塩スープ)、痩せた芋類を蒸したもの、近くで採れる木の実など。質素である。
たまに獲れる小動物の肉やご近所さんからお裾分けの魔獣の肉がご馳走という、典型的に貧しい農民の食事だ。
「女神様からお恵みいただいた一日の糧を今日もありがたくいただきます」
「「いただきます」」
掌を組み、女神様に感謝を唱えてから食事を摂る。
「アレクちゃんおいしい?」
「うん、おいしい」
「アレクいっぱい食べろよ」
「うん」
貧しくとも家族3人揃っての食卓は、愛に溢れていた。
俺が2人に打ち解けるまで時間はかからなかった。
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