006 隔り
俺と弟のシリウスは、容姿も似ていなかった。
亡き母のセーラに似た優しい目元の俺と、継母のオリビアに似た鋭い目つきの弟シリウス。
機敏で闊達な俺は、父上の血を多く受け継いだのかもしれない。
神経が過敏で癇癪持ちなシリウスは継母オリビアの血を多く受け継いだのかもしれない。
「シリウス?シリウスどこ?」
もちろん俺は可愛い弟のシリウスを全面的に受け入れていた。
ますます多忙となった父上は、屋敷を空ける日が多くなった。
父上が不在がちな屋敷に於いて。
継母のオリビアが公然と弟シリウスだけを可愛がるのを俺は否が応にも認めざるを得なくなっていった。
そりゃ実子のほうがかわいいからだろう。
「お母さまーお母さまー」
「なーに?私のかわいいシリウスちゃん」
「なに見てるんだよ兄様?」
「母上は俺だけのお母さまだぞ!」
「あらシリウスちゃん、うれしいことを言ってくれるわね」
「くっ‥‥」
弟のシリウスもまた俺を前にこれみよがしに実母のオリビアに甘えてみせるようになっていった。
「アダム、ねぇアダムー!」
「‥‥」
「アダムー!?」
「・・・ん、ショーン様呼びましたかな?」
家宰アダムは継母オリビアほどあからさまではなかったが、わざと俺を無視したり軽視するようになった。
「ショーン様と口を聞いたらダメよ」
「オリビア様やアダム様にいいように思われないわよ」
「「そうよね」」
そんな屋敷内の空気感はメイドほか、家の者にも伝わったんだと思う。
誰もが俺を腫れものを扱うように接した。
「ねぇだれか?」
「だれかいないの?」
「返事してよ!」
「「「‥‥」」」
父上が居ない屋敷は、継母オリビアと弟シリウスの意向を優先とするようになっていった。
屋敷内に居辛さを覚えた俺は、屋敷の庭や厩で過ごすようになった。
そんな俺にも数少ない味方がいた。
獣人メイドのタマと厩のマシュー爺である。
「「ショーン坊っちゃん(ショーン様)」」
「タマ!」
「爺!」
タマとマシュー爺だけが、ふつうに接してくれた。
「ショーン様私とあそびますか?」
「うん!」
獣人メイドのタマは、俺のイメージとおりというか、コスプレ的(本物だけど)にも、どストライクな獣人メイドだった。
大きな目がくりくりと動く10代後半の猫獣人のタマ。
頭に飾られた白いブリムの後ろでぴくぴくと動くケモ耳に、ふさふさの尻尾、しなやかな肢体。迫力満点の胸元などなど(獣人は人族より成熟が早いみたいだ)
「うわあああぁぁぁぁーん」
「あらあらショーン様‥」
俺が庭で泣きながら縮こまっていると何も言わずに後ろから抱きしめてくれた。
2つの柔らかな弾力を背中に感じ、甘い女性の匂いもした。抱きしめられる度に、ナンマイダブツ・ナンマイダブツ・ありがたや〜と、心の中で神さま仏さまおタマさまに拝んでいた。
すると悲しみでいっぱいだった俺の辛さはウソのように消えた。
「爺また来ちゃった。何かお話ししてよ」
「おおショーン坊っちゃん。今日は何の話をしましょうかの。昔ダンジョンで大きなムカデに…」
厩のマシュー爺は、わが家ヴィンサンダー家が所有している馬を飼育している小柄な男だ。
厩に住んでいて、屋敷に居場所のない俺が遊びに行くといつもその手を止めて相手をしてくれた。
爺はなんでもよく知っていて、昔大陸のあちこちを旅した話などを面白おかしく話してくれた。
俺は爺の話が好きで、何度も何度も話をせがんだ。
爺の心躍る話から、冒険者になることを夢みた。
「お館様には内緒ですぞ」
「うん、俺と爺だけのヒミツだね!」
爺は昔冒険者だったと言う。冒険者、魅力的な響きだなぁ。
俺は獣人メイドのタマと厩のマシュー爺が大好きだった。2人だけが広い屋敷の中で味方だった。
【 継母オリビアside 】
もうすぐこの家は私のものよ。
あと少しの辛抱。
ああそれにしても邪魔なショーン。
あの子の顔を見ているだけで腹が立つ。
可愛いシリウスちゃんに触らないでちょうだい!話しかけないでちょうだい!
▼
「(父上いつ帰るのかなぁ‥)」
このごろは父上が屋敷に帰ってくる日ばかりを心待ちに過ごすようになった。
誰が見ても俺は屋敷で独りぼっちだった。
メイドのタマと厩の爺だけが辛い日々の救いだった。
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