第6話 ユナの悩み

「うわ……すごい豪華なパーティー……」

 

 学園迷宮から何とか戻ってきた三人を迎えたのは、沢山の食事と絢爛な装飾だった。

 どうやら新入生歓迎パーティーのようで、既に戻ってきていた新入生と上級生たちがいろんなところで食事を取ったり、友人と話したりと各々が自由に過ごしていた。


「今年も豪華なパーティーだな。俺はこのまま少し食べてくが、二人はどうする?」

「制服が少し汚れてしまってるので、着替えてからまた来ようと思ってます。ユナもそれでいい?」

「うん。流石にこの服のままじゃ嫌だし」


 瓦礫に巻き込まれ、洞窟の中を歩き回り、強敵と戦った私達の制服は汚れに汚れてしまっていた。あちこちに土汚れがついていたり一部が焦げていたりと新品だった制服は今日一日の出来事によって既にボロボロだ。

 幸い制服は『清潔』クリーニングという魔法付与エンチャントが施された特注品であり、焦げてしまっていたところは治る。

 だが、どうしても土汚れといったところは落とせないので洗って落としておく必要がある。


「分かった。それじゃ、また後でな」


 ▽


 どうやら聞いた話だが、明日は入学式の振り替えと授業準備のため休日のようだ。

 そのせいか、もう夜になるというのにパーティー会場である体育館にはいまだに人や料理は多く残っており、空腹の私達には我慢しがたい匂いが漂っていた。はげ


「何食べようか、レネちゃん」

「肉料理とかいいんじゃないかしら。あっちの方に行ってみましょう」


 レネちゃんが指を差した方向を見ると、肉料理が沢山置かれているテーブルが目に入る。

 肉料理、確かにペコペコになったお腹には最高の一品だ。よく見てみると、ビーフシチューやローストビーフなど好物が沢山置いてある。


「いいね! 行ってみよう」


 肉料理のコーナーに着くと、何やら人だかりができていた。私とレネちゃんは料理を取るために少しずつかぎ分けて進んでいくと、ある人を見つけた。


「……アロ先輩。なにやってるんですか」

「んああ? ああ、ユナとエレーネか。見ての通り、料理食べてるんだよ」


 先輩のお皿を見ると、ローストビーフやチキンソテーなど、数々の肉料理でひとつの山が築かれてしまっていた。


「先輩って……意外と食べるんですね」

「当たり前だろ、こっちは育ち盛りなんだよ。それよりユナたちも食べないのか?」

「いや食べますけどぉ……」


 手渡されたトングを受け取って、いくつか料理をお皿に盛る。先輩とは違い、山ができるほど盛ってはいないが、ある程度は盛っただろう。


「おい、あの料理めっちゃ盛ってるやつ、六年生の『彗星』じゃね……?」

「『彗星』……? もしや、決闘ランキング十位に上がったって言うあの!?」


 何となく気付いてはいたが、先輩はこの学校だと有名人のようだ。野次馬を聞きつけて、更にどんどん珍しいもの見たさで人が集まってくるのを感じる。


 このままではどんどん人が集まって食事どころかまともに話すらできない。どうしようか迷っていると、先輩は紙皿を魔法で浮かせるという神業を見せながら私達の手を掴んだ。


「ここじゃまともに食えないだろ。ほら、あそこのテーブル席に行くぞ」


 そのまま先輩に腕を引かれてなんとか野次馬を抜け出すと、体育館の隅の方にあるテーブル席を一つ陣取ってやっと一息つくことができた。


「薄々気付いてたけど、アロ先輩ってこの学校だと有名人なんですね〜……」

「まあ最近は決闘ランキングにも載ったしな。普通の学生よりは目立っているかもしれないな」


 決闘ランキングというのは、その名の通り決闘によって決められるランキングのことである。

 

 魔法使い同士が『不死の魔法』イモータル・マジックという魔法を杖剣にかけることで相手に致命傷となる一撃を与えたら勝ちという単純なルールで決闘をするものだ。(もちろん大怪我になることはないが)


 魔法使いの戦いというのはなかなか見られるものでもなく、生徒たちからも人気のあるもので上位同士の戦いだと会場が埋まるほど白熱すると聞いた。


「決闘ランキングに載るって……。何か目的でもあるんですか?」

「いや、特にないかな。……強いて言うなら俺の魔法の師匠に追いつくため、かな」


 笑ってそう語る先輩は、何故だかとても寂しそうに見えてしまった。どう声をかければいいのか分からず、少し黙ってしまった。


「……そういや、二人は何でこの学校に入学したんだ?

 それなりの理由がないとこの学校は選ばないと思うが」

「私は……家の方針が大きいです。両親は『行きたいところに行け』と言ってくれたんですが、分家の方や他の親戚からも批判が大きくて……」

「名家出身だったり貴族出身だったりするとそう言う話はよく聞くな。ユナは何かあるのか?」

「いろんな人を助けられる、『カッコいい』魔法使いになるって夢を叶えるためです!! 強くなるためにここに来ました!」

「!?」


 私がそう言うと先輩は驚いた顔をしてから、いきなり笑い始めた。


「はは、いい夢だな! 今じゃこの学校は実力と肩書きを求める奴が多いってのに、ユナみたいな奴は珍しい。頑張れよ!」

「ありがとうございます、アロ先輩! ……でも、私みたいな未熟な魔法使いが、魔法の『明るい』一面しか知らない魔法使いが、本当に強くなれるか今日で分からなくなってしまいました……」

「ユナ……」


 レネちゃんが心配したような目でこちらを見てくる。

 

 お父さんは『同年代だと頭一つ抜けて強い』と言ってくれたけど、今日一日でどうしても分かってしまったのだ。

 私がどれだけ魔法使いとして未熟なのかを。


 今までは、魔法の『明るい』一面だけを見てきた。

 魔法を練習するときはお父さんが付きっきりで教えてくれて楽しく出来たし、今まで会ったことのある魔法使いの人達はみんな優しかった。


 だから、魔法って『楽しいもの』だって思っていたんだ。だけど、初めて明確に殺されそうになった。初めて実力の差を思い知った。

 そんな未熟な私が、本当に強くなんてなれるのだろうか。


 落ち込んでいる私を見て、アロ先輩が話しかけてくる。


「……あのなぁ、一年かそこらの魔法使いのヒヨコが実力がないとか魔道が怖いだとかで迷ってどうする。お前らは将来有望な魔法使いなんだよ。自信もて」

「でも……」

「……ま、俺も昔はそうだったよ。魔法付与エンチャントの実習は魔力込めすぎて武器は壊すわ、魔法戦闘の模擬戦は魔法が暴発して怪我するわ、色々俺も未熟だったもんだよ」

「……アロ先輩にもそんな時期があったんですね」

「あの吸血鬼ヴァンパイアとの戦闘を見た後だと、そんなこと考えられません」

「俺を何だと思ってるんだ、俺だって天才じゃない。というか、大多数の先輩なんてそんなもんだ。みんな実習で一回は武器ぶっ壊したり爆発させたり、模擬戦で暴発させたり魔力切れ起こしたりする。みんな最初はヒヨコなんだよ」

「私も、昔お父様のそういう失敗のお話を聞いたりしたわ。みんなそういうのなんじゃないかしら」


 誰だってそんな時期があり、みんなヒヨコ……か。

 日々憧れてきた魔法使いにもそんな時期があったのだろう。だけど、努力して強くなってきたのかもしれない。

 そう考えると、少しだけ楽になってきた。


「……そうですね! 私、こんなところで止まってちゃいけません! 強くなってヒーローのような魔法使いになるんですから!」

「やっと元気なユナちゃんが戻ってきたわ。これから一緒に頑張りましょ」

「うん!」

「元気になったようで何よりだ」


 今はまだ、弱い魔法使いかもしれない。

 だけど、ここから少しずつ強くなっていけばいいんだ、私は。

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