第5話 先輩の実力

 肉薄する俺に、かぎ爪が振り下ろされる。

 剣先のように尖った爪は重く鋭く、正しく命を刈り取る一撃と言ってもいいだろう。


「はあああああああああああ!!!」


 その一撃を当たる直前に杖剣をかぎ爪の根元に差し込み、受け止める。

 受け止めた直後、耳を塞ぎたくなるほどの金属音が大広間に鳴り響いた。だが、耳を塞いでいる余裕なんてものは存在しない。

 耳鳴りを我慢しながら俺はそのまま杖剣に力を込め、かぎ爪を少しずつ押し返す。


 「ッ!」


 すると奴は、人間如きに押し返されるなんて考えてすらいなかったのか、動揺したように見えた。

 更に力を込めて完全に押し返すと、奴はそのまま体勢を崩し後ろに転びそうになる。

 その隙を突いて俺は更に前に出ようとする。

 が、奴の喉元を貫くまで後一メテル……までいったところで俺は寸前に後ろに跳んだ。


「やっぱりな」


 俺が一秒前までいたところを大きな黒い刺が貫いていた。

 あれは半径数メテルの地形を変形するという魔法で魔法が得意という吸血鬼ヴァンパイアらしい攻撃方法だ。

 あと少し出るのが遅れていたら俺は串刺しになって死んでいたかもしれない。

 だが、そんな未来は何回やっても訪れないが。

 

「魔力が駄々洩れなんだよ、お前」


 魔法を撃つ前に微力ながら魔力が動くのを感じた。

 他の魔物ならこれで仕留められていただろうが、魔力察知は魔法使いの本領、あまり舐めないでもらいたいものだ。

 

 人の身でありながら魔法という超常現象を使いこなす者。

 当然魔物より体は脆く、体力もない。

 ではそんな人間の魔法使いがどう強くなったのか。

 

 答えは明白。

 魔法をいかに無力化し、いかに己の最大威力を叩きこむかを学び続けてきたから。


「キサマアアアアアアアアアアアアア!!!」


 己の魔法を避けられるという屈辱を浴び、吸血鬼ヴァンパイアは激昂する。

 冷静さを失ったやつはそのままこちらに我武者羅に魔法を放ち、時にかぎ爪を振り下ろし攻撃を続けてくる。

 その嵐のような攻撃の数々を俺は時に躱し、時に魔法で受け止め、時に杖剣で受け止め続ける。


 こちらが有利に見えても相手は最上位種の魔物。どうしても魔力の差というのが出てきてしまう。

 そのため、行動をする際は最小限の魔力で受け止めることを最優先に立ち回る。


 そのまま相手の攻撃を防いでいると、奴は少しだけ攻撃の手を緩め始める。

 このまま受け止め続けることもできるのだが、今は可愛い後輩に見てくれている。流石にずっと受け止め続けてジリ貧勝利というのも華がない。

 そんなわけで、俺はターンを奪い返すために攻勢に出る。


 先程の攻防で五分での近距離戦闘は分が悪いと悟ったのか、相手は距離を取るために後ろへ跳ぶ。


「逃がすわけないだろ─『風の舞踏』ウィンドムーブ!」


 風属性中級魔法『風の舞踏』ウィンドムーブは魔法によって動きを補助することで、自身の機動力を底上げするという魔法。

 俺に向かって飛んでくる魔法の数々を反復横跳びをするように躱し続けながら距離を詰め続ける。

 どんどん魔法を避け続け近づいてくる俺に焦り始めたのか、あいつの狙いは更に雑になり始める。


「魔法ってのは落ち着いて撃つもんだ。魔物の王が聞いて呆れるぞ」


 雑に放った魔法なんて少しずれるだけですべて躱しきれる。

 俺と吸血鬼ヴァンパイアの距離は残り数メテル。

 弱くなってしまったかつての王に引導を渡すために、俺は杖剣に魔法を込める。


魔法付与エンチャント─|『万雷』ばんらい!」


 途端、杖剣は雷が落ちたような轟音を鳴り響かせながら雷を纏い始める。

 その剣を見た瞬間、吸血鬼ヴァンパイアは本能的に命の危機を感じたのか先程までとは違い魔法すら放たず全力で後ろに逃げ始める。


(マズイ……!コンナトコロデシヌワケニハ─)

「今更逃がすわけないだろ」


 数メテルから十メテルに広がった距離を全力の『風の舞踏』ウィンドムーブで詰める。

 一瞬で零距離に近づいた俺はそのまま奴の魔石があるだろう心臓部を杖剣で貫いた。


「グアアアアアアアアアア!!!!!」


 そのまま奴は悲鳴を上げながら灰になっていった。

 

「久しぶりに杖剣に魔法付与エンチャントをしちゃったな……。今日は手入れしとかないと」


 酷使してしまった相棒の心配をしていると、戦いの一部始終を見ていたユナとエレーネが駆け寄ってくる。


「先輩! 戦ってる先輩、めっちゃかっこよかったです! おとぎ話の主人公みたいでした!」

「おう。ありがとな。 そんなことより二人とも、怪我は大丈夫か?」

「少し休んでいたので大分マシになりました。 先輩も大丈夫でしたか?」

「俺は迷宮に潜ってるから何回かこいつと戦ってるよ。戦い方も熟知してるつもりだし、怪我はしてない」


 そうして簡単に杖剣の手入れをしていると、二人が話しかけてくる。


「あの、先輩……。助けてくれてありがとうございました!」

「気にしないでくれ。可愛い後輩を守るのも先輩の役目だからな」

「そうは言っても……。アロ先輩が来なかったら私達は死んでいたかもしれません。本当にありがとうございました」

「そんな堅苦しいのは俺が苦手なんだよ。……とりあえず本校舎まで戻るか。ほら、こっちだ」


 手入れを済ませると、俺は大扉と反対の方へ歩き出した。


 ▽


 迷宮から本校舎へ戻る道の途中、私は思い切ってアロ先輩に聞いてみた。


「あの、アロ先輩! さっき襲ってきた男の人って……」

「……ああ、襲われた被害者だ。説明しないほうが失礼だな。─君達は魔法主義、という言葉を知っているか?」


 知らない単語が出てきて困惑した私を横目に、レネちゃんが話し始める。


「……一応簡単なことなら。魔法が使えない人類、通称『普通人』よりも魔法が使える『魔法使い』の方が立場や位が上という考え方、という認識で合ってますよね?」

「大体そういう認識で合っている。……今はもうほとんど否定されている考え方だけどな」

「初めて聞きました……。そんな差別がまかり通っていた時代があったんですか……?」

「何十年も前に謳われていた考え方だからな、知らないのも無理はない。それに、昔と違って今はもう普通人と魔法使いの比率は変わってきているし、協力し合っていくともそれぞれの代表が取り決めているからね」

「じゃあ、魔法主義が先程の男となんの関係が……?」

「あの男は、いや。あいつらは魔法主義を実現しようと目論む集団『カラミティ』だ」

「「!?」」

「正確には、魔法主義を理想と掲げている、といった方が正しいかな。魔法主義を実現させるためには脅迫や殺人などの犯罪、禁忌魔法の使用など手段を選ばない最悪の集団だよ」

「そんな集団が……なんで私達を狙って……?」


 魔法使いを理想とする魔法主義を掲げているならばなぜ魔法使いである私達が狙われたのか? 入学したばかりのひよっこ魔法使いを襲って何になるというのか。


「恐らく、君達の血筋が目当てなんだと思う。偉大なる魔法使い『星霜』の子供であるユナに、名家アスタリーク家の次女であるエレーネ。最高の血を受け継いでいるといっても過言ではない。『カラミティ』が行おうとしている禁忌魔法の媒体に使うために襲ったんじゃないかな」

「なんで私達のこと……!?」

「二人は新入生の中でも有名人だったからな。それで狙われたんだと思う」

「そんな……! じゃあまた襲いに来るかもしれないってことですか……?」


 私達はまだ魔法使いとして未熟だ。それなのに、あんなレベルの魔法使いがずっと狙っているなんて知ったら何も行動できなくなってしまう。


「その可能性は十分あるだろうね。だから、できるだけ人目に付く場所にいるんだ。だけど、油断はするな。相手は、この世界の秩序を壊そうとしているのだから─」

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