第4話 古代の魔物

「なんで……お前がここにいる! 『彗星』!」


 男の顔は驚愕と絶望が混ざったような声を上げた。

 しかし、そんなリアクションをされても『彗星』と呼ばれた先輩は気にした素振りも見せず、質問を続ける。


「質問をしているのは俺だ。将来有望な後輩をいじめて何をしてるんだって聞いてるんだ。後、その名前で呼ぶな」

「う、うるせえ! 俺はあの方から命令されただけだ!」

「あの方?……ああ、例の集団が崇拝してるやつか。それで、後輩を襲うことに何の関係が?」


 先輩は冷静に奴を問い詰めていく。その場に居合わせた私達はどうすることもできず、ただその場に固まっていた。


「私達……どうすればいいんだろうね、レネちゃん」

「私に聞かないで頂戴……。とりあえず、あの先輩は守ってくれたみたいだし悪い人じゃなさそうね。もう少し待ってましょう」

「そうだねー。……いてて、まだちょっと痛むなぁ……」

「大丈夫? 応急処置にしかならないけど、これ使って」

「ありがと~……。やっぱレネちゃん頼りになるね!」


 結局私達は待機するという結論に至り、受けた傷をポーションで治療して少し待つことにした。

 

 そんなこんなで少し待っていると、いきなり男が先輩に向かって怒鳴り始めた。


「だからぁ! 俺は命令されただけって言ってんだろ! もう鬱陶しいんだよ! さっさとどけやぁ、『彗星』!」

「ッ!? 先輩!」


 何回も詰められた男はいきなり激昂し、先輩に斬りかかろうとする。

 

「それは予測済みなんだよ」


 斬られて血塗れになるという惨状を想像した私は目を背けてしまったが、悲鳴が聞こえてくることはなかった。代わりに金属同士がぶつかった高い音が耳を突く。その音で現実に戻され顔を戻してみると、先輩は体の前でしっかりと杖剣を受け止めていた。


 「な、んで……これを防げるんだッ!?」

 「踏み込みが甘い、剣筋が甘い、択が安直。そんな攻撃じゃ俺は倒せないぞ」

 「貴様ぁ……! ぐあああああああああ!!!!!」


 先輩は杖剣を受け流し、流れでカウンターを決めに行く。先輩が振るった剣はそのまま奴の手首を斬り落とした。


「クソがッ……!」

「どうする? このまま戦い続けるか?」

「へ……。無理に決まってんだろ、この腕じゃ。……目的は果たせなかったが仕方ない。『炎球』ファイアボール!」


 奴は挑発には乗らず、そのまま数十の魔法を放ってくる。その魔法は先輩に放たれたかと思われたが、先輩に当たる寸前で急に軌道を変える。


「ッ!? お前、まさか!」

「お前に向けても無駄だ。狙いは結局あいつらなんだからなぁ!」


 先輩に当たるはずだったその数十もの魔法がそのまま私達に飛んでくる。数個だったらさっきと同じように私とレネちゃんでも対応できるのだが、その倍は確実にあるような個数は流石に無傷では済まないだろう。

 だが、そんなことは言ってはいられない。少しでも生存確率を上げるには受ける個数を減らさなければならない。そのことをレネちゃんも理解しているからか、自然と私とレネちゃんが取る体制は同じになる。


『水の銃弾』ウォーターバレット!」


 同時に魔法を発動し、そのまま十発ほどの『水の銃弾』ウォーターバレットが飛んでいく。全弾が『炎球』ファイアボールと相殺していくが、それでもまだ半分程度残ってしまっている。

 だが、もう魔法を使うことはできない。私とレネちゃんは少しでも受けるダメージを減らすために頭や心臓など、急所を杖剣や腕で守る防御態勢を取ろうとした、その時─。


不溶不壊ふようふえの氷で以て、かの者を守り給え─『『金剛氷壁』バジュラ・アイス!」

 

 呪文が聞こえた、次の瞬間。

 分厚い氷でできた壁が、私達と『炎球』ファイアボールを分断した。その数瞬後、着弾したが炎が氷を溶かすことはなくまさしく鉄壁と呼ぶにふさわしかった。

 そのまま、呆けていると奴を撃退した先輩がいきなり話しかけてくる。


「大丈夫か? 怪我とかはしてないか」

「あ……大丈夫です。助けていただきありがとうございました、先輩!」

「アロでいいよ、俺の名前」

「アロ先輩……! 本当にありがとうございました!」

「いや、まだ終わってはないぞ」


 アロ先輩はそのまま後ろを振り向いて指を差す。

 

「ッ!? あれって……!」


 禍々しいオーラを放っていた一本の剣が抜かれており、地面に無造作に投げ捨てられていた。先程の男が時間を稼ぐためにやったのだろう。

 抜かれた剣は刺さっていた時よりも強く魔力を放ち始め、その魔力に呼応するように壁に描かれた古代文字が光を放ち始める。


「さっきの奴が逃げるときにやったっぽいな。……たく、めんどくさいことしやがって」

「先輩、この魔法は?」

「この魔法は次の階層に行くための試練のようなものだ。すべての階層にあるわけではなく、一定周期で試練が訪れる」

「試練のようなもの……。大体把握しました。じゃあ、この階層の試練は?」

「この階層の試練は─魔物を倒すことだ」


 光の点滅が終わると、突如大広間に轟音が鳴り響き同時に土煙が立ち始める。

 

「なんの音……!?」

「ほら、さっそく試験官のお出ましだ」


 土煙が晴れると、少し先の方に人影のようなものが見え始める。

 考えたくなかったが、さっきの轟音は魔法発動が完了したという証だったようだ。

 剣先のように尖った爪、妖しく光る赤い目、そして人間より発達した八重歯─吸血鬼ヴァンパイア

 

「あれは、吸血鬼ヴァンパイア!? 絶滅したはず!」


 古代に存在したとされている最上位の魔物、吸血鬼ヴァンパイア

 多くの魔物を圧倒的な力で従え、魔物の王として人類を恐怖に陥れていたのだという。

 しかし性格は横暴で独裁的。そのため魔物にも人類にも敵が多く、最終的には種族ごと迫害され絶滅した、と本で読んだことがある。

 

 「あいつは本物じゃない。この迷宮が生み出した幻影だ。強さもオリジナルには遠く及ばないだろう。だが─」

 「ここから出るにはあいつを倒すしかない」

 「!? そんな……」


 先輩が言うには、ここは試練の場。

 だから、迷宮はどちらかが死ぬまでこの部屋から出ることはできないという呪いをかけてくるそうだ。

 そのことを聞いて驚きの声を上げてしまった。


 「君達、正直もう戦えないだろ。ユナちゃんは脇腹を怪我してるし、レネちゃんも炎球ファイアボールを斬った時にちょくちょく火傷してる」

 「なんで、それを……!」

 

 レネちゃんが驚きの声を上げる。

 私が蹴られたのは先輩も見ていただろうから納得できるが、レネちゃんが怪我しているのは私も気付かなかった。

 

 「先輩、なんで気付いたんですか? 少し痛むぐらいだったんですか……」

 「んなもん、見ればわかる。魔境ここで何年生き抜いてると思ってるんだ。そんなのもできなかったら俺はとっくに死んでるよ」


 先輩のその言葉からは、ここで数えきれないほどの死線を潜ってきたのが分かる。

 ……やはり、この学校は華やかなところなんかではない。地獄のような場所だ。


 「まあ、とりあえず少し休んどけ」

 「……分かりました。でも、先輩一人で吸血鬼ヴァンパイアと戦うなんて、大丈夫なんですか?」

 

 相手は古代の魔物を従えていた最上位種。そんな魔物と一対一なんて、死にに行くのと変わらないのではないか。


「安心しろ。流石に先輩をなめすぎじゃないのか?」


 先輩は相棒である杖剣を抜き出すと、その切っ先を吸血鬼ヴァンパイアへ向ける。


「そんじゃ、ちょっと先輩の実力とやらを見せるための犠牲になってもらおうか」


 その瞬間、先輩は凄まじい踏み込みで吸血鬼ヴァンパイアへと肉薄する─。

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