第3話 襲撃者

「さっきまでいた場所とそこまで変わらないように見えるわね」

「そうだね……ってこの壁一面に書かれてる文字はなんだろう? 魔法?」

 

 『光球索敵』サーチライトの反応が途絶えたところに来てみると、少し広がった空間に出た。

 先ほどまでと明確に違うのは壁に不思議な文字が描かれていることか。ただの文字ではなく魔力が込められており魔法発動のための呪文であることが本能的に理解できる。

 それも、私たちでは発動できないような強大な魔法であるということも。


「おそらく、そうね……。文字的に古代の魔法に近いような感じがするわ。これと似たような文字を歴史書で見たことがあるわ」

「しかも空気中の魔力がすごいことになってない? ちょっと気持ち悪くなって来た……うっぷ」


 込められた魔力が高いほど、使い手の実力が高いほど、魔法の威力は増加する。この部屋は濃い魔力で充満しており、暴発したらひとたまりもないだろう。

 同時に、魔力濃度が急激に変化したからか吐き気がこみあげてくる。


「大丈夫? あまり無理しちゃダメよ。魔力病もあるんだから」


 魔力病とは、魔法使いの体内をめぐる魔力濃度が急激に変化した際に起きる症状全般を指す。

 基本的には空気中の魔力濃度が急激に変化したとき、魔力を使いすぎた時などに起こり、吐き気や眩暈のような軽症から意識を失うなどの命に関わるような重症までその症状は幅広い。

 対処法は魔力が回復するのを待つか、他者から介入してもらうかなどに限られている。


「ぐぅ……。大丈夫、そんな吐くほどじゃないから……」

「ならいいんだけど……。無理しちゃダメよ?」

「うん、ありがとぉ……」

「とりあえず、無理のない範囲で歩き回ってみましょうか」

 

 眩暈や吐き気などの体調不良も感じながら、部屋と呼ぶには大きすぎる空間を歩き回る。

 少し歩いた後、奥の方に深々と刺さった一本の剣とその更に奥に大扉があった。刺さった剣からは禍々しい色をしたオーラが滲み出ており、見る者に恐怖すらも与えてしまうだろう。


「あの剣、何か不気味だね……」

「あの滲み出る魔力から見るに、古代魔法発動のトリガーになっているようね。あの剣に衝撃を与えたり、魔力を込めたりとか、なにかしらアクションを起こすとこの古代魔法が発動する、ていったところかしら。なんにせよ、何もしない方が良さそうね」

「触らぬ神に祟りなし、だね!それにしても、光球索敵サーチライトが消えたから何かあると思ってたんたけど、何も見つからないね」


 光球索敵サーチライトは人や魔物などに反応をするものだ。だから、何かしら魔物がいるかもと思ってここまで来たのだが無駄足になってしまった。これからどう帰ろう。

 ─そう思った瞬間、大扉の物陰から一瞬の魔力を感じた。

 そのあとすぐ、ナイフのような何かがこちらに向かって物凄い勢いで飛んでくるのが見えた。


「「ッ!?」」


 すぐさま身体を捻り紙一重でナイフ状のものを避ける。

 避けたナイフは減速することなく風を切り裂いていき、ずっと後ろにあった壁に突き刺さり爆発したような音が広間に響く。


「ほう、今の攻撃を避けるか。新入生のガキにしては中々実力のある奴らだな。まあ、アスタリークの次女とあの『星霜』の子供だったらそりゃあ骨のあるやつに違いない、か。だからこそ、あの方は狙ってんだな」


 突如、大扉の方から少し渋い男の声が聞こえてくる。

 慌てて振り向くと、私達と同じ|を纏い、目元をマスクで隠した怪しい男が立っていた。


「あなたは、一体……!」


 私とレネちゃんは腰にかけてある杖剣に手をかけ臨戦体制を整えながら、目の前の男に問いかける。

 その問いを聞いた男は、少し笑いながら話し始める。


「はは、俺が何者か? そんなのはどうでもいいだろ? これから死ぬやつに語る必要も義理もないさ」


 昔読んだ本でこういう、正しく悪役! みたいな人が出てきたのを思い出した。本当にこういう人現実にいるんだね……。

 あっ。嫌そうな顔をしたレネちゃんと目が合った。どうやらレネちゃんも同じような感想を抱いたようだ。

 

「レネちゃん、私、昔読んだ本でこういう変な人見たことあるよ……。こんな人本当にいるんだね」

「私も、十六年生きてきて初めて見たわよ。気持ち悪いわ」

「失礼な奴らだな!? ……まあいい。結局お前らはここで殺すだけだ。魔法使いとして生まれてきたことを嘆きながら死んでいけ─『炎球』ファイアボール!」

 

 男は杖剣を手に取り、一秒も経たずに『炎球』ファイアボールを私達に向かって十個近く放ってくる。

 その全てが頭、心臓、脇腹、膝当たったら急所となる場所を的確に狙ってきていた。


「完全に殺しにきてるね……『水の銃弾』ウォーターバレット!」


 レネちゃんと私に丁度五個ずつ飛んでくる。一つ一つの威力は命を取るまでには至らないだろうが、当たった時点でこの相手には終わったようなものだろう。

 自分に飛んでくる五つのうち三つは、対抗属性である水属性魔法をぶつけることで蒸発させ相殺、もう二つは魔法を放った勢いそのままに杖剣を振るい『炎球』ファイアボールを切り裂いた。横目でレネちゃんを見ると、杖剣で全て切り裂いていた。


「……あれ? さっきの人はどこに行ったんだろ?」


 蒸発してできた湯気が明けた後、視界の中には先程まで立っていた男を見つけることはできない。


「さっきの攻撃を止められて退いた……? でも、たった一回の攻防であの相手が退くなんて非効率なことを取るかしら」

「不自然だよね。退いたにしては魔力の途切れ方がおかしいし、かといって近くに魔力が感じられないし……」


 魔法使いとして魔力の感知とは生命線といっても過言ではない。相手の魔法に何属性の魔力が込められているかを感知することでいち早く対応することができるし、奇襲を仕掛けてくる場合にも魔力を感知できる範囲が広ければ広いほど余裕をもって戦うことができるだろう。そのため、魔法使いの基本はまず魔力の感知から入る。それはユナとエレーネにおいても例外ではなく、二人ともすでにこの歳では敵うものはいないぐらいには魔力の感知には長けているつもりだ。

 それなのに、魔力を半径十メテルほどの範囲からは感じることができない。


「魔力感知だけでなく、自分の目も使うべきだったな」


 突如、私の左斜め後ろからやけに鮮明に渋い声が聞こえた直後、背筋から冷や汗がドバっと出てくるのを感じた。

 咄嗟に振り向いて杖剣を振るうと相手の杖剣を捉えることができ、甲高い金属音が大広間に響き渡る。

 

「ッ!」

「ほう……。今の奇襲に対応するか」


 危なかった……。今の一撃はほとんど運で決まったようなものだ。

 レネちゃんの方を見ると、私の援護に入ろうとしているのが見えた。

 

「ユナ!」


 しかし、その刃は男には届かない。

 

「おっと、邪魔をするな」


 男は左手を使って『炎球』ファイアボールを私の隣に立っていたレネちゃんに向かって放つ。数メテルもない至近距離から魔法を放たれたレネちゃんは咄嗟に後方に跳ぶ。

 その間にも私と男の剣はせめぎ合っていたが、どうしても力の差が出てしまう。若干押されてしまっており、もう少し押されたら脇腹に届くだろう。


「近接戦闘は剣術だけじゃないぞ」

「うわぁ!」


 杖剣に込められた力が一瞬緩められたことで、体制が崩れ転びそうになる。

 立て直さなければ、そう思った次の瞬間には体に重い衝撃が走り、小さい体は数メテルほど吹っ飛んだ。


「んぐぅ……くふ……」

「レネちゃん!大丈夫!?」

「うーん……なんとかぁ……」

「出血は……してないみたいね。命に別状はなさそうでよかったわ」


 吹き飛ばされた私を見て、レネちゃんは私のもとへ駆け寄ってくる。

 体勢を崩した一瞬の隙を突かれ、蹴りを入れられたのだ。まだ動くことはできるがそれでも万全時の七割に届くかぐらいのパフォーマンスしか出せないだろう。

 そんな私たちを見て男は一歩一歩ゆっくりと、けれど確実に近づいてくる。

 男は私たちまであと数メテル、というところで立ち止まった。


 「手こずらせやがって。潔くやられればいいものを─」

 「ふざけないで!」


 私に寄り添っていたレネちゃんは、威嚇の意を込め杖剣を男へ突き出す。しかし、そんな抵抗は効かない、とでも言うように男は杖剣を払いのける。


「ああ? まだ抵抗すんのか。……まぁいい。どのみちここで終わりだからな、散れ。─怒りの炎よ、燃え滾れ。『業火』ヘルファイア!」


 呪文が唱えられた瞬間、蝶が羽を開くように男の後ろに炎が広がった。

 先ほどまで使っていた初級魔法『炎球』ファイアボールより格上の中級魔法であり、威力に特化した魔法でもあるため、当たったらひとたまりもないだろう。その証拠に数メテル離れているにも関わらず、ここまで熱量が伝わってくる。


「ぶっちゃけ、お前らに恨みはない。恨むならその血筋を恨むんだな」


 そう言って、一匹の大きい蝶のような炎が私たちに飛んでくる。

 もう、ダメか。そう覚悟を決める─。

 しかし、いつまでたっても炎は飛んでこない。うつむいた顔を上げると、私達と男の間に、入学式で隣に座っていた男の人が立っていた。その人を見るとたちまち男の顔は驚愕に染まり、炎は完全に消えていた。

 そうして、先輩らしき人は男に向かって質問を投げかける。

 

「お前、将来有望な後輩いじめて何やってんだ? 返答次第では命はないと思えよ」


 その声は、入学式の時の優しい声色ではなく、少し怒りが混ざったような声色だった。

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