第2話 魔法学園の洗礼

「いったぁ……ここ、どこ?」


 どうやら、崩壊の勢いで本校舎地下に落ちてしまったようだ。腕時計を見ると 意識を失っていたのは数分程度。

 辺りを見渡してみるとところどころヒビの入った石壁に数メートル間隔で壁に松明が置かれている、少し広い空間にいた。一番近いイメージは迷宮にあるような休憩部屋だろうか。


「そこまで高くなかったのかな……」


 魔法すら使わず落下したはずなのに目立った外傷は見当たらない。

 上を見てみると、どうやら数メートルほどの高さだったらしい。落ちるときに見えた光景では底なしのようにすら思えたのだから不思議だ。魔法使いの体は一般人よりも丈夫になっているのでこれぐらいだったらそこまでダメージは負わない。

 それでも痛いものは痛いのだが。


「そうだ。レネちゃんは?」


 先ほどまで一緒にいた幼馴染の姿は辺りには見当たらない。

 数メートルほどの高さだったらレネちゃんも重傷ではないだろうしそこは心配するところではないのだが、場所が場所なのだ。もし想像通りの場所だったなら入学したばかりの私たちが本来入っていいような場所ではない。


「んぐぅ……ユナちゃーん……どこぉ?」


 突然後ろの方から聞き慣れた声が聞こえてきた。

 しかし、知性を感じるような少し低い声ではなく、寝起きのような少し高い声だ。

 慌てて振り返ってみると、さっきまで瓦礫で埋もれていた場所から一本の手が出てきていた。


「うわあああああああ!?」


 さっきまで何もなかった場所にいきなり腕が生えてくる、ホラー小説の読みすぎで私の頭が狂ってしまったのかと思った。

  

「うーん……うるさいわねぇ……」

「……て、あれ? レネちゃん?」


 私がそう声をかけると、レネちゃんは小さい声で返事をしながら瓦礫を片手でどかしながら起き上がってきた。

 のびをしながら、まだ起きたばかりでぼーっとしているのか目をこすりながら返事をする。


「んぁ……? おはよ〜ユナちゃ……って! ユナちゃん!? どうしてここに!?」


 私の姿を再認識するといつもの様子からは想像できない年頃の女の子らしい寝起きから一転。

 よほど恥ずかしかったのか熟したリンゴのように顔を赤らめながら数メートルほど後ずさる。


「あ、いや。いきなり床が崩れてここに落ちてきたら、大丈夫かなって……」

「そういえば……起きてすぐにユナちゃんに会えたから少し興奮しすぎてしまったわ、ごめんあそばせ」


 ……こういうテンションのレネちゃんはもう触れない方がいいんだよね。謎にお嬢様モード出てるし。

 

「……うん、大丈夫だよ。それより、レネちゃんも怪我はない?」


 そう言うと彼女はひとしきり体を動かした。どうやら足や手に少し擦り傷が出来ているぐらいで動く分には問題ないようだ。


「特に問題はないわ。動く分には大丈夫よ。……それよりここ、どこかしらね」

「魔物とかはいないみたいだけど……入学式にいた他の学生がいないのは気になるけど」


 あの入学式には大勢の人がいたはずだし、あの崩壊の仕方だったら私達以外にもここに人がいてもおかしくない。

 それなのに私達以外の人が見当たらないのは意図的に作られた状況だからか。


「場所的にはロザナタリアの真下でしょう?……考えたくはないけれど、一つしかないでしょうね」

「私もその可能性しかないと思うなぁ……」


「「」」


 学園迷宮とはロザナタリア学園が所有する迷宮である。

 世界最大級の迷宮であり、何十層ものフロアから成り立つ。発見されて数百年が経つが、未だ謎が多い迷宮である。

 謎が多いとは言っても、浅層はほとんど安全であるので薬草など魔法研究の材料も多くあり実験や実習の場所としても使われている。


「……やっぱりそうなっちゃうよねぇ」

「仕方ないわ。本校舎の真下が学園迷宮なんだから」

「それもそっかぁ……。問題はここが何層に当たるのかなんだよね」

「そんな深くはないはずね。深層だったらもっと魔力の濃度が濃いし、そもそもこんな安全エリアなんて存在しないはず」


 迷宮というのはその性質上、深ければ深いほど魔物の強さや魔力密度が上がっていくのだ。深層の魔物など、七年まであるこの学校においても最低でも四年生以上じゃないと対処できない強さだろう。幸いにもそんな気配は存在しないのでまだ浅層だろう。


「じゃあ浅層かも。そこだけが唯一の救いかな」

「それでもまだまだ前途多難なのには変わりないわ。一番の問題は無事に戻れるかね……」


 レネちゃんの声は少し暗めであった。


「どういう道かすらも分からないからね……今は魔物がいないとは言え、この崩れた音で寄ってくるかもしれないし……。救助が来るのを待ってみる?」

「いや、救助は期待できないと思うわ。あの校長、崩れる直前に『こんな試験のようにな』って言っていたわ。これは一種の試験なんじゃないかしら」

「うわー……。まぁ、ロザナタリアの入学式は毎年何かやってるっていうし、あってもおかしくないね」


 ロザナタリアの入学式は先程やっていた厳粛な雰囲気のものだが、その前後にはイベントが行われ、新入生歓迎パーティーなるものも行われるらしい。

 例えば、上級生による魔法を使ったショーのようなものだったり、決闘ランキング上位の生徒による模擬戦だったりとそのジャンルは多岐にわたる。

 今回はたまたま迷宮に落とされるというはた迷惑なイベントだったに違いない。


「なんにせよ、厄介な話には変わりないわ。さ、早くここから脱出しましょう? 歓迎パーティーに間に合わなくなってしまうわ」

「そうだね……。なにはともあれ、少し動いてみよっか」


 少し歩いてみると、雰囲気がガラッと変わった。武骨な石壁から妖しく青い光を放っている魔石が所々埋められており、不気味さを感じさせる。


「迷宮って初めて来たけど……結構静かなんだね。もっとうるさい場所かと思ってたよ」

「というより、この迷宮がおかしいだけよ。本来ならもっと魔物が出てくるのが普通よ」

「そうなんだ。でも、魔物が出てこないのは正直助かるよ」

「そうとも限らないのよ。基本的な迷宮は、階層の出入り口は魔物がほとんど現れないから目印にできるんだけど……。迷宮において遭難は死に直結するわ。動ける範囲で、情報を多く集めないと」


 ロザナタリアの死亡事件はほとんどこの学園迷宮で起こっているという。薬草を取りに来て魔物に襲われる、一年生が迷って遭難など、多くのケースがある。

 だから、迷宮に潜る時は基本二人以上、一年生は先輩同伴もしくは地図を持っておくなどの掟が存在しているらしい。

 

 近辺を少し歩いてみたが、特に目ぼしいものは見当たらず、またさっきの広場に戻ってきてしまった。

 変わっている点はさっきまで山のように転がっていた瓦礫は跡形もなく消え去っていたことか。


「……! さっきまでの瓦礫の山が全て消えてる……?」

「もしかして、これが迷宮の『自動修復』リジェネ? 話で聞いていたけれど、こんな綺麗に修復されるんだ……」


 『自動修復』リジェネとは、ほぼ全ての迷宮にかけられている詳細不明の魔法付与エンチャントである。どれだけ迷宮を傷つけても、汚しても数分したら跡形もなく綺麗にされるという。誰がどのような目的で付与したのかも分かっておらず謎が多い。


「こんなにも綺麗に修復されるのね。初めて見たわ」

「これは目印が付けられないっていうのも納得できるね……。行き当たりばったりで動くのはやっぱり危ないかもなぁ」

「魔法でも使えたらいいんだけど……。索敵や情報収集ができる都合の良い魔法を私は知らないのよね」


 索敵などの専門分野の魔法というのは基本的に使い手が限られてしまう。もちろん、初歩的なものはこの学校でも習うが広範囲の索敵ができるものはどうしても減ってしまうのだ。

 

「じゃあ私にちょっと任せて欲しいな。ちょうどいい魔法を知ってるから─『光球索敵』サーチライト|」


 数瞬後、私の目の前に三つの光の球が浮かんだ。

 その球はそのまま私の周りを少し漂った後、少し先の暗闇へと消えていった。


「あの魔法は……? 初めて見たわよ、あんなの」

「あれはお父さんに教えてもらったやつだよ。簡単な索敵魔法みたいなやつ」

「ああ、お父様が……。それなら納得だわ。どういう原理なの、それ?」

「風属性の魔法を動力として使ってるんだよ。光属性は索敵範囲に設定してあるはず。魔力多めに入れてるから広めに見れるはずだよ」

「結構お手軽なのね。今度教えてよ」

「いいよ〜! 今度教えるよ。とりあえず、今は情報が集まるのを待とう」


 それから少しゆっくりした後、光球の反応が一つ消えてしまった。

 様子を見るに、魔物か何かにぶつかったのだろうか?


「あ。一つ反応が消えたっぽい。魔物にでもぶつかったかな」

「他の二つの反応が消えてないなら、この階層にそこまで魔物はいないのかしら。じゃあ、その光球が消えたところまで行ってみない?」

「そうだね。ここに一個だけ出して目印にしておくね」

「ええ。お願いするわ」


 一つだけ光球索敵サーチライトを出しておき、戻ってくるときの目印として使用する。

 そしてそのまま、反応が消えたところまで行くため暗闇に向かって私とレネちゃんは歩き出した。

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