第1話 ロザナタリア魔法学園

「それにしても、この桜は圧巻だなぁ……」

 

 見渡す限りの大部分を美しい桃色が染めるようなこの季節。例年この時期は花見だ幼馴染のエレーネとお泊り会だなんだと楽しいことでワクワクしていたが、今年はいつもとは明確に違うことがある。

 

 今日は入学式なのである。辺りを見渡してみると同じような黒ローブを着ている子がまばらに歩いている。

 私のように緊張している子、少し眠そうな子、水色髪の独特な雰囲気を放つ子など、本当にいろいろな子が見える。

 そんな景色を見ていると、これから新生活が始まるんだと改めて感じることができ、どうしても胸の高鳴りを感じざるを得ない。その高鳴りを止めるために、一度落ち着いて深呼吸をする。

 すーはー。あ、空気が意外と美味しい。

 何回か美味しさを味わっていると、隣にいない私に気づいたのか数歩先のエレーネが振り返って話しかけてくる。

 

 「何やってるの、ユナ。早くしないと遅れてしまうわ。流石に初日から遅刻なんて嫌よ、私は」

 「いや、ちょっと緊張しちゃってね……」

 「緊張? あの我が道を行くユナが? 珍しいわね」

 「その評価はひどくないかな!? 流石に緊張もするよ……レネちゃんは緊張してないの?」

 「ごめんなさい。……そりゃあ、私も緊張してるわよ。ここは私達魔法使いにとって憧れの場所だもの」

 

 魔法学園ロザナタリア。

 魔法使いの叡智と力が世界で一番集結している場所と言っても過言ではないだろう。世界トップクラスの魔法使い養成機関であり毎年多くの実力者を輩出している。同時に、脱落者も多く出している魔境と呼ぶにふさわしい学園である。この学園を無事に卒業できた時点で魔法使いとして一流であり、一つの魔道を極めた者と言えるだろう。

 

 その肩書と実力を手に入れるため、毎年多くの入学希望者が集まり、勝ち残っていくための壁の高さに散っていく。

 

 そんなロザナタリアの入学式。私とレネちゃんは入学試験を通り、この春から目標としていたこの学園に通うことができる。

 

 顔を上げてみると、威圧感すら感じる壮麗な城が目に入ってきた。この城は千年以上前から存在している歴史ある建物だという(もちろん改修なども行われているらしいが)。あの城の中に体育館や実験室など様々な設備があり本校舎として使われているらしい。今日の入学式やこれから始まる授業もこの城で行われる。

 

 「そうだよね。……もうこんな時間だ。じゃあ、会場入っちゃおうか」

 「そうね。もう少しだけこの桜を見ていたかったけれど」

 「終わった後にまた見て回ろうよ。時間もあるはずだし」


 こんなに美しい桜が咲いているのに、一回しか見ないなんて勿体無いだろう。せめて、もう一回だけ見に来たい。その思いは隣にいる幼馴染も一緒だったのかすぐに返事は返ってくる。

 

 「そうしましょうか。……へへ、今から楽しみだわ」

 「うん? 何かあった、レネちゃん?」


 たまにレネちゃんは変な表情をすることがある。いつもは知的なレネちゃんだが、こういうときだけちょっと怖くなるんだよね。

 

 「何もないわ。さあ、行きましょう?」


 そう言ってレネちゃんは手を差し伸べてくる。その手を握って横並びになりながら一緒に歩き出した。


 改めて近くで見ると、この城は存在感が凄い。

『硬質化』を始めとした魔法が建物全体に何重とかけられており、もはや一種の要塞にも思える。改めて世界最高の魔法学園に来たということを実感する。

 魔法に携わる者として、興味を惹かれないわけがない。私は吸い寄せられるように壁際に飾られている武器や魔道具アーティファクトに惹きつけられた。

 ロザナタリアには迷宮が付属しており、そこからの出土品がたまに飾られたり、生徒や教師が作成した武器なんかが飾られたりしているという話を聞いたことがある。

 飾ってあるものを見ていると、一つの両手剣が目に入る。

 よく見てみると、魔法付与エンチャントが幾重にもかけられており、生徒が作ったものであるということが分かる。

 

「魔法の練度が凄すぎるね……。ロザナタリア、流石だ」


 基本的に魔法付与エンチャントは、練り上げた魔力を媒体に込めその魔力を馴染ませることを指す。口で言うと簡単に聞こえてしまうが、魔力を練り上げる、魔力を馴染ませるという行為は容易ではなく、かなり鍛錬が必要であり術者のレベルにどうしても依存してしまうのだ。

 その事実を分かっているからこそ、どうしても魔法使いとしての差を感じてしまう。

 

「この武器だけでもそこら辺の魔道具アーティファクトとは比べ物にならないわね……。惚れ惚れしてしまうわ」

「そうだね……ん? この壁、魔力の込め方が少し違ってるような……?」


 ずっと武器を見ていると、一瞬だけ、その後ろの壁に込められている魔力が乱れたように感じた。

 それでも、他の新入生たちや誘導係の人たちも気付いているような素振りはない。私の勘違いだろうか?

 他の壁とほとんど変わらないような魔力の込め方。だが、何か引っかかりのようなものを感じたのだ。

 だがその違和感は数瞬後には感じられなくなっていた。そんな私を見て疑問に思ったのか、レネちゃんが話しかけてくる。

 

「どうかしたの?何か変なものでもあった?」

「いや、そういうわけじゃないんだけど……。ここだけ魔力の込め方が変なように感じたからさ」


 私がそう言った後、レネちゃんも同じように壁を触る。すると、レネちゃんも同じ感想を抱いたのか、少し怪訝そうに私の方を向いてきた。


「確かにここだけ少し魔力がおかしいような……?魔力が乱れてる感じかしら?」

「そうだよね?私たちでもわかるぐらい魔力が乱れてたら他の人たちでも気付きそうだけど……」


 魔力の乱れや魔力の過不足というのは魔道具アーティファクトにとって致命的な欠陥だ。剣だったら刃こぼれ、防具だったら防御力低下など戦いにおいて命取りになってしまう。

 それは勿論剣や防具だけではなく、建物や魔道具アーティファクトにも当てはまる。幸い、ある程度の衝撃までだったら壊れたり崩れたりなどはないが……。何か大きな衝撃が加わってしまったらその魔道具アーティファクトは壊れてしまうだろう。

 私達がどうしようかと悩んでいると、いきなり上級生らしき人の声が大広間に響き渡る。


「入学受付はこちらでーす!まだ受付していない新入生の方は早めに済ませておいてくださーい!」


 慌てて時計を見ると、既に開始三十分前を切っていた。今日は余裕を持って出てきたのにそれでも遅刻は流石にごめんだ。

 

「もうこんな時間!? とりあえず行かないと!」

「そうね。そろそろ席も埋まっちゃうし」


 慌てて受付を済ませると、私達は入学式に出席するために会場である体育館へと走り出した。


 会場に入ると、千席はあるだろう席はほぼほぼ埋まっていた。新入生だけでなく、在校生も用事がない限りは出席することになっているので、どうしてもぎゅうぎゅうになってしまうのだろう。

 数分歩き回り、なんとか空いている席を見つけることができた。


「すみません、隣失礼します」

「ん? ああ、大丈夫だよ」


 隣に座っている少し眠そうな男の人に一応断りを入れてから席に着く。緊張もしてないし、どこか大人らしく見える。先輩だろうか?

 そんなことを考えていると、一緒に座ったレネが話しかけてきた。


「なんとか座れて良かったわね。まさかこんなに混んでるとは思わなかったけど」

「在校生もいれるとこんなに多いんだね……。まぁ、七年生の学校だし多くなっちゃうよね」

「新入生だけで数百人はいるらしいわ。それが七学年あるのだからこの規模なのは納得するわ」

「入学試験あんなに難しかったのに……。それでも数百人も入学してるなんて……!!」

「いってもあなた、私と採点した時、魔法知識に関して言えばほぼ満点だったじゃない。最後の問題なんてとても難しいのに合っていたし。それに、実技もできてたじゃない」

「実技だけだよ。筆記は魔法知識しか自信なかったし、それにレネちゃんもあの問題普通に合ってたじゃーん……」


 レネちゃんは結構抜けてるところあったりするから忘れるけど、すごい頭が良いんだよなぁ……。流石、名家の出身って感じがする。

 そんな私たちの話を横目に聞いていた先輩らしき人が、話を聞いて納得したような顔をして話しかけてくる。

 

「ああ、そうか。君たちが噂の新入生か」

「え? 噂のって……? どういうことですか?」

「いや、ごめん。なんでもないよ。それより、ほらそろそろ入学式が始まるよ」


 噂の、ってどういうことかを聞きたかったけれど、それを聞く前にはぐらかされてしまった。入学式の話だ、大事な話もあるかもしれないし聞いておかないと流石に不味い。

 渋々私とレネちゃんが前を向いたタイミングで照明が少しずつ消えていき、最終的には壇上の照明のみがついている状態となった。

 壇上から少し離れた場所に座っているからかあまり見えなかったが、よく見ると教員らしき人が壇上やその周りに数人ほどいるのが見えた。その教員の顔は学術誌で見たことがあったり、話を聞いたことがあったりするような有名な人達だ。

 そして、厳粛な雰囲気のまま入学式が始まった。

 息苦しさまで感じる堅苦しい雰囲気の中、眠気を我慢し話を聞くことができた。と言っても、どんなことを話していたかはあまり覚えていないのだが。

 入学式のプログラムは半分を過ぎたばかり。まだ続くのかぁ、そう思った瞬間、会場の空気が少しひりついたように感じた。コツ、コツとヒールが床を叩く音が聞こえてくる。

 顔を上げてみると、すべてを凍らせてしまうような雰囲気と美しく長い青髪を持つ長身の女性が丁度壇上に立っていた。


 「校長のハルラだ。いや、君達には『氷雨』と言った方が伝わるかもしれないな」


 そう壇上の女の人が告げた瞬間、会場からどよめきの声が多く上がった。


 ハルラ校長がいった『氷雨』という魔女は魔法の研究において論文を多く残し、戦闘においては災害級の魔物をも倒している。世界最強の魔法使いという称号を欲しいがままにしている魔女なのだ。そんな雲の上の存在を間近で見られれば、ましてや師として教わることができる、そう考えれば驚きの一つや二つは上がってもおかしくない。


 「知っている者も多いようで助かる。改めて、入学おめでとう。そして知ってもらいたいのは、ロザナタリアは実力主義ということ。成り上がりたければ実力を示せ。自由を謳歌したければ戦え。一年生でも、先輩より強ければ実質的に二年生より上となる。ここはそういうところだ」


 実力主義という言葉はやはりロマンなのかそれを聞いた一部の新入生は少しざわつきを見せた。その声を聞いて、周りの上級生らしき人たちは少し苦笑いをしたようにも見えた。


「やっぱり今年もいるのか〜……。相変わらずこの光景は何年経っても変わる気がしないわ」

「俺も昔はあんなだったわ。もちろん先輩たちにボコボコにされたけどな……」


 魔法使いはやはり人生経験が豊富なのか。どうやらこの周りの先輩方も思い出したくないような経験の一つや二つは持っているらしい。


「そして、この学校に来たからには『魔法』という事象の闇を知ることになる。『魔法』に呑み込まれる者、己の手には制御できない力を手に入れてしまった者……。その者たちがどうなってしまったかなど言うまでもない。そんな最期を迎えてしまう者も少なからずいる。そして」


 ─その数は、一割。

 魔法使いとして大成することを誓い、この学校に来た生徒の約一割は志半ばで旅を終えることとなる。この世界は、ハッピーエンドだけが全てじゃないのだ。


「最後に、私から君達に一つだけアドバイスだ。この学校に来たからには自分の信念を持ち続けろ。その信念が進む道をなくした時、迷ってしまった時に道標となってくれるだろう。そして、この学校で君達は数多くの困難と試練が訪れるだろう。こんな試験のようにな」


 話終わった校長は冷徹さを感じさせる表情から少しクスリとした表情になり、指をパチンと鳴らした。その音を合図にして、少し遠くの方で轟音が鳴り響いた。まるで、壁が崩れ落ちるような、轟音が。


「もしかして、この音……!?」


 私が少し話すだけで、既に壁の崩壊はこの体育館まで迫ってきていた。その事実に気付くと同時に、床にもヒビが少しずつ入り始めている。

 

「おそらくあの壁が……きゃあ!?」


 レネちゃんがそう言うと同時に、レネちゃんが丁度立っていた床も崩れてしまい、姿勢を崩してしまう。

 姿勢を崩した彼女はそのまま、崩壊によって空いた穴に落ちていってしまう。


「レネちゃん!!」


 気付いたら体が動いていた。落ちていくレネちゃんを捕まえるために私も飛び降りていた。地面はあるはずなのに、底を見ることはできない。危機感を感じながらも空中では何もすることはできず、そのまま数秒浮遊感を覚えた後、私たちは意識を失った。

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