第36話 協力イベントMVP

「私、戦うの向いてないんだと思って、この店始めたんですよぉ! こういう接客業ってやってみたくて! リアルでは事務職だからなかなか、こんなこと経験できないんですよぉ!」


 楽しそうに話しているのは以前助けたことがあるハルさんだ。

 ハルという名前も初めて発覚した。

 名前も聞いていなかったから自己紹介からだ。


「そうなんだな。なんか繁盛してるみたいでよかったな。お客さん結構来てるみたいだし!」


 なんとか笑顔で返答するが、隣から来る冷気が気になって仕方がない。

 呪いをかけるのかというくらいブツブツと何やら唱えているのは、ラブルであった。


「ラ、ラブルは何食う?」


 キッとこっちを睨みつけてくる。


 そんなに睨まれても、俺は悪くないって。と心の中で言ってみても、ラブルには届かない。


「私、沢山食べたい! 何があるの!?」


 何故か喧嘩ごしでハルさんに聞く。

 しかし、そこは流石に大人のハルさん。

 にこやかに答える。


「いっぱい食べたいなら、オススメはブルルの焼肉丼かな! ブルルの肉がいっぱいのってる丼だよ! お米を栽培してる現地人から仕入れてるの!」


 グルルルと言わんばかりにハルさんを睨みつけて話を聞いているのかいないのか。

 その態度は良くないぞ? ラブルよ。


「そうなんだな! ブルルってあのブヨブヨの豚みたいな魔物だよな?」


 ラブルの代わりに取り繕うように間を取り持つ。


「そうです! 探索者に依頼して手に入れてるんです! よかったら、今度私の出した依頼受けて下さいよ! 指名依頼出しますよ!」


 指名依頼とは、依頼を出す人が信頼出来る人やクランを指定して依頼を出す形態の事をさす。

 しかし、指名依頼はランクが上の者に指名が集中しては探索者の体がもたない。

 その為、依頼がその探索者のランクにあったものであるか、報酬は依頼相応で少し色がついた金額になっているか。


 ギルドではその依頼の内容を精査し、金額が適切であれば、指定された探索者、またはクランに依頼が来ている旨の連絡が行く。

 こういった事は上級者になればなるほど多くなってくる。


 指名依頼を指名された個人、クランのみで全部こなしていくのは難しいことである。

 なので、依頼の数や依頼の期間をギルドで把握し、次々と優先順位をつける。

 それをこなして行くのが俺達探索者。


 とは言っても、それはランクが上の者の話であって、底辺にいる俺達には縁のない話であった。

 それを知ってか知らずか指名依頼を出すというハルさん。


「あー、それは嬉しいんだけど、ギルドへの指名依頼だとウチのクランは討伐系まだ受けれないよ?」


「えっ!? 先見のソアラって言ったら最近結構有名じゃないですか!?」


 そんなに有名になっているのだろうか。

 それはそれでちょっと困る気がしないでもないが。


「指名依頼は有名とかあんまり関係ないから。ランクに適した依頼が来るから、討伐系だと指名されても断られると思うよ」


「えっ!? そんなに高ランクになったんですか!?」


 目を見開いて驚いているハルさん。

 段々と不憫に思えてきた。

 そんなに高ランクになったのかと勘違いしてくれるくらい俺達は有名なのか?


「いや、逆です。俺達まだ底辺のランクなんで……」


「そうなんですか!? そんなに強いのに!?」


 そう言ってくれるが、俺自身は少しも強いことは無い。

 むしろ他のプレイヤーよりも弱い。

 しかし、なぜ倒せるのかってなるとやっぱりDEXが高くて罠を沢山作れるからっていうのと、動きの読みかなぁ。


「いやー。俺自身は強くないって。たまたま罠が上手くハマッてるって感じかな」


「ふぅーん。じゃあ、ランク上がったら頼みますね?」


「うん。その時は頼むよ」


 頼むよと言いながらも魔石を探索者ギルドに納品しないという行為は、ランクが上がることは無いわけで。

 嘘は言ってないが、来ることの無いときを待たせているような形になっている。


 話し込んでいるとガイエンが少し離れた席からやってきた。

 訝しげな顔でこちらを睨んでくる。

 思わず両手をあげる。


「ハルちゃんとどういう関係だ!?」


 顔を近づかせながら大きめな声で怒鳴る。


「前にモンスターに殺られそうになってた所を助けたことがあるだけですよ。それでお礼を言われてたんです!」


「ほぉぉ。それは本当だろう────」


 バシンッ


 ガイエンが横からいきなり殴られた。

 殴った人物を見ると、冷たい目をしたシエラであった。


「あなたこそ、ハルさんの何なんですかぁ?」


 優しく発せられた声にガイエンの体がビクッとなる。

 ギギギギギッと首を捻ってシエラと目を合わせる。


「あっ……何って……お店に来る客というだけでだな……特に深い意味は……」


「ちょっとこっちに来て話しましょうかぁ」


 首根っこを掴まれて店の外に連れていかれる。


 おぉ。恐い。

 まったくガイエンの所為でお疲れさん会ムードが台無しだ。


「あー……皆、各々疲れを癒しながら飲もう! ドンドン頼もう!」


「「「おぉぉぉー!」」」


 さっきの騒動にキョトンとしていた人達が息を吹き返した。


 ドンちゃん騒ぎが始まった。

 ある者は自分の武勇伝を口にし。

 ある者は仲間を称え。

 ある者は最後の相打ちをベタ褒めしている。


ピロンッ


 メッセージが届いている。

 時間を見ると八時になっていた。

 メッセージにはURLが記載されており、動画での発表のようだ

 

『プレイヤーの皆さん、イベント攻略おめでとうございます。今回のイベントのMVPは……』


 ドルルルルとドラムロールの音が響き渡る。


 脳裏には最後の白い敵との戦いが再び思い出されていた。

 そして、ラブルは絶対に俺がMVPだと言っていたが、リスポーンしていることを考えると……。

 それに、本当に俺の攻撃であの敵は倒せたんだろうか?


 でも、周りで見ていた人達が俺が相打ちで倒したと言っていた。

 そういうのなら、そうなのだろう。

 考え事をしているうちにダンッとドラムロールが終わる。


「MVPは、トラオムレーベンのギルドマスター! ガイエンさんです!」


「「「「おおおぉぉぉぉ!」」」」


 周りにいた人達は動画を見ながら一緒に喜んでいる。

 横に一人不満そうにしている人がいるが、気にしないでガイエンをお祝いしよう。


 ガイエンの元へ行く。

 クランメンバーに囲まれて祝福されているところに入っていく。


「ガイエン! MVPおめでとう! 流石トッププレイヤー!」


「おぉ! 来たな! 運がなかったなソアラ! リスポーンしてなきゃお前だっただろうよ!」


 それは、嘘をついているようには見えないが……本当にそうだろうか。

 まぁ、考えてもしょうがないな。

 今は飲もう。


 横でシエラがガイエンをまだ睨んでいたのが見えた気がした。

 まだ怒ってるのかな?

 夜は更けていく。

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