第24話 気付かないフリ

「ねぇ、ご飯食べよう?」


 手を後ろに組んでお昼を提案してくる。


「おう。いいよ。何がいい?」


「んーーー。あのね、ここのフードコートにあるラーメン屋さん美味しいんだって……」


「ラーメンいいねぇ。ちょうど食べたかったわ」


「ホント!? じゃあ、いい?」


「いいよ。行こう」


 クールを気取っているが。

 内心は心臓がバクバクしている。

 こんなにはしゃぐ愛琉は見たことがなかった。


 どうしよう。

 ちょっと、前から意識しちゃってる感じは自分の中にあったよ。

 あったけど、社内恋愛はどうなんだろう。


 俺はもう三十だしな。

 愛琉にはもっとカッコイイやつがいる。

 俺なんかもったいない。


「ここの辛味噌ラーメンが美味しいんだって!」


「そうなのか? じゃあ、俺辛味噌」


「私だって辛味噌だよ? 違うのにして食べ合わない?」


 うん。いいよ。

 いいけど、それってカップルがやるやつじゃない?


「なんか他に食べたいのあるのか?」


「あのねぇ、坦々麺も美味しいんだって!」


「わかった。じゃあ、俺坦々麺にするよ」


「いいの!? やったっ!」


 だから、笑顔が眩しい。

 この展開はさぁ。まずくない?

 これ、好きになっちゃうよ?


 男って単純だよね。

 俺のこと好きじゃないかなって思っちゃうんだよね。

 ダメだよね。

 こんなに単純じゃ。


「美味しそう! 食べよ!」


 頼んだ辛味噌ラーメンと坦々麺が来た。

 美味しそうな匂いを発している。

 俺は、坦々麺。


 ズズッとすする。

 うん。ごまの風味が凄い。

 これは美味しいわ。


「ねね、どう? 美味しい?」


「うん。めっちゃ美味しい。そっちは?」


「これもピリッとしてて、美味しいよぉ?」


「匂いがもう美味そうだもんな!」


「ねぇ、頂戴?」


 いや、いいけど。

 いいけど、口付けたよ?

 俺が意識しすぎなのか?


 ふっと愛琉を見ると少し顔が赤い気がする。

 どういう事?

 分かっててやってる?


「お、おう。いいよ」


 器を差し出す。


「私のも食べていいよ?」


 器を交換する。


 えっ?

 心臓がやばい。

 食べていいものか?


 愛琉を見ると普通に啜って「美味しい」と言っている。

 えぇい!

 食べるぞ!


 ズズッと食べる。

 うん!

 味わかんない!


「どう? 美味しいでしょ!?」


 感想を聞かれる。

 こう言わない訳にはいかない。


「うん! 美味しいな!」


「でしょう!?」


 いやぁ、愛琉さん。

 緊張しすぎて味が分かりませんよ。

 なんでこんなに緊張するんだろうか。


 自分の気持ちには少し気付いていた気はする。

 けど、こんなおっさんとくっついちゃダメだよな。

 ずっとそう思ってきた。


「ご馳走様でした!」


「ご馳走さん!」


 店を出ると、また手を引っ張る愛琉。


「ねぇ、まだ見たいとこあるんだ。付き合ってくれる?」


 目をキラキラさせる愛琉。

 うん。

 気づいてたよ。


 愛琉が俺の事を好きでいてくれてるの。

 でもさ、俺には愛琉みたいに可愛い子は勿体無いよ。

 だからさ、あえて気付かないふりしてたんだよね。


 鈍感だと思っただろ?

 そういう風に振舞ってただけなんだ。

 本当は気付いてるんだけど。

 気付かないふりしてんだよね。


「おう。どこ見たいんだ?」


「あの雑貨屋さん! 可愛いの置いてるの!」


「そうなのか? 俺には分からんなぁ」


「なんでぇ!? 見てよぉ!」


 手を引っ張って連れていかれる。

 また手なんて繋いで……。

 アピールしてくれてるのか?


 こんな俺に?

 俺なんてなんにも無い人間だぞ。

 親だっていないも同然。


 金さえあればいいと思ってる奴だ。

 俺はアイツらとは縁を切った。

 だから、自分の事は自分の稼いだ金でする事にしたんだ。


 俺はどうしようも無く何も無い。

 趣味もない。好きな物もない。

 つまんない人間だ。


 こんな人間と一緒にいない方がいいぞ?

 愛琉はもっと幸せにしてくれる人がいるさ。

 だから、俺は気付かないふりをするぞ。


「見てるよ。これが可愛いのか?」


「可愛くない!? この緩い感じが」


「そうか?」


「うん。先輩みたい」


「俺?」


「うん。先輩ってなんかしっかりしてそうだけど、緩い一面があるって言うか……そこが可愛いって言うか」


 うん。

 アピールしてるね!

 ドキドキしちゃうじゃん。


 おっさんドキドキしちゃうじゃん。

 顔がもう少し良かったらなぁとか。

 せめてマッチョだったらなぁとか。


 そんな事を思うよなぁ。

 自分に自信が持てる何かがあればなぁ。

 俺には何も無いんだよ愛琉。


「そうか? 俺なんて何もないおっさんだぞ?」


 ヤベッ。

 愚痴っぽくなった。

 あちゃあ。


「そんなことない! いつも私を助けてくれて、頼りになる先輩だよ! ……私、あんまり怒られたことがなかった……でも、先輩に怒られた時思っただ……愛情があって怒ってくれる人がいるって!」


「俺が頼りになる?」


「はい! 凄く頼りになるよ!」


「そ、そんな事……」


「あるの! そんな事ある! 私、尊敬してるもん! 先輩のこと! だれよりも優しくて、時には厳しくて……」


「ありがとう」


 こんなこと思ってくれる人が居るとは。

 でも、だからこそ。

 俺なんかには勿体無いよ。


「は、恥ずかしいです!」


 顔を覆う。

 あぁ。

 可愛いな愛琉。


 今日はとことん付き合うよ。

 この日は買い物に散々付き合い。

 夕方には帰路に着いたのであった。


 あんなにアピールしてくれたのに。

 また気付かないふりをしてしまったな。

 俺は、最低だ。

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