第3話 魔法で十歳くらいまで成長する

「さて……ワシの初孫の話をしよう。むしろ、初孫話をしよう。お前は本当にアレスター・ダリモアの生まれ変わりなのか? いや、この質問は意味がないな。すでに証拠になり得る能力を見せてもらっている。それでも半信半疑を超えられぬ……なぜワシの孫として転生したのか、説明してもらえぬか?」


「ボクがこの家に生まれたのは、全くの偶然だった。お爺様やお母様も知っているように、ボクは三百年前、魔王を倒した。けれど、そのときに受けた呪いが原因で、長生きできなかった。たった十八歳で死んでしまった」


「聞き及んでいる。世界がこうして存続しているのは、あなたのおかげじゃ。感謝してもしたりぬ。ありがとう」


 祖父が頭を下げると、母もそれに続いた。

 父だけはボンヤリしていたけど、祖父に杖で殴られ、慌てて頭を低くした。


 前世で見慣れた光景だ。

 ボクは大勢に期待され、それに応え、感謝され、また戦った。

 それだけの才能がボクにはあった。ボクにしかなかった。


 かかっているのは世界の運命。

 途中で投げ出すわけにはいかない。

 ボクは人生の全てをかけて魔王を倒した。

 その結果はさっき言った通り。


「どういたしまして。けど、ボクは聖人じゃない。自分の幸せなんてどうでもいいなんて思っていなかった。だから魔王に呪いをかけられてから死ぬまでの間に、それこそ必死で転生魔法を開発した。成功する保証はなかったけど、時間が残されていない。やるしかなかった。そしてボクは今、ここにいる。厚かましいお願いだけど、魔王がいない世界で、ボクがボク自身の幸せを得るのに協力してくれないかな? しばらく衣食住のお世話をしてくれるだけでいいんだけど」


「そうか……アレスター・ダリモアは歴史上の英雄であると同時に、一人の若者でもあったのじゃな。そのような視点で考えたこともなかったが……言われてみれば当然じゃ。人生の全てを世界のために使い、自分の幸せを味わうことなく命を散らせた。さぞ無念じゃったろう……」


「それはもう。だけど二度目のチャンスを得た」


「そのチャンス、最大限に使っていただきたい。あなたを孫として迎え入れられたのは名誉ですじゃ。文字通り、自分の家と思ってくつろいでください」


「ありがとう。あと、そうかしこまらないで。ボクは孫で、あなたは祖父だ。孫にへりくだるのは変だよ」


「確かに。あなたが……いや、お前が望むならそうしよう」


 祖父は威厳ある口調に戻った。

 ボクは前世で生きた時間を加算しても若造だ。

 前世では色んな人がボクに敬語で話しかけてきた。ああいうのは飽きた。年相応に扱われたい。


「お母様も、それでいい? ボク、この家にいてもいい?」


 ボクは、新たに当主に任命された母アリアを向く。

 ベッドに寝ている彼女は、うつむいて黙ったままだ。

 やはり、自分の子供が誰かの生まれ変わりなんて嫌なのだろうか。


 と、思いきや。


「いいもなにも、私は自分の子供を追い出したりしないわ! お腹を痛めて産んだ子が死んだと聞かされたとき、目の前が真っ暗になった……けど、生きている! こうして私の前にいる! もうそれだけで嬉しいの! 前世がなんだろうと関係ないわ。むしろ生まれる前から魔法を使えるお利口さんで偉い! さすがは私の子!」


 そう叫びながらベッドから飛び出し、ボクに抱きついてきた。

 ボクがルルガの背中にいる都合上、ルルガも一緒に抱きしめられてしまった。


「はあ……やっと我が子を抱っこできたわ。あと、もふもふのオマケも~~」


「……ご主人様の母上はよき人間のようですが、強引なお人でもありますね。おおお、そのようなところを触られてはくすぐったいであります、あひゃひゃ!」


「あら、ごめんなさい。それにしても、森の主って怖いイメージがあったけど、こうして実際に見れば、もふもふでかわいいわね」


「かわいいでありますか。今まで魔獣というだけで討伐されそうになっていたので、かわいいと言われるのは嬉しいであります」


「そうなの……大変な目にあってきたのね……」


 母がそう呟くと、祖父が気まずそうな表情になった。


「ワシも何度か冒険者を雇って討伐しようとした。こんなに話が通じる相手とは思わなかったのじゃ。今更謝っても遅いが、すまなかった」


「許すであります。その代わり、ルルガもこの家において欲しいのであります。私はご主人様のペットなので、離ればなれになりたくないであります」


「お安いご用じゃ。なあ、アリア」


「もちろんよ。それにしても、私の赤ちゃんったら、さっき生まれたばかりなのに、魔獣をペットにして、何代も前からの問題を解決しちゃったわ。んもぅ、本当に優秀なんだから!」


 母はルルガの背中からボクを持ち上げ、頬ずりしてきた。

 人の温もりだ。

 前世では英雄として尊敬こそされたが、一人の人間として扱われなかった。


 転生したのがこの家でよかった。

 父親はクソだけど、それ以外の出会いは望んでいたもの以上だった。父親はクソだけど。


「ところで。あなたは前世で遊べなかった分、第二の人生で思いっきり遊ぶために生まれ変わったのよね? ルルガちゃんの背に乗ればどこにでもいけるけど、赤ちゃんの姿で遊び回ったら、みんなビックリしちゃうわね。難しいわ」


「ああ、それなら大丈夫。魔法で成長すればいいんだ」


 成長促進の魔法を使う。

 ボクの技術をもってしても、あまり急激に歳を取ると体に大きな負担がかかってしまう。

 しかし十歳程度なら問題ない。


「わっ! ご主人様が急に大きくなったであります!」


 ボクを乗せていたルルガが、まっさきに驚きの声を上げた。

 続いて、母と祖父が目を丸くする。

 ああ、父も驚いてるね。どうでもいいけど。


「あらあら! なんてこと! まだお乳をあげてないのに、大きくなっちゃったわ! なんて手間がかからない子からしら」


「これは、十歳くらいか? アレスター・ダリモアが天才魔法師だというのは知っていたが、まさかこれほどの現象を引き起こせるとは……まさに天才と称するしかない」


 みんな、それぞれの反応を見せる。

 英雄として祭り上げられるのには飽きたけど、やっぱり自分の能力で誰かを驚かせるのは気分がいいね。


「それにしても、こんな立派なレディが裸のままはいけないわ。急いで服を着なきゃ。こっちへいらっしゃい。私のお古があるわよ」


 母に手を引かれボクは廊下に出る。

 ルルガがトコトコと後ろをついてきた。

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