第2話 どうも、転生者です
ルルガはボクを乗せてジャンプし、二階のバルコニーに降り立った。
ガラス窓から中の様子をうかがうと、父が母を慰めていた。
「資質調べ水晶で才能を見ようとしたら、急に息をしなくなったんだ。それに、お前にはとても見せられない姿形だった……そういう運命だったんだ。頑張って次の子を作ろう、アリア」
「でも……でも私たちの初めての子供だったのよ! まだ名前もつけていないのに……そう簡単に割り切ることは……ああ! ごめんなさい、エディ。いつかは立ち直るけど、それまでは泣かせて」
「存分に泣きなさい。母親がそれだけ悲しんでくれれば、死んだあの子の魂も慰められるだろう」
死んでないぞ。
ボクは母アリアに元気な姿を見せてやるため、魔法で窓を開けた。
「ただいまー」
と元気に言って、ルルガに乗ったまま部屋に入る。
「白いオオカミ!? これはまさか、森の主……! なぜここに! 警備の兵はなにをしている!」
「待って、あなた! オオカミの背中に乗ってる赤ちゃん……私たちの赤ちゃんじゃないのっ? だって『ただいま』って言ったわ!」
「馬鹿な! 生まれたばかりの赤ん坊が喋れるか! あれも魔物の仲間に違いない!」
父エディは声を震わせながら、壁際まで逃げていく。
お産を終えたばかりで疲れ果てている妻をベッドに残したまま。
本当、とんでもない奴だな。
「ボクはあなたの子供だよ。生まれたばかりなのに『召喚師はアリンガム男爵家に相応しくない』と森に捨ててくれたばかりじゃないか。もう忘れてしまったの? 薄情なお父様だなぁ」
「……っな! お前は本当に、俺の子……だが、どうして喋っているんだ!?」
今気づいたのか。注意力がなさすぎる。
「実はボクには前世の記憶があるんだ。アレスター・ダリモアという名だった。その生まれ変わり、と表現すれば分かりやすいかな?」
「アレスター・ダリモアだって!? 三百年前に魔王を倒した英雄じゃないか……信じられない……だが普通の赤ん坊じゃないのは確かだ……本当にアレスターだとすれば……ファンなんだ。サインしてもらわなきゃ」
こいつ、なに言ってるんだ?
「あなた! 赤ちゃんを森に捨てたってのは本当なの? 死んだって言ったわよね!?」
母は凄い剣幕で怒鳴る。
「そ、それは……仕方ないだろう。水晶がこいつに召喚師の適性があると示したんだ。召喚師なんて、卑怯者の代名詞だ。せっかく近頃、領地で農作物がよく採れるようになってアリンガム男爵家が豊かになってきたのに。召喚師が一族から出たなんて話になったら、世間から馬鹿にされてしまう!」
「馬鹿はあなたよ! そんなくだらない理由で自分の子供を捨てるなんて……信じられない!」
全くだ。
母が常識人でよかった。
「ちなみにこの土地が豊かになったのは、ボクがお母様のお腹にいたときから召喚魔法で精霊たちを呼び寄せたからだ。ボクを追放したら精霊もいなくなるけど、本当に追放する?」
「なんだと……言われてみると、作物が異常なスピードで育ったり、ニワトリが毎日卵を二つ産むようになったのは十ヶ月ほど前からだ。お前の仕業……いえ、あなたのおかげだったんですね」
父は急に腰が低くなってきた。
今更謝っても遅い。ボクはここを出ていく! と見捨ててやりたいけど、母はいい人だし、領民に罪はないし。
困ったな。
これなら最初からなにもしなければよかった。
「話は全て聞かせてもらった!」
突然、大声を出しながら、老人が入ってきた。
母の父親。つまり今のボクの祖父だ。
「お、お義父様……なぜここにいらっしゃるのですか」
「馬鹿者。初孫が生まれたと聞いて、慌てて別邸から駆けつけたのじゃ。それが……ワシの初孫を森に捨てたじゃと! 婿養子の分際で何様のつもりだ!」
そう。
先代アリンガム男爵の直系は母のほうで、父は婿養子として家に入ったに過ぎない。
なので父の立場は弱いのだ。
「俺は……いえ私は、アリンガム男爵家の名誉を考えて行動しただけで……」
「黙れ! 貴様はなにもかも間違っている。人道的には言うまでもない。子供を捨てて家の名誉を守るのも論外。世間にバレたら逆効果もいいところ。そして召喚師のなにが悪いのじゃ! お前がサインを欲しがっているアレスター・ダリモアは、召喚魔法が得意だったと言い伝えられているのじゃぞ」
「え? 魔王を倒したんだからド派手な攻撃魔法が得意なんだと思っていました……」
「ああ……馬鹿だとは思っていが、ここまでの馬鹿じゃったとは! 顔と家柄だけで娘と結婚させたワシこそが本当の馬鹿じゃな……」
「お父様。落ち込まないでください。私だってこの人と初めて会ったとき、顔だけは本当にいいと思って婚約を承知したんですから。顔もいいし伯爵家だし、この人なら大丈夫、少しばかり馬鹿なのは、私が我慢すれば済むと。それが……少しばかりじゃなくて本格的な馬鹿だったなんて! 見抜けなかった私も愚かです」
父は酷い言われようだ。しかし、やらかしたことを考えれば、これでも全然足りない。
果たしてこの家はどうなるのか。
ボクの今後の予定に影響を与えるので、感心が高まる。
「ま、待ってくれ! 離婚だけは勘弁してくれ! 俺は三男だ。今更、実家に帰っても居場所がない! 騎士団に送られてしまう!」
「貴様のような愚か者は、騎士団でも願い下げじゃろ。路頭に迷って野垂れ死ぬのが貴様に相応しい」
祖父は吐き捨てるように言う。
「そ、そんなぁ……」
「とはいえ、離婚はこちらの家にも傷がつく。餓死しないように食わせてやるから、大人しくしていろ。勝手なことをするな。今後、アリンガム男爵家の当主は貴様ではなく、アリアとする。不服ならば結構。出ていくがいい。こちらも腹をくくる」
「わ、分かりました。その条件で結構です……」
父は力なくうなだれた。
ボクを追放しようとして、危うく自分が追放されかけるなんて、間の抜けた話だ。
そのくせ母と祖父が言うように、顔だけはキリリと精悍なので、存在自体が詐欺みたいなものだ。
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