第5話 新しいページ
遠距離からのミサイルの撃ちあいは準備運動のようなものだ。大型機動兵器は一般的な兵器では破壊が難しい。だから変形し、直接叩くのだ。誰がこんなものを考えたのか分からないが、最高に狂っていると私は思う。だがこれが現実なのだ。
両親は死んだ。弟も死んだ。友達も死んだ。みんな死んだ。苦しみと悲しみの中で死んだ。私たちは何もかもを失ってしまった。その現実の先に今がある。
この一年間、誰も助けてはくれなかった。隣国も、宗教も、慈善団体も、誰も彼もが私たちを見捨てた。私とギマリは誰にも知られることさえなく生きなければならなかった。それこそが一番の狂気だ。
私は、狂っているのか。ただの子供が大型機動兵器に乗って戦うなんてどうかしている。だがそれをさせたのはお前たちだ。狂っている。それでいい。抑えていた怒りが、憎しみが溢れる。
「お前達からも、全てを奪ってやる!」
オグマは足元の住居や施設を踏み砕きながら前進。後部推進ジェットを最大、加速してハデスに接近する。ハデス、全身から二十基以上のミサイルを一斉射。同時に主砲をこちらに向け発射準備に入る。
「電磁シールド展開準備! 迎撃ミサイル、撃て!」
ミサイルはミサイルで迎撃する。問題は主砲だ。この距離で食らえばひとたまりもない。
敵主砲、発射を確認。戦闘AIが即座に電磁シールドを展開し砲弾を左に逸らす。榴弾が左後方の市街地を焦土に変えていた、
彼我の距離、二キロ。血が滾る。ここからは本当に命懸けだ。
「絶対にぶっ壊してやる!」
ジェット推進最大、最大戦速で更にハデスに接近。
ハデスがこちらに左腕を向けるのが見えた。ただのハンマー型突起ではなく、三本の鉤爪がついている。何かを仕掛けてくるようだった。戦闘AIが警告を発する。
「構うもんか! 前進!」
ハデスの左腕が持ち上げられ、先端の鉤爪がこちらに向けられた。刹那、ハデスの左手が爆発し勢いよく鉤爪が発射された。胸部装甲に直撃。機体が揺れる。
「チェーン付き?! 引っ張る気か!」
鉤爪にはチェーンが繋がっていて、ハデスはそのチェーンを巻き取りオグマの機体を引いた。バランスを崩すつもりらしい。だが、好都合だった。
「ジェット推進最大、維持! このまま突っ込む!」
戦闘AIが私の意図を察知し、推進力を維持したまま前進する。反重力ドライブフル稼働。ほとんど重量のなくなったオグマが滑るように街を破壊しつつハデスに接近していく。
「いっけぇー---!」
オグマの左腕を振りかぶり、肘ロケットに点火。機体の重量を乗せ、加速した左拳でハデスを狙う。ハデスはやや遅れ気味に右腕を上げ防御姿勢を取った。
衝撃。空気が同心円状に波打ち付近の建物を吹き飛ばした。脚部は地面にめり込み地面が割れる。ぶつかり合う鋼と鋼が火花を散らし、オグマの拳がハデスの右前腕にめり込んでいた。
オグマの左腕ダンパーが高負荷で損傷。だがハデスの右腕も表面装甲がひしゃげ関節部から煙を噴いている。向こうの方が損傷は大きい。
「もう一発!」
左腕でハデスの機体を突き飛ばし距離を取り、私はもう一度左の肘ロケットに点火した。
左拳、ハデス胸部に直撃。レドームの半分が潰れハデスの機体が大きく揺れ、装甲の部品が衝撃で弾け飛んでいく。
戦闘AIの警告。攻撃にしか頭の行っていなかった私は反応が遅れた。ハデスの壊れかけの右腕がオグマに向かって押し出され拳が接近する、ゼロ距離。そしてハデス右腕が爆発的に撃ち込まれる。ナックルバンカーだった。
「うああぁっ!」
耐衝撃構造のコックピットが大きく揺れ、一部の電装が火花を散らす。胴部の冷却システムとエネルギー流入システムに異常が鳴りやまない。戦闘AIはただちにダメージコントロールシステムにより回路をバイパスするが、損傷部はまだ火を噴いていた。
オグマは後方に姿勢を崩し、ジェット推進と反重力ドライブで緊急姿勢制御を行なう。
ハデスはオグマの胴に食い込んだ鉤爪を取り外し巻き取り、腕部に再装填。異常の警報に紛れて攻撃警告が出るが、またも反応が遅れる。
発射されたハデスの鉤爪はオグマの右脚に食い込んだ。激突の衝撃で機体が揺れ、さらに鉤爪のチェーンが巻き取られ機体のバランスが崩れる。
ハデスは前進。そして鉤爪を巻き取り腕部に再装填し、腕を後方に振りかぶる。
来る! ハデスの左肘ロケットが点火、爆発的な加速で左拳の鉤爪が接近する。食らえばただでは済まない。
「間に合えっ!」
こちらも右腕肘ロケットを点火。ハデスの拳にぶつける……が、遅い。こちらの拳は腕部装甲で外側に弾かれ、ハデスの鉤爪がオグマの胴に直撃する。
「きゃああああっ!」
打撃の衝撃でまたしてもコックピットが揺れ、エアバッグまで作動する。損傷エラー、右胴部のエネルギー流入システムに致命的な損傷。バイパス不可能、右脚のパワーが下がり大きく機体が傾く。補助電源が作動し持ち直すが、もう長くはもたない。
「こなくそぉっ!」
私は六十センチ砲をハデスに照準し、イチかバチかの賭けに出る。
「弾種、徹甲! 撃ち方用意!」
戦闘AIがただちに反応し砲弾を装填、照準を合わせる。
「撃――」
こちらの発射より、ハデスの左腕の鉤爪の射出の方が早かった。鉤爪はオグマの六十センチ砲の砲身を掴みひしゃげさせる。徹甲弾の発射は止まらず、オグマの頭上で暴発した。
衝撃はそれほどではなかったが、ゴーグルに映る映像が一時的にブラックアウトする。頭部の観測機器が全て死んだらしい。六十センチ砲も大破。もう撃てない。
オグマは満身創痍の状態だった。辛うじて自立はしているが右半身のパワーはもうすぐ切れて立つことすら難しくなるだろう。そうなれば終わりだ。そして六十センチ砲も使えない以上、離れて戦うことも出来ない。
ハデスは距離を取り、ミサイルを一斉射した。戦闘AIは劇撃ミサイルを発射するが、半分以上の発射管が機能を停止。ハデスのミサイルのほとんどがオグマの機体に炸裂する。
損傷エラーがさらに増える。一発一発は致命的ではないが、十発以上食らえば脅威となる。ハデスは更にミサイルをもう一斉射。オグマの装甲は六割以上が損壊、エネルギーレベルがさらに低下。
六基の反重力ドライブが機能停止。オグマの機体がさらにバランスを崩す。踏ん張ろうとすると脚部関節が爆発し火を噴く。最早ダメージコントロールは機能していなかった。
ハデスの主砲が動くのが見えた。こちらにとどめを刺すつもりらしい。
電磁バリアーは展開できない。移動しての回避も不可能。もう打つ手がなかった。
緊急通信。司令センターから回線が強制的に割り込んでくる。
「逃げろ、リテア! 脱出するんだ!」
オグマの声だった。切迫した声がコックピットに響くが、私は戦闘の衝撃で朦朧としており、はっきりと言葉の意味を理解できないでいた。だが、オグマが何を言おうとしているのかは聞かなくても分かる。
「逃げて……たまるか……」
オグマの全身は傷だらけでもうほとんど動かない。だが左腕はまだ辛うじて動く。そして、私は操作マニュアルにあった兵装一覧を思い出す。
「ここで逃げたら、なんにも変わらない……!」
オグマからの通信は続いていたが、もう耳に入らなかった。視界が赤い。私の血のようだった。私はゴーグルを投げ捨て額を手で拭い、コックピットのモニターを睨む。モニターの三分の一がブラックアウトしていたが、ハデスの姿は確認できた。
戦闘AIからの警告。敵主砲発射準備完了。いつ発射されてもおかしくはない。だが、ハデスはこちらの悪あがきを嘲笑でもしているのか、撃つ様子がなかった。
「最後の武器……こいつで……!」
左前腕の装甲連結部をダメージコントロールシステムにより起爆、破壊し離脱させる。むき出しになった左腕の基部から、ワイヤーで連結された刃の断片が外側に落下する。
「ワイヤー、最大張力」
ワイヤーが巻き取られ、刃の断片同士の間隔が狭くなり一本の剣へと連結していく。チェーンブレード。オグマの隠し武装だ。
「ったく、こんなものに頼ることになるとはね……」
最初にこれを見つけた時は冗談かと思った。大型機動兵器が殴り合うだけでもどうかしているのに、その上剣を使うとは。なんて原始的で馬鹿っぽいのだろう。だが今は、その馬鹿みたいな武装に頼るしかない。
後部ジェット推進装置も出力が下がっている。使えるのはあと数秒分だろう。だがそれでいい。これが最後だ。
たとえ、この身がどうなろうとも。
「オグマ、最大出力で突進! ぶちかませっ!」
戦闘AIが命令を受け機体の運動を最適化させる。最早歩行は困難だったが、残る反重力ドライブを最大稼働し足を引きずりながらハデスに接近する。
それを見逃すハデスではなかった。だが、まるで特攻のようなオグマの速度に一手遅れる。
ハデスの主砲が発射。砲煙が見えたと同時にオグマに衝撃が走る。オグマの頭部から背中にかけて徹甲弾が貫通し、装甲と内部フレームが千切れ吹き飛んでいった。
だがもはやエラーなど関係がなかった。後部推進装置は最後のジェットを吐き切り、オグマを最大に加速する。
左腕に電力を集め、チェーンブレードをまっすぐに突き出す。ハデスの心臓へと。
「みんなの、仇ーーっ!」
切っ先が触れた。特殊合金製の刃はハデスの胸部レドームを貫通し、その内部へと沈み込んでいく。鋼が削れる音が響く。オグマの機体がハデスの機体に衝突し、刃は根元まで潜りこみ折れた。
ハデスのプラズマ核融合炉を貫いた。ハデスの機体内部で小さな爆発が起こり、次いで煙が装甲の継ぎ目から噴出する。
ハデスの腕がオグマに触れた。まるで助けを求めるような動きだったがすぐに力が抜け、ハデスは仰向けに倒れていった。胸には刃が刺さったまま……まるで墓標のようだった。
「やった……勝った……?」
オグマに致命的なシステムエラー。コックピット内の設備が全てブラックアウト。補助電源によりモニターが点灯するが、もはや動くことはかなわなかった。反重力ドライブも八基全基が停止し、脚部も自立するだけのエネルギーを失っていた。オグマはハデスの傍らで膝をつき完全に止まった。
勝った……シミュレーションでは何度か勝利していた。そして実戦でも勝つつもりだった。だがこうして生き残ってみると……まだ勝ったという実感がわかなかった。
そう……まだ勝ってなどいない。戦争はまだ、終わっていないのだ。
戦術リンクからレーダーの情報が送られてくる。イ国から無数の戦闘機、爆撃機が飛翔してくる。オグマが万全であれば対抗できるが、オグマはもはや鉄くずだった。
防衛研究所周辺には防衛のための設備があったが、それでは不十分だろう。いつかは破壊されてしまう。
戦争は終わっていない。終わらせることはできなかった……。
「……しゃーない。じゃ、プランBって事で」
私はパイロットスーツのポケットから発信器を取り出した。こうなった時の為の秘密兵器を用意しておいたのだ。
「さようなら、世界……」
発信器のスイッチを押した。思ったよりも軽い感触。本当に押したのか不安になるほどだった。しかし、三十秒後に確かに実行されたのだと分かった。
防衛研究所周辺のミサイルサイロから弾道ミサイルが発射される。それに続いて、国内の各地に隠されていたサイロからも次々とミサイルが発射される。計四十基。それがイ国を含む近隣諸国、それといくつかの大国に向かっていく。
ただのミサイルではない。核でもない。粘菌を積んだミサイルだ。
予定通りコースを飛べば、上空一キロで高圧の弾頭が破裂し広い範囲に粘菌をばらまく。この一年の間にひそかに用意したものだ。奇しくも燃料気化爆弾と似た構造を流用して作る事が出来た。
拡散した粘菌は大都市を中心に一気に広がるだろう。ワクチンはない。オグマが作ったものが防衛研究所にあるだけだ。外の世界の人間はみんなサリフォアなんかに見向きもせず、それを克服しようなどとは考えなかった。
「あなたたちが見捨てたもので、この世界を塗り替えてあげる……」
私はモニターに映るミサイルの白煙を見ながらつぶやいた。
これで、世界は等しくなる。見捨てられたこのナ国と同じになる。否応もなく、世界の人々は注視せざるを得なくなるだろう。自らが見捨てたものの事を。
そしてサリフォアが世界中に広まれば、ギマリもきっと外の世界で生きられるようになる。どこにだって行ける。国境さえ意味を失い、私たちは自由になる。
暗い夜空に日が差し始める。夜中だと思っていたが、戦っている間にいつの間にか朝になっていたようだ。
朝日が世界を染めていく。黒から橙へと。夕日と同じように、サフォリアにまみれた世界を染めていく。
「なーんだ……朝日もきれいじゃん……」
この一年、ずっと夜型の生活で朝日を見た事がなかった。世界は美しかった。太陽に染め上げられた今の時間だけは。
「これで……何か変わるのかな……?」
世界中への粘菌ミサイルは、史上最悪のテロ行為だろう。これがうまくいけば、ひょっとすると歴史に名前が残る。文明が存続すれば、の話だが。
「リテア……君はなんてことをしてしまったんだ……」
辛うじてつながった無線から、ノイズ交じりのギマリの声が聞こえた。
「復讐だよ。私たちの……ナ国の人みんなの……」
停止したオグマの足元にも死体が眠っているだろう。踏んづけてめちゃくちゃにしてしまった。それはちょっと申し訳ないなと思いつつも、私は後悔はしていなかった。
「希代のテロリストだな、私たちは……」
呆れたようなギマリの声が聞こえた。
「これで世界は生まれ変わる。私たちの為の世界に。行こう、ギマリ。逃げるんじゃない。旅立つの。世界を何周でもして、私達だけの場所へ」
サリフォアに汚染された世界で、これからも私たちは生きていく。それがプランBだ。
「……そうか、いいだろう。それにしてもお前って奴は、まったく……」
ギマリの溜息が聞こえた。私は舌を出してコクピットの中で空を見上げた。
さようなら、世界。私たちを見捨て続けた世界。
何もかもに終止符を打ってから、私が次のページを書いてあげる。
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