6.死神、あるいは救世主

私が”ガモフ”に会ったのはこの時期だったと思う。


彼女はオフィスの入り口に座っていた。

バックパックを背負い、薄汚れた衣服を着ていてた。

最初は中毒者と思ったが、話を聞く分には普通に見えた。


何日も食べておらず、怪我もしていた。

警戒しつつ、オフィスの中へ入れ、缶詰と水を与えた。


私は彼女の怪我の治療を手伝いながら、ここにいた理由を聞いた。


『この付近を拠点にイーレムブートに対処していた者たちを探しに来た』というのが彼女の弁だった。

つまり彼女は私の所属している対策チームを探しにきていた。


明かそうか一瞬迷った。

だが今更、機密保持もクソもない。


私の所属と対策チームの現状を告げると、彼女は驚き、次々と質問をぶつけてきた。


どれくらいイーレムブートの事件に関わったか、初期症状は出ていないか、血縁者は無事なのか、体調は良好か。

ガモフからの質問はまるで医者がする問診のようだった。


諸々伝えると、彼女は興奮した様子でバックパックを開けた。


ガモフは『イーレムブートを根絶する方法がある』と言い、いくつかの資料と記録メディアを渡してきた。


何かの冗談かと思った。

一方で、縋り付きたい思いもあった。


半信半疑で資料と記録に目を通したが、結果的にそれは福音だった。


イーレムブートの感染経路と感染因子の仮説。

一時的な抑制の手順。

そして何より興味を惹いたのはパラドクスを用いた抗生因子のサンプルだった。


私は抗生因子について尋ねた。


抗生因子は『イーレムブートは存在しない』という発想を展開するという点において、対策チームの従来策と共通していた。

しかし大きな違いは実行コストが圧倒的に低いという部分である。


犠牲者が一人で済む。


ガモフによれば、一定の割合で紛れている特殊発症者を利用すれば良いとのこと。

特殊発症者は感染因子を振り撒く役割をしており、感染初期にはその比率が高く、それがイーレムブートの急激な拡大を生んだという。


ただ拡大が慢性的になっている今現在において特殊発症者の比率は大きく落ちている。

彼女の説によると、この比率の落ち込みはイーレムブート自体が適応している結果だという。

現状、人類のほとんどに感染因子が挿入されているので特殊発症者を生成する必要が薄いそうだ。


また特殊発症者はその症状や見た目では判別できず、通常の発症者と同じく時間が経てば頭部破裂で死んでしまう。

だが中には発症しない者もいるらしい。


特殊発症者の検査方法はあるらしいが、対象を探すのは難しいそうだ。

無作為に探すのも手だが、今の状況では大規模調査も無理だろう。





私はガモフ自身について聞いた。

どこかの大学や施設に属する研究者なのか?と。


『私は人の頭から生まれ、以後は”親”と同じくイーレムブートについて研究していた』と彼女は言った。

彼女の言葉を信じるなら、彼女自身イーレムブートによる生成物だという。


生まれ落ちた後は親を埋葬し、親から受け継いだ記憶を元に独自にイーレムブートについて調べていたとのことだ。

残った施設や資産を親名義で使ったらしい。

世の中が混乱していたから騙すのは簡単だったそうだ。


なぜ対策チームを探しに?と次に聞いた。


『特殊発症者を見つけるため』とガモフは言った。

大掛かりな調査は出来ないと返したが彼女は首を横に振り、語り始めた。


イーレムブート感染因子はその情報自体にある。

一般人と違い、この因子に積極的に接していながら現在も生存している場合、特殊発症者の可能性が高いという。

つまりこの問題に対処していた機関や組織自体、特殊発症者を選別できる環境になっていると話してくれた。


不安と期待が同時に沸き起こった。

何か言葉を返そうとしたが、ガモフがそれを遮った。


『貴方は特殊発症者の有力候補だ』と一言。

もしそうだとして協力した場合、私はどうなる?と返した。


『貴方自身はイーレムブートを発症して死んでしまう』彼女は据わった目で言った。

続けて『申し訳ない』とも呟いた。


ただそれを聞いても私自身、不思議と恐怖や嫌悪感は感じなかった。

役割を与えられた。そう思った。


特殊発症者の検査をその日の内に受けた。

特別な器具などは使わず、身の回りにあるもので出来るそうだ。


最初に変な模様が描かれた紙を見せられたことを覚えている。


『模様が紙から、はみ出ているか?』とガモフに聞かれた。

実際、その模様は紙から触手のように伸び、空中に漂っているように見えた。


他にも様々なテストを受けた。指先から血液も取られた。


テストの結果、私が特殊発症者である可能性は”非常に高い”だそうだ。

ガモフは続けて『無理強いはしない』と言ってくれた。


答えは決まっていた。そのつもりだった。

だがそこから一晩、色々と考えこんでしまった。


周りの人たちを私が殺したのか?

役立たずな私はチャンスを貰ったのか?

ガモフが私を騙しているのではないか?

可能性が”非常に高い”なら低確率でハズレているのでは?

もっと色々な人と話をしておけば良かった。

他に方法があるはずだ。

いや、そんなもの何年も見つけられなかったじゃないか。


やがて考えるのに疲れ、それからは外の景色をずっと見ていた。


日暮れの赤、夜の星、金色に見える朝日。

全てが愛おしく思えた。


この風景をもう少し長く、他の誰かに見てもらうのも悪くない。


翌朝、私はガモフに協力すると言った。

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