5.崩壊

上層部とは連絡が取れなくなっていた。

一体誰が生きていて、死んでいるのか。

私一人の対策チームが、もはや組織図に載っているのかも疑問だった。


幸いにも電気はまだ通っており、日々の報告自体は一方的に共有されていた。

組織とその内部ネットワークはまだ存続しているのだろう。

だがメッセージを飛ばしても誰も返事をしてくれなかった。


インターネット上にはまだ希望を捨てていない者たちがいた。

各国の有志がそれぞれ情報をかき集め、英語翻訳の情報を共有サイトにて公開していた。


大学の研究者からオカルトマニア、何かに突き動かされた一般人までが集い、議論と情報提供が行われていた。

決して活発とは言えなかったが、何も無いよりはマシだった。


私はそれら情報を参考に誰もいないオフィスで黙々と仕事をしていた。

記録し、仮説を立て、シミュレートし、振り出しに戻る。

毎日そんな感じだった。


外は静かだったので集中できた。

ほとんどの商業施設には誰もいない。

もう車や電車は走っていなかった。


私のいたオフィスはビルの8階で窓から下が見渡せた。


道には人が少しばかりいたが、大体は薬物やアルコール中毒者、もしくはイーレムブート初期症状者だ。

皆座り込んでるか、目的も無く歩いていた。


人以外もいた。

イーレムブートによる生成物が時折、徘徊していた。


おかげで物資調達が出来ない時もあった。

オフィスの窓から外を見て、人間以外がいれば外出を避けた。


体長が30メートルぐらいの蜘蛛がゆったりと道路を歩いている時もあった。

頭から手が10本ぐらい生えている人間のようなものも見たことがある。


足のない犬と猫が走り回っていた時もあった。

いや這っていたという表現の方が多分正しい。

道に座り込んでいた中毒者の顔を舐めていた。


銃を乱射しながら逃げる奴も見かけた。

走っては地面に向かって何度も銃を撃って、そしてまた走ってを繰り返していた。


何と戦っていたのかは分からなかった。ただ最終的にそいつは地面に引きずり込まれた。


向かいのビルの屋上にいつの間にかメリーゴーランドが出来ていた時もあった。

馬だけは生きているようで串刺しにされた痛みに一日中悶ていた。

鳴き声がずっと聞こえてたが、一週間もすると静かになった。


夜、外から助けを求める女性の声が聞こえた。

足を怪我しているようで道路の真ん中に這いつくばっては、ひたすら『助けて』と叫んでいた。

だが助けには行かなかった。彼女の上空には何かが飛んでいた。

暗くてよく見えなかったがそれは大きく、羽音は立てず、ずっと旋回しながら待っていた。

翌朝、窓から外を覗くと大きな血溜まりだけが残っていた。


ある日、すぐ側にある店に食料を調達しにいった。

入念に外の様子を確認してビルを出た。


店に入ろうとすると、中から缶詰とスナック菓子を抱えた男が出てきた。


目が合い、少し話をした。

彼は今だに、まともに見えた。

『家に帰って、飲み食いしながら昔の番組を観る』と嬉しそうに語っていた。

面と向かっての会話は久しぶりだった。


彼が立ち去ると私も店の中に入り、残っている食べ物をいくつか拾って自分のバックパックに入れた。


もう誰もいないのに、つい癖でレジの前に並んだ。

自分の行動に少し笑ってしまった。


店を出ると入り口から少し離れた場所で、さっき話をした男が倒れていた。

男の後頭部が割れ、中には昔やっていた人気旅番組のパッケージが大量に敷き詰められていた。

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