3.掌握と応急処置
しばらくすると、政府がテレビとインターネットを掌握した。
それから流れる情報はひたすら平静を促すものだった。
『落ち着いて下さい』
『すべて順調です』
『何も問題はありません』
嫌と言うほど聞かされた。
だが一度外へ出れば、遺体輸送車が何台も道を行き交い、街の空気には少しだけ血生臭さが混じっていた。
ネット上の投稿においても、不安を煽る言葉は検閲の対象となった。
情報と不安は反比例だ。
規制が進めば進むほど、不安は広がり秩序が崩壊していく。
紛争地やテロリストにとって、イーレムブートの初期症状者は兵器として扱われた。
少し教え込めば、立派な爆弾の出来上がりだ。
体に何も巻く必要は無いし、何より安価で強力だ。
街では度々デモや暴動が起きた。
『政府は真実を隠すな』『治療法を出せ』とか喚いていた。
別の国ではカルト宗教が台頭していて、祈りの力で"悪しき者"を消したという。
実際は複数の初期症状者を集めて、気に入らない政治家を何十人と殺していた。
ある種の意思統一でイーレムブートの生成物がより強力になる初めての事例だった。
世界は人の頭で思いつくかぎりの大禍で溢れていた。
私も何人かに助けを求められた。
私が対策チームに所属しているのをどこからか聞きつけたのだろう。
彼らは初期症状者か、もしくはその家族で全員が恐怖に打ちのめされていた。
『金ならいくらでもある』
『子供を治してくれ』
『親を助けてくれ』
『死にたくない』
沢山の懇願があった。
だが私が返す言葉は同じだった。
『出来ることは何もない』
死者数が世界人口の50%に達する頃、薬物に関する情報が治安の崩壊に拍車をかけた。
私達の対策チームが薬物中毒者やアルコール中毒者に関して、イーレムブートの発症率が低い傾向があることを発見した。
しかし、この情報は非公開とされた。
だが、どこかのバカが情報をリークした。
恐怖から逃れようとする人間の行動は単純になる。
多くの人がアルコールから違法薬物までを買い占め、犯罪組織が莫大な利益を得た。
裏社会における薬物・アルコール市場が活性化し、一部の地域では地元警察をも上回る犯罪組織が出来上がった。
もっと最悪なのは幻覚剤を打った奴によるイーレムブートの発症だ。
奴らの頭がハッピーになれば、その被害は歪になった。
駅が虹色のドロドロした何かになったり、高速道路が反転するのはまだ可愛い方。
半径50mの人間の顔が潰れる事案が一番きつかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます