2.騒ぐ者ども

私はただ呆気にとられ、しばらく考えがまとまらなかった。

いつも通り仕事を続けたが集中出来なかった。周りの皆もそうだ。


その日を境にメディアは大騒ぎだった。

ネットでは憶測と陰謀論が飛び交い、無秩序で配慮のない情報の拡散が行われた。

テレビは何も知らない専門家や出演者が自分の予想と感情を曝け出す劇場と化していた。


私達の所には比較的正確な情報が集められたが、”正確な情報”が正常な論理を有しているとは限らない。


あの死んだ男は、あるアニメキャラの熱心なファンで界隈では有名だったらしい。

そして男の頭から這い出た女、あれはそのアニメキャラにとても似ているという。


一部のSNSユーザーは『二次元キャラが現実になった』と喜々として話題にしていた。


また死んだ男は通院していた。

医者によれば、頭を内側からノックされているような違和感を感じていたという。

今思えば、これは初期症状だ。


私達の方でも、これら情報に基づいてミーティングが行われたが、誰も何も喋らなかった。

誰の頭にも思い浮かんだ空想が一番まともそうに見えるクソみたいな状況だったから。


この頃はまだ普通の日常を過ごせた。

誰もが職場や学校へ向かい、家事をし、娯楽を追求し、ベッドの上で安眠できる。

テレビ番組は普通に流れていたし、ネットでも例の動画は一部の物好きだけの話題となっていた。


ただ私にはそれが不気味に映った。

時間が経ち、誰もがあの動画の話題を避けているように見え、そして私自身もそうだった。

仕事とはいえ、心の平穏の為に関わりたくないというのが本音だ。


一方で、発症者は各地で増えていった。





ある者は頭部破裂で死に、その穴から大量の現金が出てきたという。

そいつは一攫千金を夢見ては酒の席で喋り倒していたらしい。


とある夫婦は亡くした子供を再び授かったという。

夫が頭部破裂で死亡し、そこから我が子を再誕させたらしい。


そのゲームコミュニティでは人気女性キャラの誕生プロジェクトが立ち上がった。

初期症状がある者を集め、その様子を配信していた。

結果的には5人死亡して、そいつらの頭から5人生まれた。

だがその内3人は奇形でその場に捨て置かれた。

生成物に対する人権や保護に関しての議論が巻き起こり、凄まじい炎上騒ぎとなった。


ある者は拡大自殺を起こした。

自分の勤め先が爆発する様をひたすら妄想したのだろう。

ビル1つが丸々吹き飛び、数百人が死んだ。

監視カメラの記録映像により、複数の爆発物が男の頭から飛び出しているのが確認された。


ある少年は自分オリジナルの怪獣を描くのが得意だった。

少年は死んだが、自分の怪獣が両親や他の人々を刈り取る姿を見ずに済んだのは救いかもしれない。


状況がより悪化していると皆が感じ始めたのは、どっかのお偉いさんがこの現象に”イーレムブート”と名付け始めた頃だろう。


国内は徐々に混乱していった。

根拠もなく海外に逃げる奴もいたが、有様は国内と対して変わらなかった。


イーレムブートに関連した死者は急激に増加し、各国のインフラが機能不全を起こし始めた。


また発症者の頭から生まれた生成物の処理には相変わらず困っていた。

特にそれが人間だったり、人間に似た何かの場合は人権や戸籍に関してかなり揉めていた。


私が新たな対策チームに編入される頃には、非常事態宣言を出す国がいくつもあった。


あの頃の私は、今よりも精神的に疲弊していたと思う。

この状況に慣れていなかったのだろう。


テレビのニュースやSNSは見なくなり、家に帰れば映画や賑やかな番組で気を紛らわした。

同時に対策チームの一員として何か出来るのではと思いを巡らせていた。

だが当時にしてみれば、その正義感に似た何かは自分を追い詰めるだけだった。


やがて眠れなくなった。

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