第48話 花の魔女、光る花に翻弄される

 久々に元草原の国に行ってみない? とアイセル君を誘ってみた。

 アイセル君は結構渋っていたけど、草原の国跡地には興味はあるだろうから、それをダシにして、以前のように一緒に花の魔女の資料を探して、一日だけでいいから草原の集落の様子を見に行けたら。

 そう願う私に、絶対にアイセル君から離れないこと、集落内での宿泊はしないことを条件に、もう一度草原の国に一緒に行ってくれることになった。

 私の無理を聞いてくれたのが嬉しかった。


 元草原の国での調査を三日間。今回もちょっとした収穫があった。昔の花の魔女の儀式の記録に、花の魔女らしき子供を持つ親が書いたと思われる日記、それにずいぶん古い花の魔女の絵姿…。調査の間、アイセル君は時々静かに笑みを見せていた。きっとご満悦だ。


 四日目、フロレンシアに帰る道すがら草原の集落に立ち寄った。草原の魔女アマリアさんや集落の人と話をし、子供達と少し遊んた。どの子が花の魔女かは聞かなかったけど、何となくわかった。でも知らないふりをした。最後に草原の地に祈りを捧げ、あっという間に一日が終わった。


 その日のうちに近くの村まで行く予定だったけど、思ったより遅くなったので、以前アイセル君を追ってきた時に捜索隊が拠点にしていた場所にテントを立てることにした。

 アマリアさんは集落に泊まることを勧めてくれたけれど、ここに来る前からアイセル君と約束していたから丁寧にお断りした。

「氷の魔法使いなのに、フィオーレのことになるとずいぶんお熱いのね。…氷のお方が花の魔女様のご寵愛を受けるなんて、本来ならあり得ないのに」

 アマリアさんは誘うのとは違う意味深な目でアイセル君を見ていたけれど、アイセル君は無表情なまま目を合わせようともしなかった。

「花と氷は合わないって時々言われるけど、本当なのかな。アイセル君の氷魔法、氷でできた花のようで、とってもきれいで、初めて見たときから私はすごく好きなの。凍らせた果物を出してもらったら、もう喜んで食べちゃうし、口に入れるとアイセル君の魔法がふわっと広がって、なんだか嬉しくなって…」

 私が話している途中から、アイセル君は口許を押さえて顔を後ろに背けてしまった。それを見たアマリアさんも周りにいた人もこらえきれないようにクスクスと小さく笑い声を上げた。

「さすが、花の魔女様。あなたの前では氷も溶けて水になってしまうのね。水と花は相性抜群だもの」

「フィア、もう帰ろう」

 自分のことが話題にされていたたまれなくなったアイセル君に手を引かれ、あいさつもそこそこに集落を離れた。


 その夜、寝る前にアイセル君を散歩に誘った。

 フロレンシアより早く訪れる南の草原の春は、暑くもなく、寒くもない。私がアイセル君を追いかけてここに来たのも、これくらいの季節だった。

 思った通り、林の中にほのかな青い光が点々と光ってる。

 月光草の群生地。あの時と変わらないままの。

 手を繋いだまま林に入り、ゆっくりと歩きながらしばらく光の花畑を見つめていた。

 あの時は、悲しい思いを青い光が励ましてくれた。今は違う。


 アイセル君が花を摘んだ。ゆっくりと光を失う花。

 一輪は、私の髪に。

 もう一輪、そっと私の前に差し出され、唇に触れた。そのまま口に含むと、私の体から同じ光が浮き出してきた。アイセル君の望むまま光り、私を見つめるアイセル君に唇を重ねた。

 少し驚いた顔をした。 

 光る私は、私であって私じゃない。アイセル君の思い人の影。その花を自ら口にしたのは、アイセル君へのお礼のつもりだった。少し強引にこの旅をお願いして、それを許してくれた事への。

 アイセル君はゆっくりと手を伸ばし、私を抱きしめた。

 ゆっくりと、ゆっくりと力がこもる。

「フィア…。この光が消えたら、全てが夢で、僕はまたここに置いていかれそうな気がする」

「大丈夫だよ。ずっとそばにいるよ」

 静かに抱きしめられて、私もアイセル君の背中へ手を伸ばし、包むように力を込めた。

「ごめんね」

「何が?」

「…ここに来るとアイセル君は不安になってしまうのに、私のわがままで」

 言葉を続けさせないようにするかのように、軽く口を塞がれた。

「君が一人でここに来たいと言ったら、怒って止めていたよ。でも一緒に、と言ってくれた。そんな君の願いを叶えるのは当たり前だ」

 そう言ってくれても、とり繕ってるだけじゃないかと思ってしまう。けれど、嘘をついてる顔じゃない。

「僕のしたいこともさせてくれたし、こうして光る君を見ることもできた。僕にとってもまんざらでもない旅だったよ。…ただ、あの魔女が…」

 あの魔女…草原の花の魔女のこと?

「あの毒花の魔女に負けたことを思い出すとむかつくんだ。次に負けると君と引き離されてしまう。あんな思いはもう二度としたくない。そう思うと怒りがこみ上げてきて、ここでは気が抜けなかった」

 集落にいる間、アイセル君はずっと警戒を解かず、まるで王様の警護をしているかのようだった。本当に無理を言ってしまったことをすまなく思っていたら、

「とかく、あの魔女を見ているだけで無性に腹が立つ。僕の知らない話題で盛り上がるのも面白くないし、からかわれるのも不愉快だ」

「…え?」

 それって、…後の方は拗ねてない?

「…自分でもわかってるよ。大人げないって」

 そんなアイセル君が、…何だか、とてもおかしい。普段は自信たっぷりで、余裕があって、揺るがない。沈着冷静な氷の騎士様が、花の魔女に翻弄されてる。本当に拗ねてるんだ。

「大人げないアイセル君も、…嫌いじゃないよ?」

 私がそう言うと、アイセル君はちょっと戸惑ったような顔を見せた。そしてそっと顔を寄せてきて、もう唇が触れる寸前、で、突然顔の向きを変えた。それと同時に目の前で氷魔法がはじけて、私の内側からこみ上げる青い光が一瞬で消えた。

 け、消せた? あの光を? どうやって?

 アイセル君が遠くを睨みながら手を向けると、小さな氷の塊が数個、弧を描いて飛んでいき、

「いてっ」

と言う声が聞こえてきて、草むらがざわざわと揺れた。

 誰かいた?

 の、…のぞき見、されてた??

 驚く私の手を引くと、アイセル君は早足で歩き出し、もたつく私をじれったいと言わんばかりに抱え上げると、ますます速度を速くした。

「くそっ。光る君を見られた。僕だけのものだったのに…。これだから草原の連中はっ」

 そしてすぐにテントまで引き返すと、大抵の襲撃はものともしないような、とんでもない結界が張られた。何ですか? これ、のぞき見対策?


 ぺたりとテントに座り込み、二人きりになって息をつくと、アイセル君は私の髪に刺さる月光草の花を手に取り、にやりと笑って目の前に差し出してきた。

 唇に触れる花。期待の目で私が口にするのを待ってる。でも私にはそれよりずっと気になることがある。

「…消し方。月光草の光の消し方、教えて!」

「えっ?」

 私のお願いが予想外だったようで、きょとんとしてる。

「教えてくれるなら、食べてもいい」

 返事を待たずに月光草の花を口に含み、自ら光ったところでどうやるのか聞いて、教えてもらったとおりにやってみた。

 そんなに難しい魔法じゃない。でも消えない。どうやっても消せない。花の魔力はもちろん、氷の魔力だけでやってみても消えない。

 私のうろたえる姿を目を細めて見守っているアイセル君。じーっと目で訴えると、クッと笑った。それは嫌味なほどに余裕のある、勝利の笑み。

「もう一回、見本見せて? ね?」

「それは約束してないな。…君には消せないことはわかったよ。…朗報だ」

 アイセル君は笑みを浮かべたままゆっくりとそばに寄ってきて、そこから長い夜が待っていた。



 無事フロレンシアまで戻り、荷物を片付けていたら、悪い男がこっそり持ち帰っていた月光草の花を偶然見つけてしまった。

「旅は譲歩したんだから、これくらいは許してほしいな」

 そう言って返してほしそうに手を伸ばすけど、その「これくらい」は月光草を持ち帰ったことだけではなく、私が月光草の花を食べることも込みだよね。

 遠慮なく、見つけた花を全部食べてやった。…昼間に、目の前で。

 思った通り、月光草の光は太陽の光が射す時間だと室内でもほとんどわからない。がっくりしてたアイセル君にヘヘンと笑ってやった。


 それから数日後の夜、まだ隠し持っていた月光草の花をまんまと口に入れられてしまった。凍らされた花に光る私。どうしても消せない光。したり顔で詰め寄って来る氷の騎士は、望みのものを手に入れ、満足げだった。


 いつの間にか庭のすみっこに月光草と思われる草が植えられていた。

 根付くかどうかわからないけど、花が咲いたら摘まずに一緒に見ようってお願いしてみよう。

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