終話 花の魔女、北で暮らす
結婚して四年後、私とアイセル君はフロレンシアからノストリアに移った。
きっかけは、アイセル君の亡きお母さまのお姉さまのところの次男アーベル君がかなりのダメっぷりを披露したこと。
アーベル君がノストリアの後継者候補になり、いよいよ領地に迎えようとしたところ、ノストリアではなく王都にあるノストリア領主の家に住み、そのくせ領地からの収入を当てにして自分や恋人が着飾るための物を買い、領地の館に請求書が届くようになった。
何度かノストリアに来るように言っても、のらりくらり。おじいさま自ら王都まで出向き、とっ捕まえて話を聞くと、
「社交とかいろいろ忙しいんだよ。夜会だって毎週のようにあるし、初めてだから買いそろえる物も多いし、いろいろ付き合いもあるし。領地のことなんて執事がやってるから、別に行かなくったって大丈夫だって」
その言葉におじいさまが怒り狂って、全ての請求書を親元に送りつけ、わずか二ヶ月でノストリアの後継者候補から外した、らしい。あのおじいさまが怒り狂うところ、想像できな…くもないか。
もちろん、自身の両親にも叱られた。殊更父親には「領主の仕事もわかっとらんバカ者」とがっつりお叱りを受けた。自分の父親も領主さんなのに、仕事ぶりも把握してなかったって…。そりゃ、親にけんか売ってるよね。
アーベル君はどこかの貴族の家に執事見習いに出されたとか…。務まるかどうかははなはだ疑問ながら。
三男のレンス君が家督を継げるようになるまでの間でいいからノストリアに来て欲しい、と一年越しでおじいさまに頼み込まれ、おじいさまの体調もあまりよくないということだったので、アイセル君は悩みながらも引き受けることにした。
ところが、いざ行ってみると、おじいさまは体調不良をほのめかしながらお元気だし、レンス君はちょくちょくノストリアに来る割に、王都の騎士隊に入りたいと言って、アイセル君から学んでいるのは領地経営より剣と魔法の方が圧倒的に多い。どう見ても後継者は育ってないのに、おじいさまがそれを咎める様子もない。ということは…。
アイセル君はおじいさま、おばあさまにしてやられたかもしれない。
ノストリアに来て半年後、言い伝え通りのことが起きた。
花の魔女が子供を身ごもると、魔法が使えなくなる。これは本当だった。
氷魔法はもしかしたら使えたかもしれない。あれは私の中では別枠だし。でも体が冷えるといけない、と実験はさせてもらえなかった。凍った果物も一日一かけしかもらえなくなり、それが結構ストレスで、毎日もう一かけを出してもらうのにいろんな駆け引きを駆使し、粘ればオレンジなら三かけまでなら許してもらえた。
ところが、産後は徐々に魔法が使えるようになり、半年もすれば元通り。花の魔法が使えなくなるのは一時的なものだった。
花の魔法は花のごとく、実を宿せば枯れるのみ。
この伝承も偽りだったか…。花の魔女の噂って、結構当てにならないのが多い。
まだまだ枯れてない私は、その後も時々要塞にお手伝いに行っている。もうすっかり顔パス。他にも何人かボランティアや短期契約の魔法使いが出入りするようになっていて、みんなとも仲良くなれた。
最近は要塞でも、
ノストリアで生まれた我が子は、アイセル君と同じ氷魔法が使える男の子。草原の国からも離れてるし、男の子の時点で花の魔女の可能性はない。正直に言えば、花の魔女でなくて良かったと思ってる。花の魔女であることは、必ずしも幸せなことばかりではないから。アイセル君に見つけてもらえたこと以外はね。
思えば、花の多いフロレンシアでは子供に恵まれなかったのに、ノストリアに来てから子供を授かることができた。冬に花が少なくてもノストリアでさほど不自由なく暮らせてる。
花と氷は相反するもの? 少なくとも、私にはそうじゃない。
セオリーなんて、気にしない。
伝承なんて、当てにしない。
花は氷を求め、氷は花を愛す。
アイセル君がいる所、そこが私の帰る場所。
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