第六章

第44話 花の魔女、フロレンシアに戻る

 朝早くだったはずの出発は暗黙のうちに変更されていて、次の日のお昼近くにおじいさま、おばあさまにたくさんお礼を言って、ノストリアを離れた。

「次は仲良く二人で遊びに来るね」

と言うと、おばあさまに

「ええ、是非。二人でも三人でも、大歓迎よ」

と、ちょっと意味深な言葉をいただいた。


 おおむね五日ほどかかる旅はもう三回目。

 初めてフロレンシアに行った時は、道案内をしてくれる親切なアイセル君と。

 二回目は、婚約破棄したつもりで、おじいさまと一緒にフロレンシアを離れた。

 そして三回目は、夫になったアイセル君と「おうち」のあるフロレンシアに帰る。

 馭者さんと馬車を借りてフロレンシアへ戻る道のりは、御する馬を気にすることもなく、ずっとアイセル君と一緒だった。

 途中の宿が別々の部屋でなくなって、初めは何だか照れくさかったけれど、すぐに慣れた。でも、寝る前にアイセル君から「あーん」と言われても、口は開けない。もう騙されない。あの花を食べてなるものか。意地になって歯を食いしばる私に、アイセル君はちょっと不満そうにしながらも笑って引き下がる振りをして、次の手を考えてきた。そして、全然引っかからない、と言うわけにはいかなかった。…くっそお。この敗北感をどうしたものだろう。


 結婚したから覚悟はしてたんだけど、花の魔法は今のところなくなってない。花の魔法も、氷の魔法も、どちらも使える。伝承にもいくつかデマはあるらしい。

 王城の書庫にあった花の魔女に関する文献は全て複製を取り、家にあるらしいので、私も少しづつ読んでみよう。

 草原の国跡地で見つけて、王様に渡してないものもある…? それは、横領になるんじゃない?

「僕は護衛だったしね。頼まれてたのは、調査隊を守ることだけだよ。たまたま落ちてた紙を拾ったことなんて、いちいち王に言わないだろ?」

 花の魔女コレクターとしてはライバルだもんね…。

 王様とアイセル君が花の魔女の話をしたら、恐ろしく盛り上がるんだろうなぁ。でも意見が食い違ったら、チェントリアとフロレンシアの抗争を招きそう。

 二人が近寄ることはないだろうけど、このまま距離を置いた方がいい。うん。


 今は達成済となった婚約の書類は、ライノさんところの魔法鍵のかかる棚に入っていた。あんなに探したのに見つからなかったのは、秘匿の魔法をかけてあるからって…。鍵は開けられたのに、何だか最終的にはいつもアイセル君に負けてる気がする。

 すぐ隣に婚姻の証明書を入れてもらった。

 さらにはアイセル君に添削され、ライノさんも横から口を出し、調子に乗った二人からあちこちにダメ出しのコメントを書き込まれた婚約破棄の「メモ」も記念に残され、棚にはあの時と同じ鍵がかけられた。



 アイセル君の見立てでは、草原の集落の花の魔女は、恐らく花を食べて魔力を得る本来の「花の魔女」とは少し違う。

 花を使って魔法をかけるけど、花の持つ力を抽出して、息にのせて吐き出す魔法使い。花の魔女を名乗ることで草原の集落をまとめあげていて、恐らくみんなそのことをわかっている。だからこそ本物の花の魔女を欲していて、祭を復活させ、魔法使いの男の人を集落に留めたがったのだろう。

 だから私は草原の集落に近寄ってはいけない。そう言われた。正体を知られれば、アイセル君以上に二度と戻れなくなるだろうから。



 フロレンシアから草原の集落に移住した魔法騎士とそのお嫁さんは、なんとその後半年ほどでフロレンシアに戻ってきた。元々お嫁さんもフロレンシアの東部に住んでいた人で、夫を得、子供を身ごもり、フロレンシアに里帰りしたらやはりフロレンシアの方が何かと便利で、身内もいて子育てもいろいろ手伝ってもらえるから、このままフロレンシアで暮らす道を選んだのだそうだ。魔法騎士も騎士隊に復職が認められた。

 結局、調査隊の人は草原の集落には誰も残らなかった。なかなか草原の花の魔女の思惑通りにはいかないみたい。

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