第43話 花の魔女、夜に光る

 式の後はまっすぐお屋敷に戻り、少しいいお肉で結婚をお祝いしてもらいながら、明日のお別れを前に名残を惜しんだ。

「いつでもノストリアにいらっしゃいね。アイセルと一緒でなくても、フィオーレさんだけでも遠慮しなくていいんだから」

 おばあさまにそう言われ、そんなに長く滞在したわけではないのに、なんだか新しい居場所ができたように思えた。故郷って、こんな感じなんだろうか。


 明日はフロレンシアに戻るから早めに休もうと言われていた。

 明日の出発の準備もできた。思った以上に荷物が増えていた。ドレスも宝石もみんな持って帰るようにって。おじいさま、気前よすぎる。おばあさまからお借りしたウエディングドレスも、引き継いでくれる人がいて嬉しいと言われ、式は終わったけれど遠慮なく持ち帰ることにした。

 アイセル君の部屋に行ってみたけど、こちらもすっかり片付いていて、特にお手伝いすることもなさそうだった。

「もう片付いちゃってるね」

「ああ。そっちは?」

「こっちも何とか。明日は早いんだったよね。それじゃ、おやすみなさい」

 あいさつとほっぺにちゅっとして部屋を出て行こうとしたら、

「あ、フィア、ちょっと」

と呼び止められた。

「何?」

「口を開けて、あーん」

 言われるまま口を開けたら、口に凍った何かを放り込まれた。

 すると自分の手が青白く光り、月光草の花を食べさせられた、と気がついた時には、部屋の中で自分の姿が青く浮き立っていた。

 どんな魔法でも消せないあの光に戸惑い、うろたえていると、してやったような顔でこっちを見ている悪い男が…。

「やっぱりこの花だったんだ」

 アイセル君は光る私をじっくりと眺め、それが妙に居心地が悪い。にやりとした笑いを急にとろけさせると、私を軽々と抱え上げた。寝台の上に降ろされると、片手を私の顔の横につき、反対の手でゆっくりと頬を撫でられた。優しく、壊れ物を扱うかのように、そっと。

「僕は嘘つきなんだ」

 突然そう言ったアイセル君。

「君以外には心を許したことはないと、そう言ったけれど、本当はそうじゃない」

 自分の嘘を告白しながら、甘く優しい目で見つめられる。それなのに、語る言葉は…

「フィアじゃない誰かに、心を奪われたことがある」

 それは、浮気の告白? この体勢で? 結婚したその日に??

 どう反応していいのかわからず、ただアイセル君の顔を見ていると、そっと短く唇が重なった。柔らかな感触が唇に残る。その唇で何を告げようとしてるんだろう。少し恐いけど、目が離せない。

「夜の森で月光草の花と同じ光を放つ人に、一目で僕は心を奪われた。姿を隠す魔法を使われなかったら、そのままずっと見惚れていたかもしれない。あの時、偽の思いに抗う苦しさも、本物を求める心の渇きさえも忘れていた。どんな魔法よりも、どんな毒よりも強く僕の心を奪っていったあの人を…、光る君を、もう一度見たかったんだ…」

 それは、光ってた人に一目惚れした、と言うこと? 花の魔女でもなく、私でもない誰かに恋心を抱いたと…? …?

 それは、…浮気? なの、かな?

 秘密の話をするかのように、耳元に寄せられた顔。くすぐったさに思わず肩をすくめても逃がしてはくれない。ゆっくりと腕が絡みつき、その腕の中に閉じ込められてしまう。

「どうやっても、僕は君を好きになるしかないらしい。…僕はどれだけ君のことが好きなんだろう。自分でもわからない。そのままの君も、青く光る君も、…どちらも愛おしい」

 耳にかかる息にのって吹きかけられる甘い言葉。耳たぶを軽くかみ、首筋をなぞるように這っていく唇。

「だ、…だからって、…!! 月光草の花を、食べさせるなんて…。この光、魔法じゃ、…け、消せないんだから」

「じゃあ、消えるまで一緒にいよう」

 部屋に灯っていた明かりが消えた。

 暗闇に浮かぶ私の姿を崇めるように見つめ、長い口づけと共に少しづつ青い光がむき出されていく。まるで、草原の集落で再会したあの月光草の花の中のようでありながら、あの時のように追われもせず、略奪するような荒々しさもなく、思いを止めるものは何もない。抗うことなく、愛されるままに愛を受け入れる。私も思いを捧げ、受け入れられ、満たされていく。


 そして私はアイセル君の妻になり、アイセル君は花の魔女に加え、青く光る花の信奉者になってしまった。

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