第40話 氷の騎士、自らを語る

 僕の母はノストリアの領主の娘で、王都のパーティで出会った男と恋に落ちた。

 その男を信じて、両親の反対を押し切って家を出て、子供まで産んだのに、実はその男には既に妻がいて結婚できなかった。書いた婚姻の書類はどこにも届けられず、握りつぶされていた。騙された挙げ句、生まれた子供も取り上げられ、子供はフロレンシア領主の跡取りとして子供のできなかった正妻の下で育てられた。それが兄のライノだ。恐らく領主の妻は跡継ぎを産めなかった負い目もあったんだろう。他の女が産んだ子供でも兄は大切に育てられた。

 母は妾として世話になるのを嫌がり、領主の元を離れたものの、ノストリアにも戻れなかった。それを救ったのは、フロレンシアの騎士隊員だった。ノストリア出身で母のことを知っていて、何かと世話を焼いているうちに二人は互いに惹かれ、結婚してフロレンシアの片隅で暮らすようになった。やがて生まれたのが僕だ。


 ノストリアの祖父母が母を見つけて説得し、僕が七歳になった頃、僕ら家族はノストリアに行くことになった。それを知った領主が妨害して、…やり過ぎたんだ。歪んだ執着心を拗らせ、母と、魔法を使える優秀な騎士のノストリア行きを阻止しようと追い詰めた挙げ句、馬が暴れて馬車は崖から落ち、僕だけを残し、父も母も、同乗していた人はみんな死んでしまった。


 生き残った僕に父と同じ魔力があることを知った領主は、僕を含めた全員が事故で死んだことにして祖父母を騙し、僕を養子にした。

 可哀想だから引き取ってやった。恩に報いろ。兄に尽くせ。おまえの魔法はこの家のためにある。ずっとそう言われていた。

 義理の母は、兄のことはかわいがっていたけど、僕のことは本当に嫌っていた。顔を見るたびに嫌味を言われて、よく扇でぶたれた。

 僕は一人で別館に住んでいたから、そうそう会うこともなかったし、世話をしてくれる家令は親切だったから、暮らしに困ることはなかった。

 兄からはいじめられはしなかったけど、僕を下僕くらいには思っていたかも知れない。僕が兄に従うのは当然だと、そう思っているのがありありとわかった。


 僕はがんばったよ。魔法を研ぎ澄まし、僕がいなければ困るくらいに存在価値を高めて。愛されたかったからじゃない。飼い殺しにされないためにそうしていた。領主の館にいる人を家族だなんて思ったことはなかった。


 十三歳の時に義母が亡くなった。いなくなって正直せいせいした。

 ノストリアの祖父母はライノと僕が自分たちの孫であり、僕も生きていたことを掴んではいたけれど、義母が会うことを邪魔していたらしい。義母がいなくなってから何度か祖父母に会う機会があって、養子になりノストリアの領を継ぐよう誘われた。

 兄はフロレンシアの領主になることが決まっていたから僕に声をかけたんだろうけど、僕の魔力が狙いなんだと思って断った。受けたところで、領主が妨害するのは目に見えていたから、祖父母に迷惑をかけるのも嫌だった。


 自分の存在価値は魔力だけだ。そうとしか思えなかった。そして、僕より強い人に滅多に会うことがなかったせいで、うぬぼれもあった。僕を侮る者は徹底的にやっつけた。魔法を頼りに生きながら、僕の魔法を頼りにされても利用されてるとしか思えなくて、感謝されても嬉しくもなく、おだてる人をいつも冷めた目で見てた。「ご苦労様」というねぎらいさえも、僕には僕の働きを当てにしているとしか受け取れなかった。僕は心まで凍り付いた氷の騎士と呼ばれていた。


 そんな僕の鼻を折ったのが、君だ。

 フロレンシアの領主が亡くなり、兄が領を継いでさほど経たない時に、それを狙ったようにサウザリアがフロレンシアに攻めてきた。その時、王から派遣されてきたのが君だった。

 僕はフロレンシアの東部で戦っていた。サウザリアは自国と接している東部を攻めてくるのが常だった。だけどあの時は東に配置された敵方の主力の魔法使いは一人だけで、他は大した魔力もない雑魚だった。僕らはあっけなく勝利したけれど、その時、王都の騎士隊が配置された場所に敵の勢力が集まり、街に近い中央門を突破しようとしていた。

 敵の主力の魔法使い三人と、その周辺の兵達にたった一人で抗戦し、敵を翻弄し、街を守り、共に戦う者を守っていた人がいた。それが花の魔女、君だった。

 伝説でしかなかった花の魔女を目の前にして、本当にすごい魔法使いは僕レベルなんかじゃないんだって、目が覚めた。

 僕は花の魔女を魔法使いとして憧れ、崇拝し、信奉した。


 フロレンシアの東部には草原の民が多くいたから、そこに行って花の魔女に関する話を聞いた。みんな花の魔女を敬愛していたけれど、フロレンシアでは花の魔女が生まれることはなく、本物を見たこともないという人も少なくなかった。まるでおとぎ話のような幻の存在だった。

 兄に命じられて王都の騎士隊の傭兵になってからは、働きながら王都や派遣された先で花の魔女について調べた。草原の国への調査隊を護衛する仕事があれば進んで参加して、残された記録を拾い上げた。知れば知るほどのめり込んでいって、僕の中で花の魔女は神に近い存在になっていた。


 契約切れのタイミングで花の魔女を北の要塞まで送る仕事が転がり込んで来た時には、運命だと思い、迷うことなくすぐに引き受けた。…それが君で、そばにいるとあまりのギャップに驚いた。

 花の魔女は神じゃない。かわいい普通の人間だった。優しくて、たくましくて、生き生きとして、正義感が強く、さみしがり屋で、何より僕のことを好きでいてくれる。

 一人で生きるのが当たり前だと思っていた僕が、君を手放したくない、そう思うようになった。


 花の魔女の虜になってから、僕はずいぶん人間らしくなったと言われた。

 君に出会い、僕が笑っているのを見て、みんな驚いていた。それくらい自分が笑わない人間だったと自分でも気付かなかった。

 人はみんな僕の魔力だけを見てる。そう思ってた。だけど違った。兄だって意外と僕のことをちゃんと見てた。祖父母も本当に僕のことを心配し、見守ってくれていた。僕は力を望まれていただけじゃなかった。ずっと僕が拗ねていただけだ、もうずっと長い間。それに気がつけたのは、フィア、君に会えたからだ。


 君がどんな生まれでも、僕には関係ない。君でさえあればいいんだ。

 自分のことを確かめたいなら、一緒に探そう。僕が今回の調査隊に加わったのは、草原の国跡地でもしかしたら君につながる何かを見つけられるかもしれない、そう思ったからだ。結局何も見つからなかったけど…。

 知るのが恐いなら、もう二度と探さないよ。君は草原の花を母に、風を父に産まれてきた、そう思えばいい。


 フィア、君がただいまと言えば、おかえりと迎えたい。僕が帰ってきたら、お帰りと言ってほしい。君にも僕にもずっと手に入らなかった言葉だ。

 僕が待つのは、君だけだ。僕が帰るのは、君の所。

 僕のそばにいてほしい。

 これからも、ずっと。

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