第39話 花の魔女、出自を憂う
そのまま一週間くらいノストリアでのんびり過ごそうかと話していたけど、連日フロレンシアから呼び出しの手紙が届き、三日後にはフロレンシアに戻ることになった。
呼ばれていたのはアイセル君だけで、おばあさまは
「アイセルだけ戻って、フィオーレさんはもうしばらくゆっくりしていけば?」
と言ってくださったけど、
「フィアが一緒じゃないと帰らない」
とまさかのごね方をするので、ライノさんに悪いので私も一緒にフロレンシアに戻ることにした。
おばあさまが私を残したいのは、アイセル君をここに呼び寄せたいから。アイセル君自身がどう思っているかはわからないけれど、おばあさまはアイセル君をノストリアの跡継ぎにしたがってる。
もし、アイセル君がノストリアの領主候補になっても、そつなくこなしそう。フロレンシアでもライノさんのお手伝いしてるし、閣下とも結構対等にしてたし。
そうなると、私って微妙だなあ。
おじいさまもおばあさまもいい人だし、嫌われてはいない、と思う。
だけど…。
花の魔女を生むための祭の話を聞いて以来、自分が乱交祭で
推定草原の国生まれ。父母は不明。自分の年も、生まれた日も知らない。一時期奴隷として売られ、戦争孤児を経て王の戦闘用魔女。そしてフロレンシアの居候になり、現在ノストリアの客分。
おじいさまには、自分を卑下する必要はないと言われたけど、どう考えても釣り合わない。かつては王子とも、今はアイセル君とも。
アイセル君ともう一回婚約し直すのかなぁ。
アイセル君のことは好きだし、アイセル君も私のことを好きでいてくれる。でも、本当にそれでいいんだろうか。
王城では足を引っ張り合う人だらけだった。本人だけでなく、そのそばにいる人もちょっとした弱みを探られ、それを皮肉り、罵倒する人を何度も見てきた。
「奴隷風情が」
「淫猥な国の生き残り」
王子の言葉が突き刺さる。
いつもなら聞き流してた言葉。でも、それなりの身分の人には、それなりの相手が必要。
…アイセル君の弱みになるのは、嫌だ。
その日の夜も、いつものように寝るまでの時間、アイセル君の部屋でお話をしていた。
「ノストリアでゆっくりしたかった?」
聞かれて、首を横に振った。
「少しだけお世話になったら、どこかに行こうと思ってたから。本当は、要塞のお手伝いが終わったら出て行こうと思ってたの。…いつもノストリアからどこかに行こうとすると、アイセル君に止められちゃうね」
「そうだよ。…僕は君を離さないって決めてるからね」
真顔でそういうことを言う。そんなところは相変わらず。
「…少し、元気ないね。まだ僕のこと、許せない?」
「ううん。そんなことは思ってないよ」
「じゃあ、何か気になってることがある?」
何か…。
フロレンシアに戻るのが嫌? そんなことない。
アイセル君と一緒に暮らすのが嫌? そんなことない。
むしろ、私のこと。
「…全然知らなかった自分のこと。知らないままでいたら、気にもならなかったことが、ちょっと気になったりして…」
「例えば?」
例えば。
一度開いた口を閉じて、ちょっと俯いてしまう。でも、私が話せるまで黙って待っていてくれる。
…話して、みようか。
「…私、何者なんだろう。花の魔女なんて聞こえのいい呼び名で呼ばれていたけど、国を守る魔女を生むために見知らぬ男女が夜を共にして、そうやって生まれてきた可能性もあるんだって、思いもしなくて…。別に、どんな親でも気にならないと思ってたんだけど。…私、アイセル君のそばにいられるような…」
突然、口に指を当てられ、言葉を止められた。
「…僕はフィアならいい。その思いは、変わらないよ」
いつもそう言ってくれる。
花の魔女でも、そうでなくても。
人に蔑まれるような生まれでも、そうでなくても、私ならいいと。
「うん。…ありがとう」
その言葉をそのまま受け取っていいのか。
アイセル君はいいと思っても、周りはきっとそう思わない。
まだ迷っている私に
「…フロレンシアに戻る前に、行きたいところがあるんだ。一緒に来てほしい」
アイセル君にそう言われて、こくりと頷き、その日は部屋に戻った。
フロレンシアに戻る前日、アイセル君に誘われて一緒に領主の館の北にある丘に行った。
アイセル君は白い花束を持っていた。
着いたところには、お墓があった。おそらく、このノストリアの領主家に
大きくて立派な墓石がいくつか並び、その前を通り過ぎると、端の方に小さな墓石が並んでいた。そのうちの一つ、三つの名前が書かれている墓石の前にアイセル君は持ってきた白い花束を手向けた。
ロドリコ・ヴェントゥーリ
アドリア・ヴェントゥーリ
アイセル・ヴェントゥーリ
…アイセル?
三つ目の名に、思わずアイセル君を見た。
「僕にも両親はいない。兄は領主で貴族だけど、僕は本当は貴族でも何でもない。氷の魔法を持っているから養子に取られただけだ。…貴族ならちゃんとした家系だと思ってる? そんな訳ない。もっとずっとドロドロしていて、吐き気がするよ」
そう言ったアイセル君は、口許は笑っていたけれど、まるで自分をあざ笑っているような、ちょっと恐い顔をしていた。
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