第38話 花の魔女、元婚約者の王子にもの申す

 そこへコン、と一回ノックの音がして、返事も待たずに誰かが入ってきた。来客中に失礼な奴。

 その姿を確認して、眉間にしわが寄った。

 げっ。何でこいつが…

「ああ、来客中か。まあいい」

 まあいい??

 しかも、そのまま閣下の隣に座ったよ。来客に気がついたら、遠慮して出直すもんでしょ? 呼ばれてもないくせに。その存在にイライラする。

 大っ嫌いな、元婚約者の王子。

「どこの令嬢だ? 見かけない顔だが…」

 値踏みするように上から下までじっと見られて、不愉快極まりない。しかもにやにや笑って、

「悪くないな」

 うえーーーっ。気持ち悪くてブルブル震えてしまう。

 隣にいるアイセル君の表情が凍りついた。冷気がもれてる。

 私だって気がついてないよ、この王子。気味の悪い笑顔を浮かべてまだ品定めを続けてる。胸を見てがっかりしたね。巨乳でなくてほんっとに良かったと、心から思う。

「当日、その場で今から夜会に参加しろって言われなければ、それなりの格好はするよ」

 何を言われているか、わかってない。それなら…

 すっと立ち上がり、昔学んだ作法を思い出しながら、深々と丁寧に礼をした。

「婚約破棄してくれて、本当にありがとう。おかげで、今は心穏やかに暮らしてるから」

「げっ!」

 ここまで言って、ようやく私が誰かわかったみたい。

「冬に北の要塞送り、殿下にしてはなかなか冴えてたんじゃない? おかげで無事要塞は不採用になり、晴れて自由の身。ほんと、殿下のおかげ。閣下も不採用にしてくれてありがとう」

「あ…、あの時の、花の…」

 閣下も思い出したみたい。敵に情けをかけ、落とした花を踏まれ、負けちゃった季節外れのおバカな花の魔女のことを。

「これが、冬に北の要塞に花の魔女を送った張本人。見たかったでしょ?」

 王子を指さすと、さすがに閣下も王子をじっと見る訳にはいかなかったようで、目は合わせないながらも渋い顔を見せた。

 そんな中、

「おまえ、花の魔女か! この要塞で力も出せず、追放された間抜けな魔女! ずいぶん化けたもんだな。着飾ればそれなりにましに見えるじゃないか。泣いて頼むなら、側室くらいになら取り立ててやってもいいぞ。ただし、俺の配下で俺の命に従うならな」

 ものすごーく楽しそうに、空気も読まずに、えらそうにしゃべりまくるバカ一名。

 わ、まじで鳥肌が立った。

 さすがの閣下も呆れ、アイセル君から冷気と殺気が湧き出してる。部屋が寒い。氷漬けにされそう。

「とんでもない。私のような腐れ魔女が殿下に近づくなど、恐れ多い…でございます。部下に襲わせて、あわよくば殺したいと思うほどの相手をそばに置くなんて、やめといた方が賢明だよ。私もそのうち我慢できなくなって、うっかり殺意を芽生えさせてしまうかもしれないし」

 王子は顔を引きつらせた。

「生意気な。一国の王子に向かって殺意だと? おまえのような卑しい生まれの奴など、本来ならこの俺に会うことも許されないんだぞ。叔父上に取り入ってお慈悲で生きてる奴隷風情が」

 とうとう言った。王子にとって私は「奴隷上がり」どころか、今でも「奴隷」なんだ。

「取り入った覚えはないよ。王様にいいようにこき使われてただけだよ」

「はん、どうだかな。淫猥な国の生き残りらしく、体でも差し出してご機嫌取ってたんじゃないのか? その男だってどんな手を使って篭絡したんだか」

 黙って立ち上がったアイセル君に、王子も対抗するように立ち上がった。

「何だその顔は。俺が誰だかわかってるんだろうな」

 空威張りしながらも、アイセル君に冷たく凍り付きそうな視線で見下ろされ、腰が引けている。

 体を差し出して、か…。ちょっと違うけど、まあ、ある意味そうだね。

「…心も、体も、魔法も、ボロボロになるまでこき使われたよね、王様にも、殿下にも」

 そして、私自身がそれを普通だと、そんなものだと思っていた。

「お城を出てから、私、やっと人並みに生きることができるようになったって実感してる。婚約破棄してくれたこと、私を王都から追い出してくれたことに感謝します」

 王子に向かって心からの感謝を込めて、丁寧に、深々と頭を下げた。

「二度とお目にかからないことを、心より願うのでございます」 

 怒りで顔を歪め、私の腕を掴もうと伸ばした王子の手を、アイセル君が掌で受けた。手と手の間に広がる氷の結晶の盾。防御魔法ではあるけど、一応あんなのでも王族なのに、魔法を向けるなんて。

「花の魔女フィオーレはフロレンシアのものです。手を出すなら、王家はフロレンシアを敵に回すと心得てください」

 驚いて手を引っ込め、青ざめながらわなわな震えている王子。

 第一王子でありながら国を継ぐ者ではなくなり、支援する者は激減していると聞いている。この上フロレンシアの反感を買うほど愚かではない、と思いたい。


 王子への所業を黙って見て見ぬ振りをしてくれた閣下にも礼をした。

「私はもうすぐノストリアからいなくなるけど、どうか瘴気の罠の調査は継続してね。あれは残っていたら、本当によくないものだから。きっと魔物が増えてしまう。この北の地の平和はこの要塞が要。どうかこれからも、みんなが心穏やかに暮らせるよう、この地を守ってね」

 このことを言いに来た私の思いを、ようやくわかってくれたみたい。

 閣下は、少し俯いたまま、

「…努力しよう」

とつぶやいた。


 ああ、こんな格好して来た甲斐があった。

「では」

 アイセル君が差し出した腕を掴んで、ゆっくりと優雅に立ち去る、はずだったのに、ドレスの裾を踏んづけてつんのめって転びそうになるところを、さっとアイセル君が支えてくれた。見栄を張る気はないけれど、あのくそ王子に笑われずに済んでよかった。


 廊下に出ると、アイセル君は大きく溜息をついた。

「まさか、あの王子がここにいるとは…。今さら君を気に入るなんて」

「気に入ったのはこの格好、でしょ? 花の魔女を連れて帰って王様の機嫌を取ろうとでも思ったのかな。…せっかく婚約破棄のお礼言ったのに」

「婚約破棄に、お礼なんてあるんだ」

 どちらからともなくぷっと吹き出し、そのまま扉の向こうに聞こえない程度に笑っていると、部屋のドアが開き、閣下が、

「おーい、花の魔女、靴忘れてるぞー!」

と、部屋に残されていた靴を持ってきてくれた。

 長引く話に、ドレスの下で靴を脱いでたのをすっかり忘れてた。

 靴を渡しながら閣下は、

「…あの時は悪かった。本当の力を見極めることもせず、おまえを侮っていた。今回は本当に世話になった。花の魔女は本物だ。気が向いたらいつでも遊びに来てくれ。戦わなくていい。おまえとはいろいろ話をしたい」

 その言葉を聞いて、閣下とならまだ和解できそうな気がした。…王子はだめだけど。

「閣下。ノストリアの街の皆さん、昔は『エミリオ』みたいに要塞にボランティアに来てたって聞いたよ。治癒魔法使いが足りない時は、お世話になってもいいんじゃない? 要塞に誰でも出入りするのを避けたい気持ちもわかるけど、そのうち顔なじみもできるだろうし、街の人とも仲良くなれるよ。街の人は、本当に要塞の皆さんに感謝してるんだから。感謝の気持ちをさらりと受け取って、相手に花を持たせるのもかっこいいと思うんだけどな。…私もまたふらっと来るかも。その時はよろしくね」

 閣下から靴を受け取り、それを地面に置く前にひょいっとアイセル君に横抱きにされた。

 一体何事? と思っていたら、

「靴も履かずに歩くなんて…」

と、あきれ顔。

「今返してもらったから、ちゃんと履くよ?」

「踵のある靴、苦手だよね? ちゃんと靴、持っていて」

 いくら何でも、それは甘やかしすぎ。ちょっと恥ずかしい。

「おいおい、おまえら…。そうそう見せつけてくれんなよ」

 閣下がニヤニヤしながらこっちを見てる。それを照れもせず、平然と受け止めたアイセル君は、

「見せつけないと、欲しがる人が多いもので」

と言い放った。

 みんな花の魔女の戦力は欲しがるけど、だからって…。


「あ、そう言えば、アイスバーグ。おまえがこいつを探しに行った後、森に木がバッサリと円形に切り倒されているところがあるんだが…。心当たりは?」

 閣下の追加の質問にも、

「さあ? 魔物の仕業では?」

と答え、軽く礼をすると、アイセル君は私を抱えたまま玄関まで歩いて行った。


 馬車の窓から見下ろすと、砦の下に広がる森には確かに不自然なほどにきれいな円形の倒木が見えた。

 あのムカデ討伐の後、二人でアイスブレードの大きさ比べして、負けたアイセル君が特訓してたのは知ってる。あの時、私が出したのよりさらに一回り以上大きい。

「あれ、アイスブレードの跡? 森の魔物に向けるには、ちょっと大きすぎると思うんだけど?」

「…探し物が見つからないところに絡まれて、ちょっとイラッとしてたかな」

 アイセル君は何てことないかのように、ぼそりと答えた。

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