第36話 花の魔女、北の要塞に呼び出される
その日の夕食はダイニングで取った。おじいさまと、おばあさまと、アイセル君も同席してる。さすがにもう侍女の格好はしてないし、前髪も短い、いつもの姿だ。
「元気になって良かったわ」
おばあさまの一言で、和やかに夕食は始まり、まずは私の武勇伝(?)報告から。
白狼と黒狼と、森にあった古い罠。そのせいで黒狼が瘴気を受け、暴れていたけれど、黒狼の治療をしたから多分もう襲ってこないことや、私の魔力の届く範囲の罠を浄化したことも。
「グレゴリオ閣下から治癒魔法使い『エミリオ』へのお呼び出しがかかっているのよ。あの身分証が領主家所有の物だって気付いたみたいね」
私のことは知れてないはずだから、お断りしてもらえないかな。でも、罠は同じような物がまだ森の中に残ってないかちょっと心配だった。あの罠があると、たちの悪い魔物が増えてしまう。
「私は行きたくないけど…。罠が残ってないか、要塞で捜索と処理をしてもらいたいな…」
と私が言うと、
「それなら、花の魔女様がお願いに行かなくちゃね」
と、おばあさまはチャーミングな笑顔で無理を言ってきた。
「僕も一緒に行きます」
アイセル君がそう言うと、
「そうね、その方がいいわね」
「閣下に気に入られても、ちゃんと断ってくるように」
と、おじいさままで加わって、私のことなのに私に関係なくもう北の要塞に行くことが決まってる。何でだ。
「フロレンシアの花の魔女として? それともノストリアの客人で?」
からかうように言うおばあさまに、
「当然フロレンシアの花の魔女で。でないと閣下に狙われるでしょう」
アイセル君、平然と言ったね、平然と。私はフロレンシアを出たんだよ? 覚えてる?
「では、少々見せつける必要があるな。準備はできている」
おじいさまの謎の発言と、不敵で素敵な笑顔。
閣下は短気だから、と、病み上がりだけど明日にはアイセル君と二人で北の要塞に行くことになった。
アイセル君は楽しみにしてたみたいだけど、アイセル君付き侍女さんになるのは、また今度で。
その日の夜から侍女さんの付き添いはなしで過ごすことにした。アイセル君の隠密侍女もおしまい。ちょっと残念そうにしているのが笑える。
要塞に行く前に、アイセル君の部屋で要塞で私がしたことをもう少し詳しく話し、明日に備えた。
病室三部屋に治癒魔法をばらまいたこと。白狼と一対一で勝負したこと。黒狼に崖下に突き落とされたけど、白狼が助けて(?)くれたこと。そしてそのまま罠のところまで連れて行かれたことも。
話の途中、いろいろ深く聞き返されて、あちこちで呆れられながらも、
「北の要塞に力を貸してくれてありがとう」
と、お礼を言われて、ちょっとくすぐったかった。
「君がいなければ、何人かは命を落としていたかもしれない」
今回は全員無事だった。でも、今回のように治癒魔法使いが不足することもある。治癒を施す間もなく命を落とすことだって。騎士隊に所属し、いつも危険と背中合わせなアイセル君には特に身につまされるだろう。
「でも、白狼の作った氷の結晶を食べたってのは、どうなんだろうな」
魔物の氷の花を魔力補充に使おうと試したことはかなり不評で、しかめた顔を見せた。やっぱり魔物から魔力をもらうなんて、良くないか…。
「氷の花を食べるのは、できれば僕のだけにしてほしい」
あれ? それは、もしかして、…嫉妬? 魔物に?
いやいやいや。安全を考えて、だよね?
「ほとんど私の魔力にならなかったから。…次はむやみに試さないようにするね」
そう答えると、アイセル君は軽く頷いて、私の手をぎゅっと握った。
「また明日、おやすみなさい」
挨拶して部屋を出ようとすると、おやすみの短い口づけをくれた。小さな、一粒の氷の花が口の中で溶けていく。
私の中で魔力に変わる、私だけの氷の花。
「もっと欲しい?」
意地悪に聞かれて、ちょっと意地悪を返したくなった。いつも食いしん坊なわけじゃない。
「一粒で充分」
と答えると、もっとたくさん欲しがると思っていたのか、少し目を細めてつまらなそうにしたけど、急ににやっと笑うと、氷の花を出すことなくついばむように唇に数回触れた。
「僕はまだ足りない。花の吐息が欲しいな」
続く長い口づけに翻弄され、なかなか部屋に戻れなかった。
食いしん坊は私だけじゃなかった。
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