第28話 花の魔女、治癒魔法を使う
討伐中でも当然入口はきっちり番兵が守っていて、でも身分証を見せるとすんなりと入れてくれた。
エリアス・エルドレッド。ここでの名前だ。…男? まあ、こんな時に誰も気にしないよね。
外にある訓練場にしか行ったことがないので、建物の中は未知の世界だ。
「治癒の手伝いに来た。どこに行けばいい?」
通りすがりの兵に聞くと、
「ありがたい、こっちだ」
とすぐに案内してくれた。要塞の中では少しでも治癒魔法が使える者には呼び出しがかかっているんだろう。それ程事態は逼迫してるんだ。
最初に入った部屋には、ベッドに横たわる十二名の患者。二人しかいない治癒魔法使いは重傷者を優先させていて、一人の治療に一、二時間は軽くかかってそう。一人が治りきるより次の負傷者が現れる方が早く、ベッドが空かない。
軽傷だと休むベッドさえない人もいて、怪我をしたまま再度砦に送り出されそうになり、怒ってる。
「治癒魔法使いは他には?」
「今動けるのは二人だけです。普段はもう二人いるんですけど、王都の研修に呼ばれて不在で」
け、研修…。また妙なことを始めているのかな。
「怪我してる人の中で治癒魔法を使えるのは」
「一番奥のあの人と、こっちの人です」
一番奥の人が重傷で、手の傷が痛々しい。あの治療ペースじゃ、治癒魔法使いに治療が回ってくるのはいつになることやら。ではこっちからいくか。
こっそりと花を食べて、治癒魔法を発動する。
最近立派な花をたくさんもらってるから、魔力もりもり。治癒魔法使いに宛てて集中したつもりが、漏れた力でその周囲にいた人も合わせて四人が一気に回復していた。
「え…」
「体が、軽い…」
周りの人がざわざわしてるけど、よくある誤算、気にしない。
治した治癒魔法使いに声をかける。
「あなた、治癒魔法使えるよね。もう少し休憩してご飯食べたら、まだ怪我しているみんなの治癒、お願いできる? そっちのあなた達は次の討伐要請に備えて。おなかすいてたら、ちゃんと食事取ってね」
奥で頑張ってる治癒魔法使いが手こずっているのは、魔力が少なくなっているのもあるのか。目の下にクマ作って、休みなくずっと頑張ってるんだろうな。
肩をぽんと叩いて、魔力の回復を手助け。ほら、いつもの術が出てきた。
「ええっ? な、なに?」
急に魔法の効きが良くなって、自分の手を見て驚いてる。
みんな疲れちゃってる。ここの指揮系統はどうなってるんだろう。
もう一人の治癒魔法使いの魔力も回復させて、今すぐ食事と休憩を取るように言い、部屋から追い出した。
邪魔な上着を脱いで、重傷の人を優先して治癒魔法を施していく。ほぼ全員の治療が終わったところで、部屋全体にじわじわ効く滋養の魔法をかけた。緩やかに部屋に広がってる。あと三十分もすれば、全員元気になるだろう。
うーん、今日は調子がいい。
悦に入ってたら、気がついたらみんなが私を見てる。…ちょっと目立ちすぎたかな。そそくさと退室。
隣の部屋はさっきの部屋より重傷者は少なめ。ひょいと顔出した私にみんな首をかしげていた。さっとかがんで、部屋の隅っこで花を食べて、軽く治癒魔法と滋養の魔法をかけて、…終わり。
そのまま部屋を出て、しばらくしたら部屋からどよめく声が聞こえてきた。
次の部屋でも同じ魔法をかけ、治癒完了。これで良し。
目立つ前にそろそろ帰ろう、と建物を出た時、第二討伐隊から五名の怪我人が戻ってきた。
すぐに新しい怪我人の元に駆け付けた。かつて採用テストを受けた訓練場には、深い傷を負い、互いに支えながらやっとの思いで帰ってきた騎士達がいた。
この前、採用テストの時に私を負かした人もいた。確か風の魔法を使えたはず。片手ががっちり凍ってる。氷魔法を使う魔物か。足の怪我も軽くない。
解凍と凍傷の治療を同時に行い、他の傷の具合も見る。魔力もほぼ使い果たしてる。よく帰ってこれたね。
「第二討伐隊はいつ戻る?」
「まだ閣下が粘ってる。黒い狼がもうすぐ倒れそうで、倒れるまでは引くなと。ひどく暴れているのは黒い狼の方なんだが、白い狼が氷魔法を使って邪魔してくるんだ。ほとんどの者がそいつにやられてる」
話している間に治療は終わった。少しだけ魔力も補充しておくかな。
…よし、終了!
ふと気がつくと、風の魔法使いがこっちをじっと見ていた。
「あんたの魔法…、何だか知ってる気がする」
風の魔法使いが、治療が終わって遠ざけた手を掴もうとした。さらりと手をよけ、
「悪いけど次の治療があるから。休憩とって、ご飯食べて、次に備えて。はい、次」
そして次の人の治療へ。
移動しながら花を口にして魔力を補給する。その姿を見て、
「ああ、花の…」
とつぶやいた。どうやら私のことを思い出したみたいだけれど、それ以上は何も言わなかった。
さっき回復したばかりの治癒魔法使いも駆け付けてくれていた。なかなかの腕だ。これなら任せて大丈夫。
戻ってきた人の治療が終わったとたん、せっかく元気になったばかりの第一討伐隊に再度出動要請が入った。
ざわめきの中に不平の声が混じる。いつまでもうだうだぐちってる連中に、
「注目! 全員食事をとり、一時間後訓練場に集合!」
思わず勝手に指示してしまった。上官でもないのに、私の言葉に一斉に直立不動になり、
「はいっ!」
と声をそろえると、みんなかけ足で食堂に向かった。第二討伐隊の、さっき治したばかりの人達も混ざってる。
治癒と回復魔法でどんなに回復しても、空腹は補えないんだから。しっかり食べて、もうひと頑張りしようね。
ごめんね、食堂で働いてる人。今頃急な駆け込みでパニクってるだろうな。予告できればよかったんだけど。
みんなが訓練場からいなくなった後、風の魔法使いが声をかけてきた。
「こっちだ」
手招きされてついて行くと、建物の横にある小さな庭に案内された。季節が巡り、木にも草にも花が咲いている。
「ありがとう」
お礼を言っていくつか花を摘むと、一つを口に入れて、残りに保存魔法をかけて腰の袋に入れた。花の補給は大事だ。
私の花の補給が終わるのを見届けて、風の魔法使いがすこし暗い顔で尋ねてきた。
「どうして、助けに来てくれたんだ? 俺は助けてくれたあんたに攻撃を仕掛けて…、閣下はあんたをクビにしたのに…。」
気にしてたんだ。あんな一回ポッキリの採用テストのこと。
「花が咲く季節だから、かな」
冬じゃ、お役に立てないから。前は冬に来て不採用になったけど、あの時は冬で良かった。そして今は、花のある季節で良かった。
「いつも守ってくれてありがとう。ノストリアの街の人が平和に過ごせるのは、要塞の皆さんが頑張ってくれているからだもんね」
顔を歪め、目を潤ませた風の魔法使い。
肩を軽くぽんっと叩いて、先にその場を立ち去った。
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