第22話 氷の騎士、ニセモノに抵抗する
アイセルは草原の花の魔女が手を差し出せば、敬意を込めた口づけをその甲に落とし、目を合わせて求めれば人前でも気にすることなく口づけをした。しかし、そこまでだった。更に深い交わりを求められても穏やかに拒否した。術は三日おきにかけ直さなければ薄まり、抵抗を強める。他の者は既に魔女の虜になり、思い通りになっているというのに…。
外では調査隊が戻らない五人を探したが、見つけることはできず、一旦先にフロレンシアまで戻ることになった。
草原の花の魔女に選ばれた男五人は、皆魔法使いだった。守りの力を必要としていたのももちろんだが、それ以上に魔法使いである必要があった。
この集落には女が圧倒的に多く、しかも年頃の女が多かった。女達は、志願して集落に集まっていた。草原の民の命運をかけ、花の魔女を生み出すために。
花の魔女がどうやって生まれるのかは、まだはっきりとはわかっていない。しかしこの草原の国のあった周辺で生まれた草原の民の子供でなければ、花の魔女にはならない。それは最低限の条件だと思われた。
花の魔女であっても、必ずしも産んだ子が花の魔女になる訳ではない。しかし、花の魔女の父親は、かなりの確率で魔法を使える者であることが経験的にわかっていた。
王都から草原の集落に調査隊が来るという話を聞いた時、草原の花の魔女は次の花の魔女を生み出すために調査隊を利用することにした。
調査隊員を歓迎し、毒花の魔法や心を惑わす媚薬の香を使い、草原の女達と関係を持たせる。数人の女と楽しむ者もいれば、一人の女と決め、連日求める者もいる。草原の花の魔女の調合は絶妙で、男達は自分たちが種馬として招かれた事に気付くことなく、魔法や香の効果が消えればやがて恋心を失い、誰と体を交わしたかも記憶なく、未練なく元の生活に戻っていく。本当に恋に落ちる者もいるにはいるが、ごく稀だった。
さらに魔法を使える者を選び出し、この集落に永住させるよう仕組んだ。特に魔力の強い者が望ましい。そうして選ばれたのがこの五人だ。
魔女の思惑通りに事は運んだ。
アイセルはその魔力の強さから、当初は多くの女と関係を持つことを期待された。
しかし、アイセルは「フィア」ではない女達に笑みさえ見せることはなかった。
草原の花の魔女でさえ「フィア」を名乗り、「フィア」として命じなければ、手への口づけさえも躊躇した。
草原の花の魔女とその側近がどんなに薄着で閨に誘っても、初めはにこやかに受け入れようとするのだが、頭を押さえ、眉間にしわを寄せて苦しみだし、いつも服を脱ぐまで至ることなく逃げるように立ち去ってしまう。魔法で造られた愛を偽物だと見抜き、ただ「違う」とだけつぶやいて…。
魔法の重ねがけも、毒花もなじまず、抵抗が続く。
数日後、かつて草原の国のあった辺りに、怪しい集団を見かけた。サウザリアの兵かもしれない。
草原の花の魔女が見回りを頼むと、迷うことなくアイセルが手を挙げ、必ず草原の集落を守ると言って引き受けた。
魅了の魔法の効果が切れることのないよう、魔法を仕込んだ「お守り」を手渡し、「フィア」の名のもと無事を祈ると言えば、喜んで受け取った。
このアイセルにとって、「フィア」とはどういう存在なのか。見たこともない愛され人に嫉妬を覚えた。
五人が戻らないのは自分たちの意思であることを伝えるため、一人をフロレンシアに送った。しかしその男は帰らぬ者の追っ手を連れて戻ってきた。どのみち捜索隊が送られる予定だったとしても、うまく追っ払ってくれなかった男を役立たずと見なし、草原の花の魔女は相手にしなかった。
男はここに着いた時点で既に魅了の魔法が切れかけていて、追加の魔法を与えられなかったことで草原の集落になじめなくなっていった。
もしこのまま男達を返さなければ、チェントリアを怒らせてしまう。
祭は終わりだ。
草原の花の魔女は、男達を解放することにした。
男達は捜索隊で事情を聞かれているうちに、不思議なほどに正気に戻っていった。ただ一人、本当に愛し合う者を見つけた男だけが残ると決め、他の者は一時の交わりに心を奪われたことも忘れて、国に戻る決意をした。
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