第三章 氷の騎士
第21話 氷の騎士、草原の集落へ行く
フロレンシアの南、草原の国があった辺りに新たな集落が出来、少しづつ人が集まっていた。まだ国と言うにはほど遠いが、新たな花の魔女が出現し、統治を始めたという。
チェントリアはかつて草原の国に刃を向けたことがあったが、国が滅ぶ原因を作ったことに負い目を感じていた国王は、草原の集落に不可侵を告げると共に、サウザリアが余計な手出しをしないよう牽制することを考えた。
王都からの十名に加え、草原の国と交流のあったフロレンシアから五名を募り、合計十五名で、草原の集落とサウザリアの状況観察を兼ねた調査隊が派遣された。
フロレンシアの氷の騎士アイセルは、王都からの招集に自ら進んで参加を申し出た。
アイセルは草原の現在の集落よりも、旧草原の国の方に興味があった。
集落からは馬で一時間ほどの距離にあり、金目の物は早いうちにサウザリアに持ち去られ、王宮にあった文書館は燃やされてしまったが、富裕層の館跡からは今でも花の魔女に関する文献が見つかることがあった。今回の調査でもサウザリアへの監視を兼ね、草原の国に立ち寄ることが許されていた。
チェントリアからの不可侵の申し出は、草原の集落では好意的に受け入れられ、調査隊は集落のすぐそばで野営することが許された。その日の夜には歓迎の宴が開かれ、調査の傍ら街の住人との交流を深めた。
小さな子供は初めは怯え、警戒していたが、慣れてくると珍しいよそ者相手に話しかけ、次第になついてきた。
時には野盗が襲ってくることがあった。丁度付近にいたアイセル達が追い払うと、守り手の多くない草原の集落の住民は大いに感謝し、お礼にと食事会を開いた。
その席に呼ばれた調査隊のメンバーのうち数人が泥酔し、その者たちを草原の民は「せっかくですからお泊まりください」と喜んで集落で預かり、翌日迎えに行くと、朝食も出され、ずいぶん朗らかな様子で集落に打ち解けていた。
その後も集落で酒を飲んだ者が翌日まで戻らないことがあった。中には酔った訳ではないが意図的に残っている者もいたようだ。
数日後、アイセルも酒に誘われ、集落での会に参加したが、奇妙な眠気が襲ってきた。どちらかと言えば酒には強く、特にその日疲れていた訳でもなかった。しかし集落に居残る気にはなれず、魔法で無理矢理眠気を払い、同僚と共に野営地まで戻った。
後は最後の挨拶を済ませてフロレンシアに戻るだけだった最終日、草原の花の魔女は五人の男を集落から少し離れた建物に呼び出した。その中にアイセルもいた。
部屋には香が焚かれていたが、その匂いをアイセルは好ましく思えなかった。
そこで出された茶を飲んだ者は、皆数分後に強制的に眠りについた。アイセルも口にしていたが、ここでも魔法を使い、眠気を払った。
それを見た魔女は、怪しい笑顔を見せながら近寄り、手にしていた黒い花を喰うと、その吐息をアイセルに投げかけた。
息には魔法が込められていた。その匂いは甘ったるく、わずかながら苦みに近い刺激があり、決して心地いいものではなかった。その匂いと見つめる目が心をかき乱す。フィオーレとは違う種類の花の魔女だ、とアイセルは思った。何のためかはわからないが、人の心を惑わせる、毒花の魔女。
まとわりつくような魔法を打ち消し、周りの仲間達に声をかけ、共に外へ出ようとしたが、周りの者は皆目覚める気配がなく、嬉しそうににやけ顔を見せている。
これは外にいる仲間の助けを借りなければ。
外に出ようとするアイセルに、花の魔女はさらに強い花の吐息を投げかけた。
顔をしかめて抵抗するこの男が、この調査隊の中で最も魔力が強いことはわかっていた。ここに残らせ、ここを守らせたい。それにはこの草原の集落の誰かに惚れさせ、執着させるのが一番手っ取り早い。
魔法に加え、焚いていた香薬も効いてきたようだ。ふらついているが、まだ意識を保っている。意志の強さが余計魔女を意地にさせた。
自分に惚れさせてみせる。
顎を持ち、さらなる息をアイセルに吹き込もうとしたが、手をはじかれ、顔をしかめた。
それならば、と魔女は自分が愛する者に見える写し姿の術を重ねがけした。それも抵抗されたが、その時、何も知らない幼い子供が男を落とすための宴に入り込んできた。
「そこに入っちゃ駄目よ、ラフィア」
呼び止める誰かの声。その名がアイセルの耳に届いた時、わずかに隙ができた。
…フィア?
その名に気を取られた途端、魔女の術に落ちた。
花の魔女が、フィアとして目に映り、そこからはあっけなかった。
魔女に吹き込まれるまま、魔女の恋人となり、草原の集落のために働き、集落の守人となった。
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