第20話 花の魔女、大泣きする

 あんな奴だと思わなかった。

 草原の花の魔女がいいのなら、それを選んだのなら、それでも仕方がないと思ってた。

 それなのに、誰でも、通りすがりの女にでも、あんな強引に口づけするなんて。あんな風に触りまくって、…

 そんなの、そんなの、…

「う…、うう…。うわああああああああん!」

 私を見つけたパブロさんが、その場に立ちすくんで大泣きする私に驚いていた。

きっと呆れられていた。だけど、泣き声を抑えることができなかった。パブロさんは私がいつまでも泣き止まないのに困って、自分の胸に私の顔を押しつけ、背中を軽く叩きながら、しばらく泣かせてくれた。

 人生二度目の大泣きは、またしても涙と鼻水を人の服になすりつける結果になってしまった。


 涙がおさまり、テントに戻ると、今度はふつふつと湧き上がる怒りを抑えられなくなってきた。次の日がアイセル君の話を聞く番だったことが、余計拍車をかけた。

 荷物をまとめていると、パブロさんがウーゴさんとレオンさんを連れて来た。

「一人で戻るって、どういうことだ。しかもこんな夜中に」

「アイセル君に聞けばいい。草原の花の魔女の恋人になったんだから、私は用済み」

「ええっ、あり得ないだろ? あいつがどれくらい君のことを…」

 レオンさんがわたわたしながら、私を引き止めようとした。でももう止まらない。

「真っ昼間に広場で、ここのみんなの目の前で口づけするくらいなんだから。相思相愛、ここに残りたくて当然」

「バカな…」

 ウーゴさんも驚いてる。でも驚くほどのことじゃない。ムカデの討伐の時だって、ウーゴさんやレオンさんの前でも平気で私にいってきますの口づけしたんだから。…振り返ると恥ずかしくて、心臓がキュッって…、

 …泣かない!

「草原の集落に残りたいなら残ればいい。もう私には話し合う事なんてないから。どうしても連れて帰りたければ、フロレンシアの皆さんで何とかして」

 荷物を持って外に出て、馬に馬具をつけていると、

「…わかった。これくらい持ってけ」

と、ウーゴさんが携帯食料を四日分渡してくれた。それに水筒も。

「あ、…ありがとう」

 水も持たずに行くところだった。遠慮なくもらって荷物に詰め込んだ。

「あと、…図々しくて悪いんだが、あの疲れの取れる茶を分けてもらえないか?」

 お茶?

 そう言えば、ここに来てからあのお茶、人気だったな。

 ウーゴさんに手持ちのブレンド済みのお茶の葉を渡し、

「熱いお湯で3分ほど蒸らせばいいから」

というと、こくっと頷いた。…そんなにおいしかったんだろうか。

「一人じゃ危ない。一緒に戻るよ」

 パブロさんが心配そうに言ってくれたけど、

「いい。自分がおまけの部外者だって事くらいわかってる。帰り道はわかるし、今は一人になりたい」

「しかし…」

「捜索隊の任務を遂行するのはあなたの義務!」

 部隊の一員として当然のことを言うと、パブロさんもそれ以上言わなかった。

 少しきつく言い過ぎたかな。しょげた顔に少し罪悪感が湧いた。


 ウーゴさんは腕組みしながら私が馬の装備を着けるのを見て、合格点をくれた。

「途中の村でちゃんと休憩取るんだぞ」

「うん。ありがとう。…役に立てなくて、ごめんね」

 ウーゴさんにちょっと強めに頭を撫でられた。励ましてくれてるんだろう。

 そのまま夜明けを待たず、草原の集落を後にした。

 もう一人で馬を走らせたって平気だ。四日分の食料ももらったし、道はほぼまっすぐだからわかる。

 馬も私の気持ちがわかるのか言うことを聞いてくれ、時々回復魔法をかけて疲れを取るとそこそこ元気に走ってくれた。道も迷うことなく、私が慣れたのもあったのか三日目の夜にはフロレンシアに着いた。



 戻るとすぐにライノさんの家に行き、みんなの様子を聞きたがるのも無視して書斎に乗り込むと、大事な書類が入っている棚を開け、中に入っている物を抜き出した。

「な、何で鍵が開くんだ! アイセルの魔法鍵が簡単に…」

 その名前にむかついて、思いっきり睨み付けた。

 中から私に関わる書類を探す。王子からの婚約破棄、北の要塞の不採用決定、…婚約の書類がない。

「婚約の書類、どこ?」

「俺が知るか。そこにないなら、アイセルが持ってるんだろ…、って、おい!」

 魔法で中にあった書類を全て巻き散らし、探したけど出てこない。ここじゃないのか。ビリビリに引き裂いてやろうと思ったけど、もういいや。

「紙、ちょうだい」

 ライノさんの机を借りて、下手っぴな字で一筆書いた。


 前りゃく

 私フィオーレわアイセル君の不実おフフクとし、こん約おハキします。

 ばいしょおとして、馬一頭もらっていきます。

 さよおなら。

 以上

 フィオーレ


 ライノさんがあまりに慌ててうるさいので、散らかした書類を魔法で散らかす前の状態に戻し、バタンと扉を閉めてもう一度同じ魔法鍵をかけた。アイセル君が戻らず、永遠に開かなくても知ったこっちゃない。

 そして机の上には、私が書いたばかりの婚約破棄の書類。

 これで、おしまい。

 …決めた。フロレンシアから出て行く。

 帰ってきたばかりで、馬も疲れている。騎士隊の馬の係の人が見てくれてるけど、明日まで休ませないと乗れないかな。乗れなかったら、別の馬と換えてもらおう。あの子がいいけど…。一緒に北の要塞まで行った、あの…楽しかった、旅の…

 思い出して、また涙がにじんできた。


「ずいぶんな騒ぎになっているが?」

 ひょっこりと書斎に姿を現したのは、ノストリアのおじいさまだった。

「おお、フィオーレさん。戻ったか。アイセルは…」

 おじいさまの顔を見た途端、再び涙がこみ上げてきて、

「わああああああああああんっ」

 その場にぺたりと座り込んで大泣きする私を、今度はおじいさまが胸を貸してくださった。泣いてる間、頭をそっと何度も撫でられ、

「泣いていい、思いっきり泣いてしまえ」

そう言ってくれたおじいさまの服までも、涙と鼻水に染めてしまう大失態をしてしまった。


 おじいさまは、アイセル君がいなくなったと聞いて、心配して様子を探りにフロレンシアまで訪ねてきていた。

 涙が落ち着いてから、私の話で無事だったことを知ると、

「無事ならいい。幼い子供じゃないんだから、どこで暮らすかは本人が決めればいいことだ」

 そう言って笑っていたけれど、ライノさんの机の上にある婚約破棄の手書きの書類を目にすると、

「辛い思いをさせてしまったな」

と言って、まだグズグズ鼻を鳴らしている私の肩にそっと手を乗せた。

「フロレンシアを出たいか…。しかし、一時の感情で動くとろくな事はない。おまえは自由だが、もう少し冷静になれるまで一人でいるのはやめた方がいいな。…しばらくノストリアに来るといい。長旅で疲れているだろう。今日はここで休んで、明日旅立とう。思い出から少し距離を置けば、つらさも和らぐものだ」


 おじいさまの言葉に甘えて、ひとまずおじいさまと一緒にノストリアに行くことにした。

 その日はそのまま領主の館で過ごし、久々に湯浴みをし、ベッドで眠った。疲れていたのか、思いっきり泣いたからか、すっきりするほどぐっすり眠ることができた。


 そして翌朝、さわやかに目覚めると、一度家に戻って旅の準備をした。

 元々あまり荷物も多くなく、部屋はすぐに片付いた。

 誰かが世話をしてくれていたみたいで、庭の花も枯れていなかった。最後の水やりをして、家にお別れをした。

 ありがとう。ただいまと、おかえりを教えてくれた、私のおうち。さよなら。


 そしてお昼過ぎにはおじいさまと馬車に乗り、一路ノストリアへ。

 行ってきます、のほっぺのチューは、

「あれは人による。俺にはしなくていい」

とライノさんに断られ、周りの人もそろって苦笑を浮かべていた。

 人を選ぶ挨拶だったのか…。知らなかった。それなら、今後はもうすることはないだろう。


 さよなら、フロレンシア。

 さよなら、アイセル君。

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