第19話 花の魔女、光る

 テントに戻ると、アイセル君との話し合いは明日に決まっていた。

 最初に話をした人は、やはり国に戻ることにした、と言った。

 二人目は、ここでの出会いを運命と感じ、残る、と言って家族に当てた手紙を差し出した。フロレンシアの騎士だった。

 三人目はまだ返事を待っているところ。

 明日、四人目からどんな話を聞かされるんだろう。

 答えがわかっているだけに、元気が出なかった。ごはんをちゃんと食べるのは私のポリシーだったけど、どうしても喉を通らず、大半を四人に譲った。


 早めにテントに戻り、眠ろうとしたけどどうしても眠れず、息苦しくなって外に出た。

 気分転換にその辺を散歩をしていると、林の中にまばらに光る小さな光が見えた。

 青い月光草の花が光っていた。この季節、夜に花を咲かせ、花びらが開くとほのかな光を発し、ほんの二、三時間で光は消え、しおれてしまう。本物を見たのは久しぶりだった。しかも、こんなにたくさん…

 一つ摘んで、口に入れた。

 すると、月光草の光が私の中に取り込まれ、この暗い林の中で花と同じ淡い光で私自身が青く光り出した。

 これは、ちょっと目立ちすぎてしまう。今は誰もいないとは言え…

 消そうと魔法を使ったけど、全く効かない。この花の力は他の花では抗えないのか…。花を見るとむやみに食べてしまうからだ。私ってば…。

 仕方がない。多分、ほんの二、三時間。摘む前に花が光っていた時間を引けば、一時間も光は続かないかもしれない。光が収まるまでこのまま大人しくここで過ごそう。どうせ眠れないんだし…。


 草むらに隠れるように膝を立てて座り、自分の足をぎゅっと腕で取り込んで胸に引き寄せた。

 きれいな花。

 忘れていたけど、ここは私の生まれ故郷に近いはずだ。全く記憶はないけれど。

 この花は討伐先でも咲いているのを見かけたことはあった。けれど、こんなにたくさんの花が一面に咲いているのは見たことがない。ここがこの花の故郷なのかもしれない。

 手を伸ばして、何輪か摘んで、保存の魔法をかけた。保存の魔法はかかったけど、花の光は摘むとすぐに消えてしまった。


 気配を感じて顔を上げると、遠くで誰かがどこかに走り去ろうとしていた。集落の人かな。

 じっとしていたのだけど、私が光っていたせいで目についてしまったらしい。立ち止まってこっちを見てる。

「誰かいるのか」

 まずい、怪しまれている。私はよそ者なのに、こんな時間にこんな所にいたら…。

 こんなに光っていて若干手遅れながら、手持ちの花を食べて姿を消す魔法をかけた、つもりだったのに、食べたのはついさっき摘んだ月光草の花だった。摘んだ花の光は消えてるくせに、光を補充したかのように私の体の光は少し強くなって、かえって目立ってしまう。何てやっかいな花。

 別の花を口にして光を消そうとしても、どうしても月光草の光に勝てない。

 仕方がない。着ていたローブに目隠しの魔法をかけて頭からかぶり、その中に隠れて身を伏せ、じっと身動きせずに様子を伺う。隠れきれていることを信じて、動くことなく…

 だけど、足音は迷わず真っ直ぐこっちに向かってくる。

 どうしよう。今から走って逃げきれるかな…。

 迷いに迷って、ローブを取ると同時に全速力で走った。

 追いかけてくる。向こうの方が足が速い。すぐ背後に気配を感じる。

 花を口にして、自分の幻影を出し、少しくぼんだところで自分の身を伏せると、追ってきた人は私の横を通り過ぎ、光る幻影を追って走って行った。


 足音が遠のいていき、静けさが戻ってくる。

 …よかった。

 大きく息をついて、荒れた息が戻るのを待っていると、突然、後ろから口を塞がれた。

「…大人しくすれば、何もしない。」

 やられた。追いかけた相手も幻影だった。

 残っていた花の魔力で小さな閃光を浴びせると、向こうの手が緩んだ。その隙に腹に肘鉄を食らわせたけど、私の肘鉄など効かなかったようで、そのまま腕を引かれ、背後から首に腕を回された。締め付ける腕が苦しい。叩いても、爪を立てても緩まない。

 左手で腰の袋に入れてある花をたぐり寄せようとするけれど、届かない。

 振れる限りの力で首を振り、後頭部で相手の顔面を頭突きした。うまく鼻に当たったらしく、手が離れて解放されたものの、足がもつれてその場に前のめりになって倒れてしまった。

 すぐ近くにあった花に手を伸ばし、口に含もうとしたところで手をつかまれ、もみ合ううちに仰向けで馬乗りになって押さえつけられ、両手を地面に押しつけられた。


 相手の顔が見えて、私の抵抗は止まってしまった。

 相手の動きも止まる。

「…女の子か。何故こんな所に」

 懐かしい声。追いかけてきた、会いたかった人の…

「ね、…眠れな、くて、さ、さん、…さんぽ、し、してたら…」

「君は…」

 ほんの一ヶ月ほどしか離れていない。何も変わってない。

 そう思った矢先、向こうの眉間にしわが寄った。

「きみ、は…、誰だ?」

 誰?

 ああ、さっきかけた姿を消す魔法、効いてはいるんだ。私だってわかってないなら、そのほうがいい。

「ふ、フロレンシアから、きた、調査隊を、探して…」

「ああ、フロレンシアの…。何だ、そうか」

 ようやく腰を浮かせて私を解放し、そのまま手を引いて立たせてくれたけれど、あまりの恐さに足がうまく動かなかった。ちゃんと立てずにふらついたところを支えられ、

「ありが…」

 体を立て直そうとした途端、急に背中に腕が回り、引き寄せられたうえに、首筋に顔を埋めてきた。

「この匂い…」

 勝手に引き寄せて密着しておいて、に、臭い…? 臭うの?

「君は誰だ。この匂い、…知っている匂いだ」

「は、離して」

 髪に顔をうずめて、深い息をしながら臭われてる。こっちで新しい恋人ができたのに、どこの誰かもわからない女を抱きしめて、臭いを嗅ぐなんて。何て失礼、何て変態。

「確かに知ってる。この匂い。…この高さ…、この…腕の中の…」

 抱きしめる力が強くなって、頬と頬が当たった。すり寄せられる顔が、懐かしいのに嬉しくない。

 何でこんなことするの? 私が誰かもわからないくせに。草原の集落に残るって決めたくせに。草原の花の魔女を選んだくせに。


「フィアー!」

 遠くで声がした。捜索隊の誰かが探しに来てくれたんだ。

「フィア?」

 呼ばれた名を繰り返される。その声で呼ばないで。

 離してほしくて、胸を強く押してもふらつきもしない。

「フィアー、いないのかー!」

「こ…!」

 呼ぶ声に答えようとした時、突然口を塞がれた。

 後ろから頭を押さえつけられ、強引に重ねられた口に氷魔法が流れてくる。荒々しく、獰猛に重なり、吸い付くように一方的に押しつけられた唇に口をねじ開けられ、無理矢理息を奪われていく。

 押さえつけられた頭を動かすこともできない。わずかに頭を振って抵抗しようとしても全く通じない。背中をなでつける手が優しさもなく体をまさぐり、徐々に下へと向かう手がスカートを指でたくし上げ、素足に触れてくる。体重をかけられ、重さを押し返せない。このままじゃ押し倒される。

 嫌だ。今まで一度だってこんな扱いされたことなかった。こんな力まかせに…。私の顔もわからないくせに、私が誰かもわかってないくせに、

 嫌っ!

 氷の花を魔力に変え、氷の槍を放った。

 アイセル君は自分に向けられた魔法の気配を感じて飛び退き、ようやく私から離れた。動く事を忘れ、驚きに見開かれた目がただこっちを見てる。

 …むかつくっ。

「ばかっ、アイセル君なんか、嫌いっ」

 拳で頬をぶん殴り、呼びに来てくれた声のする方へと走って行った。

 アイセル君は私ごときのパンチではひるむこともなく、ただ呆然と立ちすくんでいた。

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