第18話 花の魔女、目撃する
パブロさんにも、他の皆さんにも、フィオーレではなくフィアと呼んでもらうことにした。私も元々は草原の民だったから、もしかしたら私の名前を知ってる人がいるかもしれない。今さら元草原の民としてここでの暮らしを勧誘されても面倒そうだし、ここで暮らす気もないし…。フィアならよくあるあだ名だから大丈夫なはず。
私が草原の民だったことを言っても、フロレンシアの騎士隊の人たちからは「ああ、そうだよな」で済んだのは助かった。誰も奴隷上がりとは言わず、態度を変える人もいなかった。
元調査隊の人たちとの話し合いには私も呼ばれ、ウーゴさんに言われて疲れに効く薬草をみんなに振る舞い、あとは同席して話を聞いただけだった。
一人目は初めは熱い情熱をもってここにいる使命感を語っていたけれど、話をするうちにだんだんと落ち着いてきて、家の者は元気にしてるか、とか、故郷の様子を聞きたがるようになり、やがて、
「少し考えさせて欲しい」
と言う言葉を残して元の集落に戻っていった。
続いてすぐに二人目とも話をした。
こちらは初めから幾分か落ち着いていて、この地に新しい恋人ができた、と話した。その人のために残りたいのだと。それでも、一度も国に戻ることなくここに住むことを決めてしまったことを少し反省していて、後で手紙を持ってくるので親に渡して欲しい、と頼んだ。
集落に来て五日目。ようやく三人目との話し合いが決まった。どうやら、アイセル君の順番は最後になりそうだった。どこか遠くに出かけているんだろうか。
翌日、三人目の話を聞いたその帰りに、集落の中で久しぶりにその姿を見つけた。
探さなくても、目がその人を見つけて追っていた。
子供達と一緒に歩いて、いつもの静かな笑顔を見せている。元気そうだ。
集落に戻ってきているなら、明日には話が聞けるかもしれない。
木の陰に隠れながらも声をかけようか迷っていたその時、アイセル君の前に女の人が現れた。
二人の供をつけて歩いてる。多分、あれが花の魔女だ。花の魔女は背がすらりと高く、落ち着きがある大人の女性だった。長い髪はつややかに輝く黒色で、きれいに編み込んで束ねられ、額に見える銀のサークレットの輝きが魔女の神々しさを更に際立たせていた。薄手でゆったりとした服は足下を隠し、派手な装飾はないけれど、ふんだんに布を使っている。この集落では少し贅沢であり、それがここでの花の魔女の地位を示している。
供の二人も周りの人もにこやかに笑い、花の魔女がアイセル君に手を伸ばした。
アイセル君は花の魔女にひざまずき、その手の甲に口づけた。
そしてすっと立ち上がると、花の魔女に腕を差し出し、花の魔女がそっと手を回した。
ズキン、胸の辺りに亀裂が入ったように感じた。
ゆっくりと歩いて行く二人。
お互いの目が合い、花の魔女が何かを告げると、そっと寄せられた顔、重なった唇。
更に深まる亀裂に胸の痛みは広がり、かけらになった心がぽろぽろとこぼれていくようだった。
そうか。
それなら、仕方がないことだ。
花の魔女、アイセル君の信奉する…。
ようやく会えた、草原の、本物の花の魔女。
一目見て、がさつな、草原を知らない花の魔女との格の差を知ったのかもしれない。
戻らないのも、仕方がない。
それを私は聞かされなければいけないのか…。
ここまで連れてきてもらいながら、お役に立てなかった。アイセル君を連れて帰れない。笑ってごめんで、済まされるだろうか。
「お姉さん…」
聞こえてきた声に顔を向けると、水くみ場で時々会う女の子がすぐそばにいて、不安げな顔で私を見ていた。
「なあに?」
「どうして泣いてるの?」
「えっ?」
自分が泣いているのに気がつかなかった。頬に触れた手に水がついている。
「ちょっと、…目にゴミが…。あはは。心配かけてごめんね」
最後まで笑いきれないまま、その場を逃げるように走り去った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます