第17話 花の魔女、草原の集落を訪ねる

 草原の集落へは、馬で三日ほどかかるらしい。時々休憩を取って馬も人も休み、夜は野宿する。

 フロレンシアの三人のうち二人は、以前オオムカデの討伐に同行していた人だ。ウーゴさんとレオンさん。それと、初見がパブロさん。

 慣れない馬の旅を見様見真似であたふたしていると、みんな丁寧に教えてくれた。途中食料ゲットには意外と私が戦力になり、それなりに評価してもらえた。

 ろくに剣が使えない私は一応短刀くらいは持っているけど、狩りは主に素手だった。川で魚を手づかみすることくらいはできる。そういえば、魚の手づかみを見せた時、アイセル君もずいぶん感心してた。どこで身につけた技なのかは覚えてないけど、王城の離宮で暮らしていた時も、離宮の裏の川で時々捕まえておやつ代わりにしてた。木の実やきのこも見つけるのがうまい、と言ってもらえた。見つけて取るだけだけど、毒入りが混じらないのは特殊能力? 何となくわかるんだよね。

 もちろん、合間合間で花の補給も忘れない。この季節なら手の届くところに花が咲いているけれど、いざというときに手元にないと困る。

 …とは言え世間的には、私は魔法の弱った元花の魔女、以前より出力が落ちている普通程度の魔法使いって事になっているので、よほどの事態にならない限り魔法は使わないつもり。


 旅をしているうちに、ダニロさんの態度が和らいできた。

 初めは、絶対に草原の集落に帰る、と意気込み、止めようとする人をまるで敵のように扱っていた。でもフロレンシアの三人と私は、単なる同行者以上の扱いはせず、この後一緒に戻ろうがそのまま残ろうが好きにしてもらおうと決めていた。そのせいか、わだかまりも消え、そのうち旅の仲間として対等に接するようになってくれた。

 フロレンシアの三人はダニロさんに関してはどっちでも良くても、アイセル君には戻ってきて欲しそうだ。何せ、フロレンシアの戦力の要、最強の氷の騎士だから。

 そこは私が期待されているだろう。…でも、私なんかで餌になるかな?


 やがて無事草原の集落に着いた。

 結局不慣れな私が足を引っ張り、到着まで四日ほどかかってしまった。

 まず、ダニロさんが一人で集落に戻った。私達が残った四人を探しに来たと知って、集落の人たちはかなり警戒しているようだ。草原の集落を刺激しないよう、集落から少し離れた所にテントを張ることにした。


 しばらくして、ダニロさんに呼ばれてウーゴさんが話をしに行った。

 結構長い時間をかけて話し合いをした後、二人が戻ってきた。ダニロさんも戻ってきたことに少し驚いた。ここに戻れば当然集落で過ごしたがると思ってたのに。

 少し疲れた顔をしていたので、疲れに効く薬草の入ったお茶を出すと、口に合ったのか二人ともほっとした表情を見せた。

「明日かあさってにでも会わせてくれるらしいよ。遠くに行ってる奴もいるようで、一人づつの面会になるだろうって」

 ウーゴさんがそう説明をしてくれた。無理に連れ帰らないことを条件に、とりあえず全員と話をすることは保証してくれたらしい。

 アイセル君とも話ができるようだ。良かった。

 ウーゴさんが説明を終えた後、ぼそりとダニロさんが

「…何だか、俺は別に思ったほど必要とされてないような気がしてきた」

と言った。あれほど草原に戻りたがっていたのに、実際に戻ると前いた時と待遇が違ったのかな。

 結局ダニロさんは、こっちのテントで過ごすことになった。


 遠くに見る集落は、大人も子供も、それぞれが役割を持ってよく働いていた。

 次の日の朝、水を汲みに行った川で小さな子供達に出会った。

 その子達も水を汲みに来ていて、みんな一人に一つづつ大きなバケツを手にしていた。

「おはよう」

と声をかけたけど、少し怖がっているようだったので、それ以上声をかけなかった。

 すると、子供達だけで何か話し合った後、一番年長に見える子供がこっちに寄ってきて、

「お姉さんは、チェントリアから来たの?」

と聞いてきた。チェントリアは国の名前であり、王都の名前でもある。どっちのことかわからなかったから、草原の人達にも聞き馴染みがあるだろう

「フロレンシアからだよ」

と答えると、またみんなで相談し合うように話した後で、

「お姉さん、みんなを連れて帰っちゃう?」

 そう聞いてきた目は、そろってとても心配しているようだった。

「花の魔女様が仲間にしたから、もう帰っちゃ駄目なんだよ」

「私達と一緒にいるの」

「新しい人達はチェントリアや、サウザリアから守ってくれるんだから」

「お願い、連れて帰らないで」

 言葉の端々に感じる不安。

 この子達を不安にさせたくない、と言う気持ちはあるけれど、でも嘘はつきたくない。だから本当の気持ちを話すことにした。

「お話をしたいの」

 子供達は、私の言葉にきょとんとした顔をしていた。

「みんなも、急に周りのお友達がいなくなったら、どうしたのかなって思うでしょ? 私達もそうだよ。だから、どうしていなくなったの? 戻ってこないのは何故?って、聞きに来たの。どうしてもここにいたいって言うのを、無理に連れて帰ったりしないよ」

 子供達の顔から、不安が消えた。

「じゃ、大丈夫だ」

 中では年長に見える男の子がにっこり笑った。

「みんな、花の魔女様が好きだから残ってるんだよ。魔女様の言うとおりに、ちゃんと働いて、ちゃんと勉強して、ちゃんと戦う訓練をすれば、僕らはずっと草原で暮らせるんだ」

 それは、草原の花の魔女にそう言い聞かされているんだろう。

 国を追われた人たちがようやく元の地に戻り、集まって暮らし始めている。大人はここを追われた時の恐怖を知っている。そしてそれを子供達に伝えてしまう。守ってくれるのは、今の草原の民にとっては花の魔女だけ。

「だから、お話しするのは許してね。私達も、大好きな人とお話ししたいから」

 子供達はまたぼそぼそと相談し合って、何か答えを出したみたいだけど、丁度そこに

「フィオーレさん」

と、パブロさんが声をかけてきた。

 騎士隊の制服を着た男の人の姿を見て、子供達は一目散に逃げて行った。

「…恐がらせたかな」

「みたいね」

 パブロさんは水を汲みに行って戻ってこない私を心配して探しに来てくれていた。

 子供達が木陰で様子を見ているのがわかり、放り投げていたバケツを軽く洗って水を入れ、自分のバケツにも水を汲み、その場を立ち去った。

 すぐにパブロさんがバケツを持ってくれて、手ぶらで帰るのが恐縮だったので、ちょっとだけ花の魔法を使って、かなり高いところにあった木の実を手に入れた。そして半分を川の横に置いたバケツのそばに飛ばし、その様子をしっかり見られてしまった子供達には、ナイショね、と唇に立てた人差し指を当てて、笑ってごまかした。

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