第26話 花の魔女、立ち聞きする
ノストリアでは領主の館でおじいさま、おばあさまと一緒にのんびりと暮らした。
私も客分でありながら、何故かお客様が来た時には呼ばれ、遠い親戚という立場でお相手をすることもあった。そういう時はドレスを着せられ、それなりの格好をする。お屋敷の侍女さんが張り切るのがちょっと恐いけど、コルセットは王城の侍女さんほど乱暴に締めつけられず、そこそこ手加減してくれた。娘さんが昔着ていたというドレスは上品で落ち着いた感じのデザインだった。一番サイズ差がある胸元がちょっとがばがばしているのは…気にするまい。
ノストリアの皆さんは私が作法を知っているとは思わなかったようで、まあ、普段は討伐ばかりしていたけれど、討伐がない時は次期王妃候補として形だけでもごまかせる程度の作法の練習は受けていた。
飲み込みが悪く、我慢も足りず、コルセットは大嫌いで、ヒールの靴はよたつき、じっとできるのは五分だけ。しゃべればとり繕った五分も全部無駄になる。指導してくれたマダムは誰も及第点をくれることなく、頭を抱えて次々に入れ替わり、いつしか月に一回も練習しなくなってた。
…その程度の作法ではあるけれど。
おばあさまのお友達に薬草入りのお茶を入れるととても喜ばれた。ちょっとした体調の悪さや、神経痛、風邪、不眠、便秘くらいなら、私の配合した薬草茶は良く効く。
花の魔女の力以外でも喜んでもらえるのは嬉しい。…これを仕事にして暮らしていけるかな。考えとこ。
「できれば、アイセルとあなたにノストリアを継いでもらえると嬉しいのだけど」
残念なことに、今のこの国では女性は領主になれない。ノストリアの領主の家系はなかなか男の子に恵まれず、おじいさまもフロレンシアから来て養子となり、この家を継いだそうだ。おばあさまなら領主として充分務まると思えるんだけど。
二人の娘さんはどちらも嫁ぎ、フロレンシアに嫁いだアイセル君のお母様は、もうお亡くなりになっていると聞いた。
上の娘さんのところには嫡男以外にも男の子はいるにはいるけれど、一人はわがまま放題で、一人はまだ幼いらしく、ノストリアの跡継ぎ問題は保留になっているとのことだった。
私が花の魔女としての力は弱くなった(ことになってる)と言っても、まだノストリアで歓迎してくれている。それは私がアイセル君の婚約者だったこともあるのだろうけど、もう婚約は解消したし、肝心のアイセル君が草原の集落に行ってしまったのだから、どうすることもできない。
アイセル君のいない今となっては、私の存在なんて客分の元花の魔女である以上に何の意味もない。それでも、例え元がついても、花の魔女を大事に思ってくれる人がいるのは、とても嬉しい。
領主の館での生活は特に縛られることもなく、買い物に出かけるのも自由だった。
果樹園とかでアルバイトして貯めたお金は、フロレンシアにいたときには使う機会がなく、そこそこ貯まっていた。この旅に全額持ってきていたので、ちょっと街にお買い物に出かけることにした。もちろんいつもの身軽な格好で、侍女さんのお供はお断りした。
駅馬車の駅の近くに来たついでに運行表を見て、ここからどこに行けるか確認してみた。
前は南西方面に行こうとしてたところを、アイセル君ちの馬車に乗せられ、その後フロレンシアに行くことになった。
今度こそ、南西の街に行ってみようかな。そこから西の国を目指してもいいかもしれない。誰も花の魔女を知らない所で、薬草を売って暮らす。そんな生活…。
経路図を見ていると、背後で大きな声で話をしている一団がいた。話し方がエラそうで、何となくやな感じ。供を数名連れ、供の者も仕立てのいい服を着ているから、かなり高貴な家の者達なのだろうけど…
「…全くあの花を喰う魔女のせいで…」
その話の途中に出てきた「花を喰う魔女」という言葉に、背中を向けたまま思わず聞き耳を立てた。
「何で俺がど田舎の街に…」
「あと二カ所ですよ。明日からはウィンテルに行き、またノストリアに戻ります。来月にはまた王都に戻れますよ」
「グレゴリオの所の飯はつまらん。もっと肉が欲しいな。菓子も工夫が足りん」
声にものすごーく聞き覚えがあった。
「このような田舎に、王都のような菓子職人はおりませんよ」
「あーあ。とっとと僻地の視察など終えて、王都に戻りたいもんだ。くそ。以前はこんな田舎巡りなど、アベルの仕事だっただろう」
「仕方ありません。今はアベル様は王太子でございますから」
「それもこれも、あの魔女のせいだ。…あの下賤な魔女め」
間違いない。今、背後で文句をたれているのは、元婚約者の王子だ。
とっとと婚約破棄し、もはや私のことなど忘れてると思ってたのに、まだ恨まれてるのか。あの王子は自分に都合が悪いところがあると全部私のせいにして逃げてるところがあったからな。
「そういえば、草原の国の連中が集落を作っているらしいな」
「王が調査隊を派遣しておりました」
「はん、あんな破廉恥な連中の国など滅んで当然、今更復興など、鼻で笑うわ。叔父上も何を気にしているのか」
「王は花の魔女を随分気にかけておいでですからね。次の花の魔女を狙っているのではないですか? 何せあの魔力ですから」
「…魔力が強いだけの卑しい魔女に頼らずとも…。知ってるか、あいつらは花の魔女を生むために、祭という名で乱交していたらしいぞ。若い男女を呼び寄せて、花の魔女が生まれるまでやりたい放題だったそうだ。アクス隊長が若い頃祭に忍び込んだらしいが、それはまあ大歓迎を受けたらしい。…そんな淫らな事がまかり通る国など、滅んで当然だ」
乱交の、祭?
花の魔女を、生むために…?
頭の中が、真っ白になった。
戦争で国を追われ、親とはぐれたために両親を知らない。それだけだと思ってた。
もしかして私は、親がいたところで誰が父かもわからず、魔女として生まれることだけを期待された存在だった?
乱交の祭なんて、チェントリアでは品性に欠け、恥ずべき行為だ。中にはそういった淫乱な集いを開く人達がいるようなことを聞いたことはあるけど、表だって堂々と行ったりはしない。
乱交の果てに生まれた魔女。
滅びて当然の国の奴隷。
だから王子は私が嫌いなんだ。
だから王は私を国防の道具にしか見ないんだ。
気がついたら、王子達はいなくなっていた。
私は、…花の魔女なんてきれいな名でごまかされた、力以外には何もない魔女だった。
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